第59話 強靭なる変妖異
魔物ラハスは抗ったのだ―――自らを縛り操るモノに。
そして打ち勝った。
皮肉にも己を操るべく埋め込まれた
『ギュヴァァァァァァァァッ!!!』
歓喜。
全身に巻き付けられていた見えない縛布が無くなったかのように、この上なき解放感。
自由というものがこれほど嬉しいものだとは―――魔物は感動する。
しかも、身体の底からドンドン沸き立ってくるパワー。
なぜかは分からないが、今の自分はこの世でもっとも強い生き物に違いないと確信するように、ラハスは高揚していた。
その代償としてか、翼は機能せず、どれだけ羽ばたかせてみても空に飛びあがれそうもない。声の変質も仕方ないと諦める。
そしてラハスは思った。この湧き上がる力を試してみたい―――と!
「! 来るっ、全員緩むなっ」
リュッグが叫ぶと同時にラハスが動いた。
次の瞬間、最前衛をつとめる兵士2人の前に迫る。ごく僅かに遅れて、ドンッと地面を蹴ったとおぼしき音が響いた。
「速―――」「ぐうっ!!」
ドウッ!! ズドッ!
鎧を着た兵士二人がほぼ同時に吹っ飛ぶ。
ドバギャァッ!!
最後尾のシャルーアの左右を飛んで、後方の建物の壁を突き抜けていった。
『? ……??』
リュッグ達も驚愕するが、当のラハスも困惑している。
目の前の人間に向かって飛びこんで、爪を失った両手で
ところが人間二人は、軽々と遠くへすっ飛んでいってしまった。
自分が強くなったという実感よりも、強くなりすぎて何が起こったか分からないというように、己の両拳を交互に確かめるラハス――――――に向かって刹那、リュッグが突如として走り出す!
シャキンッ!
「あっ、おい!?」
「すみません、お借りしますっ!! おぉおおお!!」
中衛を担う兵士を追い越すと同時に、彼の予備の剣を鞘からかっさらって抜き取る。
そのまま前へと振るって剣先を定め、ラハスの胴へ真っすぐに伸ばした―――勢いの乗った会心の突き刺し!
ザカッ…ジギシュィィッ!!
「!!」
ラハスの胴の表面、確かに切っ先は突き立った。だが嫌な擦り音を立てながら胴まわりの曲面に沿ってラハスの脇下に流れてしまう。
硬い。それもまるで金属を思わせる硬さだ。
むしろリュッグの突き出した軍用の
『……。グググ、ギギギギギッ♪』
笑った。
ラハスは、まるで自分の肉体の頑強さを、確かめる手伝いをしてくれてありがとうと言わんばかりに、リュッグに対してハッキリと笑みを浮かべた。
そしてリュッグはゾッとする。
「(コイツ……仕草や反応が、より人のソレに近づいたような…っ)」
先ほどまでのラハスも、二足歩行で人のような雰囲気や所作を感じるところはあった。だが変貌した後の方がより顕著になっている。
それが意味するところは一つ。肉体のみならず知能までも向上しているという事。
ゆえにリュッグから攻撃を受けても、本能依存な行動を取らず余裕をもって、しかも笑ってさえ見せた。
言葉こそ人語を話しはしなくとも、その知能は確実に人間と同等にまで高まっていると確信できた。
「くっ!」
今の1撃でその脅威度が恐ろしく上がったことを理解したリュッグは、ラハスから急いで間合いをあけ、兵士達のところまで後退する。
「大丈夫か、リュッグ殿?!」
「……すみません、勝手に剣を」
「いや、それは構わないですが……今のを見るかぎり、並みの武器ではあってもなくても変わりなさそうですね」
彼らも冷や汗を流す。今のリュッグの攻撃は、並みの魔物相手なら確実に大ダメージ、あるいは致命必至の一撃だった。
だが刃はわずかも相手の身に突き刺さらなかった。それは渾身の攻撃でもってしてもダメージを与えられないということ。
「(リュッグ殿、これは逃げの一択です。現状、我々の今の
「(その案には賛成だが……しかし、先ほどのスピードを見るに、簡単に逃れられる気もしないな。とんでもないヨゥイだ)」
兵士達とリュッグが共に考えたこと。
それはとにかくシャルーアをこの場から逃すことだ。絶体絶命の状況下で親が子だけでも無事に逃がそうとする心境に近い。
「(覚悟を決めなきゃいけないな)」
「(ええ、まったくです。とんだところでとんでもないモノに出くわしましたよ……大丈夫、ここで我らが無事に彼女を離脱させる事ができれば、後はハンム隊長が上手くやってくれます、必ず)」
ハンム以下、兵士の数は10名。この場にいない兵士達がハンムと共に行動し、この町のいずこかにて健在のはず。
上手くシャルーアを彼らと合流させるためには、リュッグとこの場にいる残り兵士3名で、目の前の未知の怪物と化したラハスを食い止めなければならない。
「何とかするしかないな。……シャルーア、隙を見てここから離脱しろ。ハンム殿達を探して合流、コイツの事を詳細かつ正確に伝えるんだ。俺たちはヨゥイを食い止める……分かったな?」
リュッグのイントネーションに悲壮感など負の感情はない。
なのでシャルーアは、援軍を呼んでくるように言われたのだと思い、素直に頷き返した。
緊張感こそあれど、彼らがここで死ぬとは微塵も思っていないその表情に、リュッグはヘンに勘繰られなかったかと少しだけ安堵する。
「よし、ではいくぞっ」
リュッグと3人の兵士達が身構え、ラハスとの間合いをゆっくりと詰める。その後ろでシャルーアは、いつの間にか消えていた、身体の熱さの事も忘れて1歩後ろに下がり、ラハスの視線や様子を注意深く観察して、この場から逃げる隙を探る。
ラハスも自分の力をもっと試したいと言わんばかりに、構えっぽいポーズを取ってリュッグ達の様子を伺いはじめた。
「いいぞ、こっちに注意が向いている。そうだ、オレらがお前の相手だぜ」
「やはり脚をどうにか狙えれば……いや、胴が刃を通さないなら四肢も硬いか?」
「リュッグ殿、我らがヤツを3方向から囲み、翻弄しますゆえ隙を見て攻撃を適宜加えてください、場合によっては掴みかかってでも動きを止めます」
決死の覚悟。しかし簡単に死ぬつもりもなければ戦術を立てることを諦めもしない。
何よりもまず生存を優先する傭兵とは違って、こういう時は軍の兵士の方が仲間として頼もしい。
「分かった、それでいこう。―――……っ、まだ民間人が残っていたのか!?」
リュッグは驚く。建物1つ向こうの路地から出て、こちらへと恐れもなく堂々歩いてくる、深く
「こっちに来るな! 危険だぞ!!!」
しかしローブの男は足を止めない。リュッグへの返事の代わりとばかりに、その口元を不敵に
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