第17話 何者も生を喰らい合う



 シャルーアとリュッグは、倒した魔物の外骨格の表皮をはぎ取って持ち帰った。



ギガスミリピード大魔蟲ヤスデの外殻…いや表皮かい。珍しいねぇ、全部で……30万ってところでどうだい?」

「もうちょい色つけてくれないか、まさかの遭遇で結構大変だったんだ。それにこの辺じゃコイツはちょっと手に入らない素材だろう?」

 リュッグにそう言われ、美人だが気怠そうな20代後半の女性は肩肘をカウンターにつくと、何の気なしに並べられたモノを指で突っつく。


 表皮というには非常に堅い。まるで精錬された金属のようであり、これが生物由来とはとても思えないほどだ。もし相手に知識がなかったなら、作り物で金をせしめようとしてると疑われるかもしれない。


「そうだねぇ……んじゃま34万までならいいよ。それで嫌ならヨソ持ってきな、珍しい品だっつっても、ウチもそう優しくしてはやれないね」

「ん、それでいい。買い取ってくれ」

「あいよ、毎度ー」


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 本来の仕事はサボテンの花の採取。


 だがそれだけではワリに合わなかったので、リュッグは少し時間をかけてでも、倒したギガスミリピードを解体して素材となる部位を回収する事を選んだ。


「合わせて37万。想定外の危険だったが結果よければすべてよし…だな」

 机の上には、貨幣の入った確かな重量の袋と共にいい香りのする湯気の立つ料理が並んでいた。


「リュッグ様。お食べにならないのですか?」

「……意外と花より団子なんだな、シャルーアは」

 リュッグとしては久々の大入りにホクホクだが、シャルーアは食事の方に夢中だった。

 あるいはその金額の多寡たかが分からないだけなのかもしれないが。


「まぁ食べながらでも話せるか。とりあえず今回遭遇したヨォイだが、この辺りじゃまず見ないモノだった」

「? それはどういう事なのでしょうか?」

「分からん。たまたま縄張りを広げてきたヤツなのか、それとも…」

 結局、遠くに見えていた砂煙の方はなんてことはなく、大きめの隊商キャラバンの列が移動していただけで、危険はなかった。

 それどころか彼らのおかげで、ギガスミリピードの解体が捗り、僅かな分け前と引き換えにして色々と得る事もできた。



「…ちなみにだが、ヤツがお前を最初に捕らえた理由、分かるか?」

「私を捕らえた理由…ですか……。やはりお食べになるおつもりだったのでしょうか?」

 自分のことなのに、まるで他人事のように平然とのたまう彼女の言い草にリュッグは呆れつつ、首を横に振った。


「いいや、それなら最初に致命傷を負わせてる。無傷で捕らえたのはお前を…いや、より正確にはお前の身体を “ 苗床 ” にする―――つまり、卵をお前の中に産み付けるつもりだったんだ」

 魔物の中には他の生物の体に卵を産み付けるモノが結構いる。人に限らず動物などもその対象だ。

 理由は単純、その生物の体温が卵を温めるのに役立つから。そして、ただの生物と魔物の違いの一つがそこにある。



「ああいう魔物はただの動物と違って頭がいい。人間は傷つけると死ぬ―――冷たくなると知っている。だから生かしたまま捕らえ、身体の中へと卵を産み付けるんだ。覚えておけシャルーア、これからも今回のように魔物に捕まったりした時は、何よりも逃れる事、脱出する事を考えるんだ。倒そうとするよりもだ、いいな?」


「はい、わかりました」

 リュッグがこのように教えるのは、ギガスミリピードに捕まったシャルーアが取った行動が、脅えたり恐怖したりする事よりも、何とかしようと荷物から刀を引き抜こうとしたためだった。


「(ヨォイはラッキーで倒せる相手じゃない。今回は偶然上手くいったが、本来なら割と絶望的な状況だった。運任せに対処しようとして酷い最後を迎えた奴は腐るほど見てきたが、シャルーアにそんな浅はかな失敗を真似させるわけにはいかない……)」

 彼女の性格を考えると今回の事で天狗になるとは考えにくい。…が、念には念。真に倒せるだけの実力や知識を身に着けていない内は、ヘンな攻め気にはやられても困る。

 まともに刀を振り上げるのですら困難な御嬢様育ち。積極的な戦闘意欲を持たれてはむしろ危険なのだ。




「ま、それはそれとしてだ…今回は結構な収入を得たんだ。パァッと食べて飲め…っと酒はダメだがな。おかわりも追加注文もしていいぞ」

 するとシャルーアの瞳がパーッと明るくなる。まるで嬉しい時の子供のように、瞳に星の瞬きを宿したかのよう。


「(最近分かってきたことだが…このお嬢さんは割とよく食べる―――大食らいというよりは健啖家の素質ありって感じだな。一方で、食べるなと言われたらどこまでも食べずにいられる感じでもある……その辺はもう少し、自分の欲求に素直になってくれてもいいんだが――)」

 と、品格を崩さずに料理を平らげていっているシャルーアの姿を見ていると、いつかの野宿の時の事を不意に思い出してしまい、リュッグは途端に顔を真っ赤にした。


「(―――――ただし、性欲については……勘弁してくれ)」

 恥ずかしさがピークに達すると同時に、食事に集中していたシャルーアが不意に顔を上げる。リュッグの様子がおかしいと思ったのか、不思議そうに小顔を軽く右に傾けた。

 照れ隠しで慌てて料理の皿を持ち上げ、がっつき出す中年男の態度をますます不思議そうに、彼女は今度は左に首を傾けた。




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