動名詞

鶏心

しゃち。

「シャチホコ、ってなんなんだろうな」

「え?」

「いやさ、この前北極の海でアザラシ捕まえた時にさ、ただ食べるのはつまんないなーって思って、『何か面白い話をしてくれたら見逃してやる』 って言ったんだよ」

「へぇー、それがその、しゃちほこ? って奴の話に繋がるの?」

「そそ、でそいつの話によると太平洋の小さな島にシャチホコって奴がいるんだと」

「へぇー」

「イマイチわからなかったんだけど、金色に光ってるとかなんとか言ってたぞ」

「はえー、金色かぁ……すごいなぁ…………ところで」

「なに?」

「そのアザラシは逃がしたのかい?」

「食べた」

「食べちゃったかー」

「だってお腹すいてたし」

「じゃあなんで『面白い話したら逃がしてやる』なんて約束したのさ」

「こうやって毎日海を泳いでるとさー、退屈なんだよ」

「話聞くだけ聞いて食べるって鬼畜の所業じゃん。義理は通そうよ」

「義理じゃ生きていけないんだ。それに君が今咥えているのはさっき僕らに道案内をしてくれたイルカじゃないか?」

「まぁねー」


ここは北極圏から少し外れた海。

二頭のシャチが呑気に駄弁りながら悠々と泳いでいた。

ちなみにシャチホコの話をしていたのが鯱左衛門、イルカを咥えていたのが鯱吾郎である。


「そうそう、こないだ友達の海鳥に聞いた話なんだけど」

鯱左衛門が切り出す。

「僕らシャチって人間から『海のギャング』って呼ばれてるらしいぞ」

「ギャング、ってなに?」

「さぁ? 人間の名称なんてどうだっていい」

「確かに人間ってだけで既に碌でもないよね。

ところでさ、君のその友達の海鳥ってのは君が一昨日食べてたヤツかい?」

「そうだけど?」

「鯱左衛門、君は相変わらず食欲に忠実だねぇ」

「何言ってるのさ鯱吾郎。世の中に欲望に忠実じゃない動物なんてのはいないのさ。それに友達だろうと腹が減れば全てエサだ」

「……君らしいねぇ」


二頭が泳いでいると、前方に小さな船を見つけた。


「おや? あれ人間じゃない?」

「やれやれ、全くもってどこにでも現れる生き物だ。奴らは陸のクラゲだな」

「クラゲと違って海だろうと陸だろうと現れる分、人間の方がタチが悪いよ」

「確かに。あ、なんだか無性に人間が食べたくなってきた。そういや僕らって人間食べたことはないよな」

「ないね」

「じゃあ今日のエサはアイツらで決まりだな」

「気をつけてよ鯱左衛門。アイツら賢いから」

「知ってるか鯱吾郎。この世で一番賢いのは、人間でもクラゲでもねぇ。シャチなんだよ」


その時だった。

タァーン! という音と共に鯱左衛門の動きが止まった。

遠くに見える人間の手には何やら筒状の物が握られている。

次第に鯱左衛門の周りの海水が赤く染まってゆく。


「そんな、鯱左衛門……。死んだ……のかい?

は、ハハ。やっぱり人間なんて碌なもんじゃない。奴らはゴミだ。僕の狙ってた獲物を横取りしたクソッたれのサメ野郎なんかより、ずっと、遥かにゴミだ。こんな奴らが生きていていいはずがない。殺さなきゃ、今すぐ」


直後、鯱吾郎の身体に変化が起きた。

身体はシロナガスクジラのように大きく、皮膚は亀の甲羅のように硬く、牙は一本一本が鋭利に尖っていく。

が、しかし変化はこれだけではなかった。

背中からは大きな翼が生え、体内から溢れんばかりの力が湧くのを感じた鯱吾郎は、ついには空を飛び、火を吐き、電撃を放つ超巨大バケモノシャチと化した。


「矮小な人間よ。プランクトンのエサにでもなれ」

鯱吾郎はそう吐き捨てると、船を引き裂き、人間を細切れにし、深い海の底に沈めた。


「なんだろう、無性にお腹が空いてきた。あ、これでいいや。これでも食べておこう」

そう言って鯱吾郎が口にしたは、かつて鯱左衛門と呼ばれていた肉塊だった。

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