第34話 お仕事.その4 ― 砂河童 ―



 ミルス達と別れてから3週間あまり。

 リュッグとシャルールは、変わらず傭兵仕事を続けていた。




「そのサークォウコ、という妖異ヨゥイは危険なのですか?」

「ああ、ほどほどにはな。だがそこまで脅威的な相手じゃあない。正確なところは上手く伝わってはいないが、元はスナコウパだかサガパだとか呼ばれていた妖異ヨゥイだ」

 今回選んだ依頼はリュッグにしては珍しく、戦闘を想定したものだった。


死肉喰いゴーリを小柄にしたような姿で、体色も全体的に灰色で似ている。だがその頭頂部が特徴的で、まるでそこだけわざわざ刈り取ったかのように体毛がない。それどころか鏡のようにモノが映るほど磨き抜かれているんだ。なのでゴーリと見間違える事はまずない」

「サークォウコさんという方は、不思議なお姿をしていらっしゃるのですね」

 今回、戦闘を前提とした依頼を受けたのは、単純に実入りを考えただけではない。新しい武器の使用を兼ねていた。




「(シャルーアのモノと同じような武器―――異邦の剣……か)」

 リュッグが今回、マルサマから手渡されたそれは、言うなればシャルーアのために制作中である刀のプロトタイプであった。

 シャルーアが今持っているモノよりも、より彼女の魂の武器に近い形状をしていて大きく重い。


 彼女自身にはまだそれを扱える力がなく、剣術などの技術面でカバーできるだけのものも持っていない。

 なのでマルサマはリュッグに実戦で試させ、使用感や切れ味などを確かめてもらおうと考えたのだ。




「(まあシャルーアの刀がより良いモノになるっていうなら構わないか。ちょうど砕けたなまくらシミターの代わりを調達したかったところだしな)」

 などと考えを巡らせていると、自然の風に舞い上がる砂塵の向こうに目当ての影を見つける。リュッグはすぐにしゃがみ、後ろのシャルーアにもしゃがむようジェスチャーで促した。


「見ろ。あの下りになっている砂丘同士のヘコミの辺り。アレがサークォウコだ」

「ひの、ふの、みの……5体ほどいらっしゃるようですが、どうなさいますか?」

 ギルドへの依頼では2体という報告だった。

 安全を第一に考えるなら、リュッグにしても想定外の頭数相手はやや不安が残る。


「……。よし、シャルーアはここで待っているんだ、俺が一人で斬り込む。ただしあそこにいるのが全部とは限らない……ここから周囲を含む全体を常に観察して、新手が他所から現れないかを広く見張るんだ、いいな?」

「はいっ、かしこまりました」


 ・


 ・


 ・


 ザンッ!!


『ギィィイイッ!??』

 リュッグはその手応えに驚く。


「(すごいなこの切れ味……それなりの湾曲刀シミターでも斬った後、こんな手応えを感じたことはないぞ)」

 大振りでの一太刀。


 片刃剣とはいえ両手で持たなければならないほど長い刃渡りと重量のある刀では、つい隙の大きい攻撃となってしまう。


 だがサークォウコを一刀のもとに斬り伏せた感覚は、長年の傭兵稼業で相応に死闘を乗り越えた経験あるリュッグですら初めての経験だった。


『グググ……ギギィィッ!!』

「悪いな、試し斬りに利用してしまってっ」


 ブオンッ……ドバンッ!!



『ゴォギャァアッ!!』

 敵の断末魔にかき消されようとも、思わず口笛を吹かずにはいられない。


 試しに思いっきり力任せに振るってみると、それでも簡単にサークォウコの1体を斬滅してしまった。


「とんでもないシロモノだ。これでまだ未完成とは信じられん」




 ビュッ!! ザシュンッ!


 ブォォオッ!! ドッ……ブシャァアッ!


 ヒュゴォッ……スザンッ!!!



『ガッ……カッ、………』

 最後のサークォウコもそんなバカなとでも言わんばかりの表情で肩から切り裂かれ、その場にて崩れ落ちた。


 リュッグは、あまりにもあっけなく倒せてしまった今の戦闘に、久しく感じていなかった高揚感と拍子抜けを味わう。


「こいつはすごい。ハァハァッ、ハァ……し、しかし……」

 汗がどっとふきだしてくる。


 もとよりそれなりに暑い地域だが、それでもこんな短時間の戦闘でこうも激しい発汗と疲労・・を感じたことはなかった。



「(やはりこの重量で連続して振るうのは無理があったのか? いや、にしてもここまでの疲労を覚えるのは変だな?)」

 いくら40代の中年であろうとも鍛えている2m近い男が、数えるほどの攻撃回数で息を乱し、汗をかく―――その異常さのおかげか、高揚感の方はすぐに鳴りを潜めた。




「よし、こっちは終わったぞシャル……―――、ッ!!」

 汗を拭いながら振り返った先の光景を見て、リュッグはすぐに走り出した。待機を命じた場所でシャルーアが戦闘を行っていたからだ。

 

 相手はどこに隠れていたのか、2匹のサークォウコ。距離はおよそ40m。


「(バカなっ、なぜオレを呼ばなかった?! ……いや、違うっ)」

 おそらく呼んだのだ、シャルーアは。

 以前、戦おうとするよりも助けを呼び、逃げることを優先しろとリュッグはしかと教えた。


 そしてシャルーアは素直で忠実に教えを守る娘だ。その彼女が、どこからともなく現れた敵に対してリュッグに助けを求めず武器を手に取って、自分だけで対処しようとするとは考えられない。



―――そう。新しい武器の、あまりの切れ味の良さに我を忘れてその声が聞こえていなかったのは他でもない、リュッグの方だったのだ。






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