第16話 お仕事.その2 ― サボテンのち節足 ―
周辺諸国が、様々な思惑を巡らせる中………
「よし。これですべて回収したな。撤収するぞシャルーア」
「はい、かしこまりましたリュッグ様」
リュッグとシャルーアは呑気にサボテンの花を収集する仕事をしていた。
野に魔物が増えている―――なのでこうした野草を採りにゆくのですら危険が増し、ただでさえ草花の少ない地域ではその価値が上昇。
ついにはリュッグのような傭兵達に、それなりの報酬額で依頼が出回り始めた。
「(まさかまさかだな。タイミングとしちゃ丁度良かったし、俺としちゃ助かるからいいんだが…)」
傭兵どころか、普通に生きてゆくのすらド素人と言えるシャルーアを連れている今、従来の困難で高額な仕事は受けずらい。
かといって簡単な仕事ばかりでは食い扶持に困ってしまう事になる。
そこへ舞い込みはじめた、簡単な採集仕事に従来よりも高額な報酬が付く依頼は、まさにタイミング・内容ともにベストだった。
簡単で高収入なら時間にも余裕も生まれ、シャルーアにあれこれ教えながらでも日々の糧に困らずに済む。
「リュッグ様。あちらに見える砂煙はなんでしょうか??」
渡りに舟を感謝するため天を仰ぎ見ていたリュッグは、シャルーアの言葉を受けて空から地平線へと視線を戻した。
確かに荒野の遥か彼方の水平線で、尋常ならざる砂煙が立ち込めている。
「……ふむ、かなり遠いが魔物の可能性もある、注意しておくんだ。周りにも気を配るのを忘れずにな」
「はいっ」
目線だけで自分の周囲を探るという事が出来ないシャルーアは、頭や身体ごと動かしてキョロキョロと周囲を警戒しはじめる。
リュッグも砂煙を見据えつつ、五感を研ぎ澄まして他に危険がないか探り続けた。
と――――――
「! シャルーア前に走れ!!」
リュッグが急に振り向き、そう叫んだ。シャルーアは軽く驚きつつもすぐ言う通りにする。
だが遅かった。彼女が2歩踏み出したところでソレは足元から現れた。
ドボォッ!!
ギュルッ!
ズバボボボボボボ……ォッ
「ふ~わ~…ぁ~…??」
「シャルーアッ!!」
あっという間にリュッグが見上げるカタチとなる。
地中から現れたソレは、走り出したシャルーアの後ろ脚に絡んで天高く伸び上がった。なので彼女は片足を掴まれて逆さに吊るされる格好になっていた。
「
ムカデ系とは頭部の形が決定的に異なり、体躯もシャルーアの片脚に絡みつける程度に細い。だがその長さは従来のヤスデの比ではなく、確認されている最小個体でも3m…平均で6mという、蛇系の魔物にも劣らぬ体長を有している魔物だ。
「シャルーア、下手に動くなよっ!」
女の子なのでこのテの魔物にはさすがに平静でいられず、喚き散らすかと思って声をかける。しかし意外にもシャルーアはポカンとして大人しい。逆さまのまま、リュッグの指示に素直に頷いた。
「(あっちの砂煙は別の魔物か?)…とにかくまずはコイツをどうにかしないとな」
見た目はグロテスクだが、こう見えてまだ大人しい部類の魔物だ。どちらかと言えば積極的に攻撃するようなタイプではなく、魔物の狂暴さを見せるのは自衛かエサ取り、そして……
「(腹が減ってるか、あるいは
放っておいても
その時の獰猛さは普段とは比べ物にならず、魔物の中でも厄介な部類に分類されていた。
ギャリュンッ!!
『キュラァァォァァアオァァアッッ!!!』
リュッグがシミターで間接を狙って斬りつけると、ギガスミリピードは奇声を上げて身体をくねらせた。
幅は約8cm。こういった体長の長い魔物の中では決して太いとはいえない。だが鎧のような外骨格は普通のヤスデは無論、鉄製の鎧にも劣らない硬さと強度。
片刃の刀剣でも、動き続ける僅かな隙間に覗く間接を完璧に捉えなければ斬り裂けない。
そしてリュッグにそこまでの剣の腕はなく、斬撃の角度がズレて外骨格の一部に刃を弾かれる。
間接の端っこを僅かに傷つけるだけでやっとだった。
「ちっ…! 今の装備でどこまでやれるっ?!」
不幸中の幸いとしては、ギガスミリピードが
捕らえた獲物を手放したくないためにギガスミリピードは地中に潜らないし、そんな状態ではリュッグに対する攻撃手段も限られる。
ビュッ!!
「! …っと、危ない。分かってはいても、結構ギリギリだな」
口から黒緑色の液弾を撃ち出してくる。だがそれは予想できた行動。リュッグは難なく避ける。
相手の攻撃はかわせるが自分の攻撃も通らない――――リュッグはどう始末をつけたものか困ってしまった。
「(飢餓に狂ってる様子はない…なら卵を産み付ける苗床を得るためか。命の危機を感じればシャルーアを諦めて逃げ出すはずだが。…やはり間接を完璧に斬り裂かないとダメか)」
リュッグが持ち合わせてる武器はこの
本来なら斬撃の効かない相手に対応するためのスティールポールだが、ギガスミリピードの外骨格は打撃や突きでは砕けない。
難しい攻撃を成功させなければならない緊張で、眉間にしわを寄せるリュッグ。その上の中空で、宙ぶらりんになってる逆さまのシャルーアはちょうど、何とか背負ってた荷物から自分の武器の “ コダチ ” を無理矢理引っ張り抜こうとしていた。
「…もう、少し……です…―――――っ」
シュラァッ!!
彼女が引き抜こうとした力の方向と、身体が揺れて動いた荷物の中の刀の角度が不意に一致した刹那、鞘から急に抜け出た反動でシャルーアの身体が半回転し、白刃が綺麗な
ザンッ!!
『キイギィィィイイイイイイッ!???』
長い身体の上から3分の1辺りの間接を完全に切断され、ギガスミリピードは何が起こったのか分からないといった、けたたましい奇声をあげた。
シャルーアはそのまま落下したが、絡んでいたギガスミリピードの一部が緩衝材がわりとなって、地面に打ち付けられる際のダメージを緩和し、彼女は転がる。
ギガスミリピードの下半身は地面の上へゆっくりと倒れる。切断面より異臭ある毒液を噴き出しながら痙攣していたが、やがてピクリとも動かなくなった。
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