第33話 上から下まで欲で動く




――――――ファルマズィ=ヴァ=ハール王国、南方のとある国境付近。



「………ふーん?」

 何気なく呟く少女は腰に手を当てて、小さな石塔オベリスクを見上げたまま、たたずんでいた。




「(サファ様はどうなされたのだろう? ご自分から宮殿はおろか、町の外にまでお出かけになる事など初めてではないか?)」


「(いや、ご家族が健在だった頃はもっと頻繁に外出なされていたらしい。足取りに迷いがなかったし、この場にも幾度とお越しになられているのだろう)」


「(しかしあの石塔オベリスクを観察し続けたまま動かれない。もう1時間はああやっておられるぞ)」


「(分からんが何か重要なことなのかもしれないな。邪魔してはいけないだろう)」



 後ろの少し離れたところで自慢のグッドイケメン男性達ルッキングガイのひそひそ話をBGMがわりに聞きながら、彼女―――ムシュサファはなおも石塔オベリスクを見上げ続けた。



「(ふぅーん? アスマラの赤ザルは大人しくしてるみたいね、今んとこ。他の南方諸国のも感じるけれどボルテージは上がらずってとこね……ま、よっぽどバカじゃない限りアタシの “ 御守り ” は無視できないでしょーから、当然っちゃ当然よね)」

 傲慢にしてワガママなお嬢様。しかして己の “ 役目 ” は意外にもキチンと果たしていた。

 ―――否、以前はもっと適当でだった。しかし先日、ある波動・・・・を感じてから急に、少しばかり真面目に取り組むようになったのだ。



「(……が失われたって言ってたクセに何よアレ・・。しっかり健在じゃない)」

 ライバルがいると張り合いが出る。怠けている間に相手に先を行かれるのは癪だからだ。

 とりわけムシュサファの精神的支柱であり、自分の存在意義として誇っているもの、己が “ 御守り ” を担う者であるという特別感は、彼女の心の全てといっても過言ではないほど大きく重い。


 もし同じ地位や役目を担う者がいるならば、それより秀でんとする欲求は当然で、今まで不真面目だった事にも力が入るのは自然かつ必然だった。


「(見てなさい、アタシの方が上だって知らしめてやるんだから)」








――――――ア=スワ=マラ共和国、北の国境付近。


「と、いうわけでだ。ファルマズィの守りはいまだ失われきってはおらん。いま軍を興しては滅するは己であると考え、王の手綱の取り方をたがえぬようにな」

「ははっ、心得ておりまする」

 若きアスマラ王よりじいと呼ばれる老臣は、ローブを深く被った男にうやうやしく頭を下げた。


「働きに期待している。……それで、アスマラ国内の状況はどうか?」

「変わらず強兵に勤しんでおりまするが、内政状況も安定しつつありまする。王は細々とした事は全て我らに委ねられる方ゆえ、そこは楽に事を運べておりますれば」

僥倖ぎょうこうだ。引き続きその調子で励め。成果如何によっては事成した後、貴様の野心・・を叶えてやってもよい」

 ローブの男がそう言った途端、老いた男の瞳が明るく輝く。


「ま、真にござりますか?! この老骨、さらなる努力と忠誠・・を御誓い申し上げまする!」

「フッ、力み過ぎてその老骨とやらが砕けてしまわぬよう気を付ける事だな」



  ・

  ・

  ・


「宰相様はまた外国の偉いさんと密会か」

「ああ、外交って奴だな。何でもそのおかげで我がアサマラ王国―――おっと、共和国は結構な利を得てるらしい」

 中に複数建てられている木製の小部屋。それを覆い隠す巨大な天幕の外で、番兵達はかったるいと背を伸ばしながら、退屈な仕事中の気楽な雑談に興じていた。


「へー…でも外交なら、なんで隠れるようにやるんだ? 堂々と話しゃいいじゃねーの」

「馬鹿だなお前。表向きにゃ出来ない相手と会うってこった。ウチとは中の悪い南のアブズスとか、海挟んで東のテイゼとか」

「そりゃまた大層な相手だな、なんでまた?」

 そんな事も分からないのかとため息をついてから、彼は説明しはじめた。


「一時さ、北東のファルマズィに攻め込むっつーウワサが出回ったろ? それがホントか嘘かはしんねぇが、もしホントなら後ろからズブッとされねぇようにこっそり根回しとかしとくって事だよ」

 しかし彼の相棒は分かったのか分かってないのか、 "へー" と気のない適当な相槌を返す。



「へへ、まー後ろからズブッてのは、やられるよりやる方がいいわなー」

「あん、なに言ってんだ?」

「だからよー、兵産院でさー、こうズブッとするってわけよ、へっへ」

 ジェスチャー混じりで説明され、言わんとしていることを理解した途端、どっと疲労感が襲い掛かる。


「お前なぁ……先週まで兵産院だったんだろローテ? 色ボケか?」

「んだよ淡泊な奴だなー。いいじゃんか、毎日毎日厳しい訓練させられてるオレらにとっちゃ、あそこはまさに唯一の楽しみってなもんじゃん? 何お前マジメ系?」

 相棒のお茶らけた雰囲気に思わず頭を掻く。彼とてそういう事・・・・・が嫌いなわけではないし、事実として兵産院の存在は、過酷な兵士達のこの国への忠誠の根幹を担っている部分があると、理解もしている。


 だがそれでも稀に、彼のように常識と倫理観を持ち合わせている者がいる。どんなに理解できても一抹の良心が胸の奥から消えないがゆえに、複雑で気持ちの悪いものを覚え、苦悩を抱く。




「……まあいい。とりあえず今の俺達の仕事は宰相様の護衛だ。あんまりボケてるとその楽しみにだってありつけなくなるぞ、永遠にな」

「ま、そりゃな。死んだらすべてパーだ、間違いない。ハッハッハ♪」

 相棒の様子を見ていて彼は思う―――もしかすると危ういのではないか、と。

 確かにアサマラ共和国の兵士は、地獄のような訓練の日々を物心ついた時から受けていて兵としての強さはピカイチだと彼自身、確信を抱いている。


 しかし、だ。


 その忠誠が欲望に根差したものだというのはどうにも危ういのでは……と、相棒を見ていると思わずにいられない。

 強さはあっても欲に傾倒しすぎてこうした緩みが起こる。

 尊敬などの無償の忠誠を持たない者が、イザという時、緊迫した状況下でも王やお偉い方のために命を賭けるだろうか?


 この国は小さい。なれど強い。それは間違いないはずなのだが……


 多少なりとも良識を残す彼のようなアスマラの兵士は、そんな拭いきれない不安を常に抱いて、将来と我が身をたびたび危惧して憂い、空を見上げずにいられなかった。






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