加速少女ユミと賢者

桜坂竜太郎

第1話: 賢者と野望

王国歴65年。異世界から召喚された勇者が極悪非道の魔王を倒してから65年と言ってもいい。人間は相変わらず世界に自然発生する獣・魔物・魔獣なんかと生存競争を繰り広げながら日々の暮らしを営んでいた。俺もまあその御多分に漏れず、多少の刺激を求め続けてこの18年を生きてきたつもりだ。その俺の人生が、ここで変わる。


「神より賜りし賢者の証を持つ者、アーク=ロンド。貴殿を我が王国において、賢者として認め、受け入れることを王国民に宣言する。これは何事にも覆ることのない、王命である!」


城の前に集まった王国民達の、耳が破れん限りの歓声に少し顔を歪ませてしまったが、致し方ないだろう。名前を呼んでいただいた国王に感謝の意を述べると、国王直属の魔法師が身に着ける黄色い刺繍がなされた赤いマントを受け取った。それを纏い、国民の方へ手を振った。また歓声が、上がった。

~~~


「いやあ、こうもめでたい日だと何杯でも行ける気がしてくるね。」

「王命があった日なのに、よくそうやっていつも通り飲めるわよね...」

「馬鹿言え。こういうめでたい日にこそ、酒は嗜むものさ。」


昼間の、賢者としての威厳はどこへ行ったのか。そう思うアークと同席している彼女、ローズはアークと共に旅を続けたうちの一人だ。腰に携えた長剣はまさしく業物に違いなく、引き締まったその体は歴戦の戦士に劣るとも勝らない経験を積んできていることを教えてくれる。ローズが二杯目に入る頃には、アークはすでに十を超えている。まさに浴びるように飲んでいた。


「大体、アンタがここまでに至れたのは、最初の頃私が率先して前で戦ってあげたからでしょ?それに対して何かお礼はないわけ?お・れ・い!」

「相変わらず酔いやすい上に酒癖が悪いな。ここの飲み代は俺が持つから、な?それでいいじゃないか。」

「よくない!なんなら謝礼金をいただいてもいいくらいだわ!あー、やってられない!」


そう言って二杯目を一気に飲み干すと、大声で「おかわりちょうだい!」と店員に怒鳴るように言いつける。


「ったく、あんまり酔って、明日二日酔いで動けませんなんて、ごめんだからな。」


翌日。アークの心配は的中し、ローズは行動不能。ほかの旅の仲間たちも何やら用事で手一杯だったようで、アークは早朝に一人で町をうろついていた。

そこで目に入ったのは、剣と鎧を作る鍛冶屋だった。この鍛冶屋は、アーク一行にとって馴染み深い。

よし、おっちゃんのところに用事を済ませに行くかな。

勢いよく扉を開け、左を見ると工房がある。工房では朝早くから職人たちがせっせと働いていた。

...いつ見ても、圧巻だな。

この鍛冶屋はこの城下町だけでなく、王国中で有名だ。やたら腕のいい鍛冶職人と、その弟子総勢六十人。弟子の人数もあって、鍛冶屋の工房も広い。夕方に切り上げて朝早くから鉄を打ち始めるその光景は、昼を過ぎる前には見れなくなってしまう。周りを見れば、鉄を打つ作業を見るためだけに朝早くからこの鍛冶屋に足を運んでいる人がちらほら見えた。

扉を入って正面に敷かれた青いカーペットの上を歩けば、剣と鎧の販売スペースが設けられている。そこで毎朝弟子が仕上げた品物を並べている人こそ、この鍛冶屋のオーナーであり、あの職人たちの師匠、ランドルフ=ゴードンだ。


「ようランドルフ爺。元気してたか?」

「見ての通りじゃボケ。それに俺はまだ四十八だ。爺と呼ばれる筋合いは無い。」

「ま、俺は十八なんでね。そんな俺から見れば四十八なんてもう爺さんさ。」

「随分と口が回るようになったじゃねえか。で、今回は何の用で?」

「特に用事はないんだ。ただ、爺には挨拶しておこうと思ってな。この爺から譲り受けた剣がなきゃ、俺は今頃チリになってただろうしな。」


そういって普段から愛用しているボロボロのマントを翻し、腰に携えた一本の長剣をランドルフに見せる。その剣は、彼がまだ旅に出る前にランドルフから譲り受けた剣だった。


「お前、まだそんな出来損ないを腰にぶら下げてやがったか。そんなもんもう捨てちまえよ。打った俺でさえ今見るのは恥ずいぐらいの出来損ないだ。なんなら、今ここで一流の鍛冶職人の俺がお前の賢者成り上がり祝いに逸品を打ってやるぞ。」

「いいや。これは俺にとって思い出深い剣...いや、言うなれば相棒だ。こいつが折れるまでは新しい剣はいらん。」

「ハッ、お前のそういうところが、魔法師に向いていたのかもしれんな。」

「と、言いたかったのだが!」


ランドルフは直後のアークの発言に言葉が出ない。

悲しいことに、アーク=ロンドという魔法師は、新しい物事が好物なのだった。


「この話は他言しないでほしいんだがな、...近々、俺はまた旅に出ようと思う。」

「また何を企んでやがる。」

「南の方に"共和国"があったはずだ。そこにな、魔法師学園とやらができたらしい。」

「魔法師学園、だと?」


王国はこの大陸のちょうど中央部に位置しており、三方の国の交流の拠点になりやすい立地だったがゆえ、大陸でもっとも栄えている国である。大陸北部には帝国、西部には連邦国、東部には公国――68年前の戦争により廃墟と化した城とそれを取り囲む町があるだけだが――そして南部に共和国があり、それぞれ協和同盟を組み、共存しあっている。が、王国と共和国の貿易上での関わりは小さい。

アークは南部の共和国で魔法師を育成する学園が設立されたと風の噂で聞いたのだった。


「通うつもりか?」

「もちろんだ。賢者たるもの、知識には貪欲であるべきだろう?俺は唯一共和国には指先すら入ったことが無いし、もしかしたらこちらの方では知られていない魔法技術があるかもしれないじゃないか。」

「はあ、それで?」

「俺の相棒だけじゃ道中不安なんだなこれが。ってことで俺に新しい剣を頼む。」

「それはいいが、お前は賢者だろ?魔法でどうにかなるだろうに。」

「俺は剣術も極めてソードマスターの称号も狙ってるからな。今も素振りに実戦、毎日欠かさずやってるぜ。」

「よくそこまで頑張るな。まあいい、剣を作ってやると言ったのは俺だしな。未来のソードマスターには半端な剣を持たせるつもりもないしよ。一週間ほど時間をくれれば、そのオンボロの百万倍は優秀な剣を持たせてやろう。」

「よっしゃ。じゃ、一週間後のこの時間にまた来るわ。」

「あいよ」



「さてと。用事も済ませたことだし、どうしようかな。」


いっそ、剣の実戦がてら道中にベースキャンプでも作っておくかな。

腰のポーチから大陸の地図を取り出す。この地図は数年前、一人の貴族によって完成された、非常に高精度な地図だ。大陸の形、各国の領土の境界線などが細やかに記されている。だが、この地図には書き記されていない地もある。

それが王国と共和国の境界に存在する、"真宵の森"と呼ばれる広大な面積を有する密林地帯だ。獣道を除けば、背の高い木が所狭しと並び立ち、中からはその葉によって空を拝むことは叶わない。そのため、昼間でさえも薄暗く、夜になれば月明かりも遮られるためまともに視界を確保することは叶わないのだ。また、そんな環境にあるため人が寄り付かず、結果自然発生する魔物や魔獣が繁殖し、今では大陸上で最も危険な森だろうし、もしかしたら魔獣が進化しているのかもしれない。


王国と共和国の貿易が他国に比べて盛んでないことは、この森が両国の間にあるためだ。もちろん真宵の森を避けるように迂回して行き来することはできるが、森の外周もまた、とてつもない長さがあるため時間が掛かりすぎてしまう。

いかにアークが賢者とはいえ、森の外周を回って共和国に行く選択肢は時間がかかる。よって、今回は真宵の森を横切るように進むようだ。

アークは魔力を光に変換する魔法を有しているが、残念ながら燃費がいいとは言えない。さらに光は、真宵の森の生物たちに自分の居場所を知らせる事態になりかねない。よって、危険極まりない真宵の森に仮拠点を作る寸法だ。拠点内では光源がなくても行動の制限はあまりない。今はまだ早朝であり、日が暮れるまでずいぶんと時間がある。


「よし、いっそ森の中央に豪華な拠点でも作ってやろうかな。」


大陸で最も危険な森の中央に拠点を作る。これがどれほど無謀なことなのか、アークは考えられずにいた。これは賢者としての自信か、それとも驕りか...



そんな心配もよそに、アークは順調に真宵の森の中を突き進んでいく。途中大型の獣や魔物に遭遇したが、一瞥すると同時に腰の剣で真っ二つに叩いていた。

――真宵の森なんて、所詮こんなものか。

休みもそこそこに、そろそろ陽が傾き始めた。森の中はすでに真っ暗だ。

さすがの賢者も、この暗さでは光源なしでは厳しいのだろう。仮設テントを手早く設置し、木を燃やして炭にしたものを転がしその周りに石を並べる。火の魔法で火を付ければ、あっという間に焚火の完成だ。道中狩った食用可能として有名な獣の肉を焼き、手早く食べる。これまでの旅は、ローズやほかの仲間たちと駄弁りながら食事をしていたが、今回はアークの周りには誰もいない。虫が鳴くだけの空間を、懐かしくも寂しく、また新鮮に感じていたことだろう。


今だ燃えている木を見ていると、アークは今までの旅では聞いたことのない鳴き声が響くのを感じた。

さっと水の魔法で火を消し、先程まで燃えていた焚火の上に乗り周囲を見渡す。が、生物の気配は一切しない。先程までやかましいほど鳴いていた虫たちも鳴き止んでいる。

―――来るっ!

アークの背後から草をかき分けこちらに向かってくる生物が来る。腰の剣に手を宛て、いつでも抜ける姿勢をとる。

そして出てきたのは、人間だった。アークの姿を見て、息が上がり上手く言葉を紡げないながらも「助けて」と縋りつく。直後、人間の方とは比べ物にならない速度で接近してくる物体を、アークは捕捉した。同時に、アークの背筋に何か冷たいものが走り抜けた。


「こ、この圧力はなんだ?!」

『グルルルルルォォォォォォォォォ!!』


旅を続けて八年。アークは初めてみる魔獣に驚いていた。クマと同じような容姿をしているが、それの四倍はあろうかという大きさであり黒く赤い、まさに化け物が目の前に立っているのだから。

反射的にアークの手は剣を抜いていた。目的は最速でこの化け物の首を刈り取ること。一瞬の迷いすら捨てたアークの攻撃は、見事化け物の首に当たった。

瞬間、金属が砕ける音と同時にアークの目の前に化け物の鋭く長い爪が襲い掛かり、アークはそのまま押され、巨木に押さえつけられた。

アークの額には血が滲んでいる。が、実は先程まで怯えていた瞳は大きく見開かれ冷静を取り戻していた。


「ふぅ...危なかった。魔法障壁プロテクションが間に合ってなかったら死んでたぜ。」


剣の柄を捨て、魔法詠唱スペリングを始める。


「『根源を断ち切る百七の鎖よ 我が声に応えよ』...えーと、鎖槍チェーンロッド!」


アークの背後から無数の魔力で出来た鎖が生成され、あっという間に化け物を拘束する。身動きの取れない化け物を足で転げ、片足でじりじりと踏みながら化け物の目を見て口の両端を上げこう言った。


「自分より弱いと思ってた虫に、踏まれるってどんな気持ちだ?あぁ?」


怒り狂う化け物の様子を見て満足したのか、それともこれ以上は危険だと判断したのか、アークは鎖の上から化け物の腹部を踏み潰した。いくら驚異的な化け物と言えど、生き物である以上こうなってしまっては直に息絶えるだろう。


「いやしかしびっくりしたな。まさか、俺の相棒の刃が通らないぐらい皮膚が硬いなんてなぁ。」

「あ、あの...」


仮設テントの裏から再び人間が姿を現す。先程は気が回らなかったが、銀髪で身に着けているものも高価そうな、な可憐な少女だった。

――貴族か?だとしたらなんでこんな森の奥に...?


「怪我はないか?ごめんな、さっきは驚いて気が回らなかった。」

「いえ!助けていただいてありがとうございます!」


礼の仕方も申し分ない。声も綺麗だし、あれ?もしかしたら惚れちゃったかもな。

冗談は置いておいて、やっぱり貴族か。王国の貴族だったら、あまり関わらない方がいいかな。いや、俺を知らないみたいだし、王国の貴族ではないのか?


「どうして君はここに?」

「両親とはぐれてしまって、気が付いたらここに...それで、さっきの化け物に襲われて」


はて、両親とはぐれ、気が付いたらこんなところまで来てしまっていたということは果たしてあり得るのか?いや、あり得るあり得ないは有りにしても、彼女をこの森で一人にするわけにはいかないだろう。


「そうか。それは災難だったな。どうだ、気にならなければ、ここの仮設拠点を使ってもいいぞ。一人増えたところで、変わらない。」

「よろしいのですか?」

「うん」

「ではお言葉に甘えさせていただきます。もう夕暮れ前から走りっぱなしで、へとへとなんですよ」

「へ?夕暮れ前から?」


だとしたらとんでもない持久力だな。


「あ、こ、この近くに水浴びが出来る場所はありませんか?汗を掻いてしまって...」

「ああ、そこのテントの裏に道が出来てるだろう?そこを少し歩けば綺麗な水が流れてる川がある。なに、心配しなくてもこんな暗闇じゃ裸は見れんよ。」

「は、はい...」

「あ、そういえば名前を聞いてなかった。俺はアーク=ロンド。君は?」

「私は、ユミです。ユミ=アドワールです。」


よし、聞いたことのない家名だ。少なくとも王国の貴族ではないだろうな。

化け物だった屍を突きながら、そんなことを考えていた。

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