第12話 ワダン王国の矜持


 ファルマズィ=ヴァ=ハール王国の中腹西方の隣国、ワダン=スード=メニダ。


「なるほど? ファルマズィが……それで?」

「そ、それでとは…女王様?」

「わらわに何をせよと、そう聞いておる。多くを語らねば分らぬのか?」

 尖った視線と共にピリッとした空気に包まれ、階下でひれ伏す大臣はますます頭を低く下げた。


「も、申し訳ございませぬ!! ええと、その…かの国に攻め込んだりとか…お考えにはならないのでしょうか、と…」

 進言と共に恐る恐る頭を上げる大臣。遥か北方域出身の色白で臆病そうなその男を見る両目が呆れるように閉じた。

 そしてあらためてゆっくりと開くと、静かに階下を見下ろす。


 玉座に肘を突き、片手の甲に頬を預け、足を組んでいる女王はこの上なく不愉快そうだった。



「他者の災難知らば、我が身に降り注ぐ災難もまた知る事ができるというもの。だが、なにゆえ他者の災難に付け込みてわざわざ貶めに行かねばならぬ? その無駄な贅肉だらけの腹で、なお我欲満たされぬとでも言う気か、貴様は?」

「ひ、ひぃぃ、そ、そのような事ではなく…。そ、その他の国々はおそらく、この機を良しとし、攻め寄せる方向で考えるものと…その、立ち遅れますと」

 しかし女王は脚を組んだ体勢のまま、床につけていた足先を軽く上げた。履いているハイヒールのカカトを叩き潰さんと、力を込めて再び床を強く踏む。


 カーーーン!!!


「うひいいっ?!」

 その甲高い音は “ 黙れ ” という意志。思わず両手で頭を抑えながら身を縮めた大臣の頭に、折れたヒール部分が飛んできて小突く。


「見よ、貴様が先日献上してまいった “ ハイヒール ” とやらはこうも簡単に砕ける。背を高く、己が姿を良く見せようとするためだけの虚飾が履物ぞ!」

「ひいいい、も、申し訳ございませぬぅ! そ、その…流行ものをと思った次第でしてっ」

 怯え続ける大臣に、女王は呆れるとばかりに一呼吸置く。だが再び開いた口ぶりは、ますます猛るものだった。


「他国がどうであれ、このワダンにはワダンの進む道というものがある。他人の顔色伺いて同調せんとするなど浅ましい! 此度の件もそのハイヒールと同じ…我が国はみだりに他国の弱みに付け込むような真似はせん、カカト折れる・・・・・・と知りながら歩くなど極まりないと知れ!」






 それから小一時間、大臣は女王に叱責され続けて後、ようやく謁見の間より解放された。


「ふぅう……胃が痛い…たまらんぞい」

 デップリと肥えた腹を抑えながら、大臣はフラフラと王宮の廊下を歩く。

 白い肌の彼はもともとは病弱な生まれだった。


 しかし幸いにも商売人の親が遥か北方よりこの国に移り住んだ後、商売で大成功を収めた事で、彼は万全の医療と飽食に包まれた。

 結果、病弱を脱した証として肥え太りはしたものの、周囲に大事に育てられたせいか、小心な大人へと成長。


 商人として経済面でこの国に貢献した親のおかげで高い位に就けはしたものの、毎日があの女王様の厳しいお言葉を浴びせられる日々。


「でもまぁ頑張るしかないかなぁ…ふぅ」

 彼とて女王の言わんとしている事は分かるし、個人的にもその意向に賛成だ。そして何より、女王様が美人であるという点が仕官意欲を繋ぎ止めていた。



 性格こそキツいものの、黒褐色の肌に程よく鍛えられた絶妙な身体は、健康的な美を内包しつつも、女性らしい丸みある美しいラインをも極めている。

 ムキムキ…といった感じはなく、より美女としての魅力を高めるため、必要最低限の筋肉量を絶妙に獲得している感じで、素晴らしい造形美の肢体だ。

 そして纏う衣服はギリギリまで減らされた極最小限の布しか持たず、その肉体の美しさを惜しげもなく晒している。


 キツい眼光にも深い部分には優しさが宿っているように思え、若き大臣はどんなに手厳しくされようとも、その忠誠心が陰る事はなかった。


「(何より、こっそりと言葉に含めて・・・くれているのは、私を信頼してくれているという事だ)」


 ハイヒールのカカトのくだり。


 女王は知っているのだ、国内に不穏分子がいることを。しかしそれを公に口にするわけにはいかない。

 なのでその言動の中に暗に含め、信頼おけると判断した者にのみその意を伝える。


 …そう、ワダン国に他国を構っている暇はない。


 女王の矜持だけに留まらず、国内に不穏の芽がある以上は、政治的に考えても出兵などしてはいられない。

 それでも大臣が軍事的な進言をせざるを得ないのは、軍部の中に他国への侵攻に息巻いている人間が少なからずいるためだ。


「はぁ…どう彼らに伝えたものかなぁ…また胃が痛くなりそう。先に医局で薬を貰いにいこうっと」

 彼らの意欲を伝えないわけにもいかず、板挟みになると分かってはいても器用に立ち回れない己が無能さを嘆く。


 それでも忠節尽くすは女王様のため。

 彼女が不幸にならず、彼女の望む国家が在り続けるよう、この太った大臣は今日も腹を抑えながら王宮内を走り回る。



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