第47話 シャルーアちゃんの社会勉強



――――――ワッディ・クィルスのギルド支部。



「先の依頼の失敗と、新しい依頼の請負、それと剣の捜索依頼の手配の3件……はい、確かに受理致しました」

「よろしくお願いいたします」

 受付けに対してシャルーアは丁寧にお辞儀した。


 リュッグが帰ってきたとはいえその身は重傷。今しばらくは治療に時間が必要で動くことは難しい。

 なので彼が療養中の間の傭兵業のあれやこれやを、社会勉強がてらにシャルーアが担う事になったのだ。もちろん彼女にもこなせるであろうとリュッグが判断した事だけに限るが。





「失敗の手続き、リュッグ様の剣の捜索願い、新しいご依頼の請負い……」

 メモ用紙を指でなぞりながら、一つ一つ完遂したことをチェックしてゆく。

 リュッグに心労をかけるわけにはいかない。シャルーアは丁寧に言われたことをこなす。

 それはさながら、初めてお使いに行く子供のようであった。


「お金は……まだ、大丈夫……でしょうか?」

 正直なところ、シャルーアにとっての一番の悩みどころはお金の多寡が分からないことにあった。


 温室のお嬢様育ちな上に無一文で生家を追い出され、リュッグに拾われてからも金勘定などした事がない。


 ジャラリ……


 持たされた貨幣が入った袋の中身も、いったいどれくらいの額なのかがまるで分からないので、お金を必要とすることには必然、臆病になってしまう。


「(リュッグ様の刀の捜索報酬用と、依頼手数料というものでお渡ししたお金が金貨で80枚……依頼失敗の違約金というものでお渡ししたお金が銀貨20枚……ですから、まだまだ十分余裕はあるはず、だと思うのですが……)」

 金額として手元に何万持っているのか、まったく分からない。

 なので貨幣の種類と枚数、そして支払った枚数などを差し引きしながら、ぽやんとしたあいまいなお金の物差しを自分の中で作り、判断するしかなかった。


 リュッグが運び込まれた日にお見舞いの品を買った時も、お店の人に手持ちの中から適当に貨幣を手渡して、それで買えるだけくださいと言って見繕ってもらって何とかなった。


 けれど貨幣の価値が分からないままではいけないと思い、シャルーアはこの機に頑張ってみようと思って、商店が軒を連ねる通りへと向かった。


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 とある商店。


「あの……こちらのお品は、おいくらでしょうか??」

「んんー? ほっほー、こりゃ別嬪さんなお嬢ちゃんだ。親御さんのお使いかい? どれどれ……ああー、ソレね」

 店の奥でぐーたらしていた店主は、声がかかったので仕方なくとのっそり起きてくる。

 が、客が若くて可愛い娘と知るや否や、一転して態度を豹変させた。


「(はーん……なーんか世間知らずっぽい感じだな。どこぞのお嬢様か? ……へっへっ、市井で初のお買い物ってところかな? いっちょふっかけてみるか)」

 ニヤニヤしながらシャルーアに近づき、彼女が指し示す商品を覗き見るフリをしながら、そのカラダを舐めるようにチラ見る。


 隠す気もない下卑た表情は、シャルーアが本当に世間に疎い小娘かどうかを見極めるためのワザとだ。


「?」

 もちろんそんな事には気づかないし、そもそも男から下品な視線をうけることなどシャルーアには別段、気持ち悪さを覚えるようなことでもない。

 なのでキョトンとするだけなのだが、店主はそれをうけて自分の考えが正しいと確信した。


「はっはー、いいものに目をつけたねぇお嬢ちゃん。それなら1つ……そうだなぁ、本当なら5万はするんだが、特別に3万にまけといてやろう」

「まぁ……それは御親切にどうもありがとうございます。ええっと……こちらの中身でお足りになるでしょうか??」

 リュッグが持たせた袋の中身を開いてみせる無防備さ。ジャラリといい音がなるその中身を覗き込んだ店主は、思わず舌なめずりした。


「(こいつぁ大当たりだ。とんでもねぇ世間知らずな娘さんだぜ、ヒッヒッヒ)」

 袋の中身は数万どころの額ではない。余裕で十数万分の金銀貨幣がギッシリ。


 普通、これだけの金額を携帯するのであれば、容易に他人に見せるなんてことはしない。

 町中はそれなりに治安はいいとはいえ、同時にそれなりに犯罪者も潜んでいる。金を持っていると知られたなら、余裕で突け狙われる事になる程には危ういのだ。


 にもかかわらず、シャルーアはあっさりと自分の財布の中身を丸見せにしてしまった。その行為だけでも彼女の温室育ちの度合いが計り知れる。



 店主はこの上ないカモだと確信を深め、なお欲に駆られた。


「あ~……これじゃあちょっと足りないね~」

「そうなのですか? では仕方ありません、ご購入はあきらめま―――」

「ああ、いやいや、ウチとしても買ってもらいたいのは山々なんだ。けども既に2万もまけてるからねぇ……これ以上まけるのは本当は難しいんだ。けども、だ」

 店主はチラっと再確認するようにシャルーアのカラダつきを見た。女性として非常に優れた魅力的なバディ―――要するに、金とカラダの両方をせしめてやろうと言うよこしまな企みがその表情に垣間見えていた。


「お嬢ちゃんがちょーっとばかしおじさんとこっち、この奥で一緒に過ごしてもらえたらー……うん、お嬢ちゃんの手持ちで売ってあげちゃおうじゃないかい?」

 またもポカンとするシャルーア。普通の女性ならすぐにピンとくる怪しい空気も、察する様子はない。

 店主はこれはいけると心の中でほくそ笑んだ―――が、所詮は犯罪まがいの邪悪な小悪党の、しかもよく考えもしない突発的な欲に駆られた浅い企みが、そう上手くいくはずもない。


「ほーぉ、随分と古臭い手で若いのをかどわかそうとする奴が、まだこの町にいたとは驚きだねぇ~、あらかたしょっ引いたと思ってたんだが~?」


「? あ、オキューヌさん、ごきげんよう」

「げぇっ!? オキューヌ……ぐ、軍団長どのぉ?!」

 ペコリンと可愛らしくお辞儀するシャルーアには笑顔で手を何度かぐっぱして挨拶し返す。

 が、その直後。町の治安と平和を守る者のトップとしての表情を浮かべ直し、ギラリとした視線で店主を睨んだ。


「んじゃま、詐欺に強姦未遂現行犯ってことでちょっと詰め所まで来てもらいましょうか?」

「ヒィィ! ちょ、ちょっとした出来心ですぅっ、ご、ご勘弁をぉぉお!!」

 オキューヌはニッコリと微笑んだかと思うと、パチリと指をならす。


 途端にどこからともなく鎧に身を包んだ男が二人現れ、店主を容赦なく連行していった。






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