第48話 天衣無縫のお姫様




「ったく、ダメだよ油断しちゃあ。あーゆースケベ男はそこらに潜んでるんだ、簡単に誘いに乗ると暗がりで何されるか分かったもんじゃないよ?」

 オキューヌと歩きながらシャルーアは、はぁと気の抜けた返事を相槌変わりに返す。この少女にとって暗がりに引きずり込まれてされることなど、さほどの大事でもない。




 サバサバした明け透けない性格のオキューヌでさえも、まさかシャルーアがそこまで性の価値観が、世の常識的なところから外れているなどと思いもしない。


 真面目に注意を促すも、シャルーアには暖簾のれんに腕押しだった。


「とにかく、あーゆー誘いにホイホイ乗っちゃいけないよ? 素直なのはいいことだけどね、悪いこと考えてる奴に素直に従ってちゃあ、人生いくつあったって足りやしないんだから」

「親切にご忠告、ありがとうございますオキューヌさん」

 ペコリンとお辞儀して礼を述べるこの美少女ちゃんに、オキューヌは本当に分かっているのかねーと困惑するように自分の後頭部を軽くかいた。


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「へへ、そこのお嬢ちゃん、いいモノがあるぜ…ちょっと見て行かないかい?」


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「あれ、お嬢ちゃんアンティ楽園ャンナジでステージやってたコだよね? ……なぁなぁ、ちょびっとだけオレんち寄ってかない?」


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「ハァハァ、そこのお嬢ちゃん、ちょっとでいいからさぁ、オヂサンと遊んでよ…」


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「はぁ、はぁ、はぁ……ちょ、ちょっ、ちょっと待っておくれ! もう少しさぁ警戒心ってもんを、ぜぇぜぇぜぇ、もって…はぁはぁ、さ……ぜぇぜぇ……」

 正直頭を抱えたい気分だった。


 町を歩けば数歩でナンパされ、10歩も歩けば怪しい輩に声をかけられる―――おかげでオキューヌは放っておけなくてシャルーアと別れることが出来ないまま、少なからず混じっていた法に触れる野郎バカ共をしょっ引くよう兵達に指示を出すハメになっていた。


「(……おかしいね? アタシは息抜きの休憩がてらで警邏に出たはずなのに、何だいこの忙しさは??)」

 確かにシャルーアは同性の自分から見ても美少女だ、男達が声をかけるのも理解は出来る。だからといってこうも高頻度に食い付くとかどんだけ飢えてんだと、心中で町の男どもに呆れてしまう。


 さらに呆れるのは、ここまでしょっ引く対象になる奴が潜在的に町にいることだ。


 表向きはそれなりの治安を維持してきたワッディ・クィルスも、いざひっくり返してみれば後ろ暗い連中はゴロゴロしているという現実を突きつけられ、彼女は全身で思いっきりため息ついた。


「あの……何か私のせいでお疲れになられているようで、申し訳ございません」

「ああ、まったくだね。ふー……っていっても別にアンタが悪いわけじゃあないんだけどサ。さすがに驚かされたよ、ハハハ」

 シュンとなったシャルーアに気を遣わせないよう、明るく振る舞って見せるオキューヌ。




 しかし次の瞬間、彼女は息が詰まったような声を漏らしつつ、急にその場にしゃがみ込んだ。


「!? オキューヌさん!」

「あ、ああ……大丈夫、だよ…痛ッ……薬が落ちた―――すまないけどアタシの腰のポーチから白いビンを出してくれないかい?」

 言われた通りシャルーアは彼女の腰側部、ベルトに引っかけるようにしてついていた大き目の四角いポーチを開けた。そこにはポーチの容量の8割を使って収められている、それなりの大きさのビンがあった。


「これですか?」

「そそ、そいつのフタを開けてそこに置いてくれればいいから。……すまないね」

 中には白色ながら透き通りそうなほど透明感を感じる軟膏が詰まっていた。

 オキューヌはそれをおもむろに掬い取り、手の上で軽く練ると自分の肌の露出している部分に塗り伸ばした。


「……あの、いったいどうなさったのですか?」

 様子を伺いつつ、シャルーアは心配そうな表情で問う。すると彼女はなんてことはないと笑った。


「まぁ生まれつきってぇヤツでね。アタシの肌はエウロパ圏の人間よりさらに白い。おかげで日の光にゃ滅法弱くってね。そのままじゃあ肌が火で焼かれるみたいな感じになっちまうんでお日様の下を歩けないのさ」


「そうだったのですか……それではそのお塗りになっていらっしゃるものは」

「そ。そのための薬だよ。昔はこういうモンはなかったけど医学の進歩ってヤツのおかげで、ありがたい事にこんなアタシでもちゃあんとお日様に当たれちまうようになった―――といってもコイツがデキたのはごく最近の事さ。それまでは露出の少ない、全身布で覆う感じの服でしのいでたよ」

 日々の生活に制限がつくというのはかなり大変なことだ。とりわけ彼女のようなケースだと、外を出歩くのに大変に難儀する。


 だが、生れ付いてのハンデを背負いながらも軍団長という将軍職を担っている。


 そこまで上り詰めたという事実が、彼女の性格と気性が相当に強く、なにくそ負けるものかという気概と根性を持って、これまで大変な生を歩んできたことが容易に想像できた。


「つっても哀れんでもらう必要はないよ。人間生きてりゃ誰だってしんどい想いを抱えているもんさ。お嬢ちゃんだって悩みの一つや二つあるだろう? 一つ違うのは、人の悩みは千差万別ってこと。誰かからすりゃ笑い飛ばすようなチンケな悩みも、当人にとっちゃとんでもなく深いモンだったりする……」

 言いながら軟膏を塗り終えたオキューヌは、もう大丈夫と立ち上がる。

 塗る前は白色だったソレは塗り伸ばすと完全に透明で、傍目には何か塗ってるようにはまったく見えなかった。


「アタシの場合、むしろこうして目に見えて欠点も分ってたんだ。むしろ対処できる悩みでラッキーだったって思ってる。だからさ、そんな顔してくれなくったっていーんだよ」

 そう言うと、シャルーアの肩をポンポンと軽く叩いて行動を促す。



 精神的にとても強い女性―――シャルーアは言葉にいい表せない何かを、オキューヌの生き様から学ばせてもらったような気がした。





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