第21話 桜の木と大岩が見てきたこと。
「すみません、加藤華さんはおられますか?」
加藤博之は、富山県警の波山とともに富山の亀田時計店に来ていた。
母親の正子に呼ばれ、子どもを抱えた華が出てきた。
「私は、富山県警の波山です。」
「私は加藤です。東京から来ました、水口奈美さんの友人から、奈美さんが自分の出生に疑問を抱いているという事で、相談を受けてまして、この富山で白骨が見つかった事もあり、華さんからも話を聞きたいと思いまして。」
「ご苦労様です。奈美さんから連絡ありましたよ。刑事さん行くからって。」
華は二人を居間に案内し、座卓を囲んだ。
正子はお茶を運んでくると、華の隣に座った。
「あの、加藤さん…でしたね。同じ名字なんで、勝手に親近感持ってました。ちょくちょく奈美さんから、向こうでの話を報告してくれているんですよ。失礼ですが、もっと、ご年配かと思ってました。すみません。お若かくて、違う人が来たのかもと思ってました。」
「兄貴と勘違いしてるのかな。まあ、5つくらいだから、大して変わらないか。若く見えるのは嬉しい事でね。」
「今度、奈美さんに言っておくわ。」
華はくすっと笑って、そう言った。
「いや、あの、それは言わなくてもいいです。」
加藤は照れ笑いをしたあと、出されたお茶を一すすりし、本題に切り替えた。
「奈美さんからは、大体の事は伺っています。自分は奈美ではなく花香ではないかという事で、自分なりに調べていたところ、白骨が見つかり、私に相談してきたのですが、華さんも、奈美さんは、花香ではないかという事ですね。」
華は、準備していた写真を一枚、二人の刑事に見せた。
「そうです。加藤さんも見せてもらってるかもしれませんが、この保育園の写真見てもわかるように、ここの奈美として写っている子は、奈美さんではないわ。奈美さんが来た時に、小さいころの記憶を話してもらったんだけど、私の小さい頃の記憶と重なるのよ。彼女が花香ちゃんだったら、辻褄があう記憶なの。」
「あの、お母さんは、花香さんの小さい時を知ってるんですよね。」
波山が聞いた。
「えぇ、もちろん、お向かいででしたからね。奈美さんと言う方が来た時はあまり、思わなかったけど、里香さんのご両親の美佐子さんと隆行さんの話をしているうちに、花香さんのように思えてきたね。」
「だから奈美さんは花香さん。本当の奈美ちゃんは、悲しいことだけど、あの白骨だと思いますよ。」
「華、そんな事、まだ分からないでしょ。」
「なるほどね。状況からは確かに、そうなります。もっと情報を集めたいので、この写真を持ってた方にお話伺いたいのですが。」
加藤の言葉に、華が疑問をぶつけた。
「DNAの検査とかの方が、早くないですか?奈美さんと、今のお母さんの親子関係がないこととか、発見された白骨と、親子関係がが分かれば、解決しそうだけど。」
「もちろん、鑑定はします。でもそれだけでは、事件は解決はしません。科学的な捜査と同時に人間関係がを明らかにして、何故、そうなったかを探ることが解決に繋がるので、まあ地道な捜査ですよ。」
「すごい、やっぱり刑事さんなんだ。」
波山は、加藤を顔を見合わせ、苦笑いをした。
「ごめんなさい。良いわよ。聞いてみるわ。この件の事話してあるから、彼女も興味津々だから、色々話しくれると思うわよ。」
「あの子でしょ。この前も、スーパー行った時に、この事件の進展はあるのか、華から聞いてないかって、聞いてきたわよ。」
正子はそう言いながら、刑事二人の湯呑にお茶を注いだ。
「お母さん、ありがとうございます。でも、もう大丈夫ですので。」
二人は、淹れたての熱い緑茶を飲み干し、亀田家を出た。
華から、紹介された生方美也子は、ワイドショーのネタ好きの臭いをプンプン感じるほど、勢いよく答えてくれた。
「わ、本格的な事件なのね。私ね。リカさんとは同い年で、周りは近くても3歳以上は上のお母さんばかりだったから、若いママ同志、気が合ったから、仲良くさせてもらっていたわ。それで、子供同士も仲良かったのよ。」
「奈美ちゃんと由美子さんの事は覚えてますか?奈美ちゃんの右手の火傷の事とか。」
「覚えてるわよ。確かに火傷の痕があったわね。可哀想に当時の一年前の2歳の時に、奈美ちゃん本人が、お湯をこぼしたらしいのよ。私、虐待かと思ってしまったわよ。由美子さんが、ヒステリックに奈美ちゃんを叱ってるところ見たことあったから。ちょっと怪しい眼でみてたから覚えてるのよ。でも、華さんから、東京で、奈美ちゃんとして生きてる人がいるかもって聞いてビックリしたわよ。それに火傷の痕なんてないっていうじゃない。あれは、大人になっても残る痕よ。」
美也子はふくよかな腕を組み、自信ありげに頷いた。
「あの、奈美ちゃんは、いつ頃まで保育園にいました?」
「そうね、確か、まだ年少組さんだったのに、突然来なくなったわね。夏くらいかな。七夕の飾りつけを子供会で、一緒にしてたのは覚えてるの。その時の写真もあるわよ。それから、しばらくして来なくなったの。私の長男の小学校の夏休みあたりだったと思う。7月か8月か忘れたけど、朝のラジオ体操に、息子と一緒に下の子も行ってたのよ。それで、家が近かった奈美ちゃんを、うちの兄妹が迎えに行って、3人で近くの公園に行ってたんだけど、ある時、迎えに行っても、誰も家から出てこなくて。あとから、由美子さんが、奈美ちゃんは病気だとかなんか言ってたけど、そのうち、由美子さんも姿を消して、どうしたんだろうって噂になってたわ。」
「里香さんはいなくなったのはいつ頃ですか?」
「いつからかは覚えてないけど、由美子さんがいなくなった頃とそんなに変わらない時期だったと思う。花香ちゃんも行方が分らなくなって。里香さんの両親や、保育園の先生と私たち保護者でずいぶん探したわよ。でも見つからなくて。それから何年後かな、ここからはだいぶ離れた山で見つかったのは。花香ちゃんは行方不明のままだけど。それで、あの白骨遺体でしょ。それも幼児らしいって。花香さんだとばかり。でも違ったみたいだけど。誰の骨かは、まだ分からないんでしょ。」
「それは、まだ。だからこうやって聞き取りから、手掛かりを探しているんです。それで、話は変わりますが、花香さんの父親は、花香さんが生まれる前に事故で亡くなったと聞いてますが。」
この質問に美也子の目が輝いた。
「そう、それ、私しか知らないことだと思うわ。里香さんの名誉のために誰にも話さなかったの。確かに結婚する予定の方が事故で亡くなったんだけど、でも、花香ちゃんの父親は、その人でないわよ。里香は悩んでたわ。お腹の父親は、無理矢理に迫られて、出来た子だったみたいね。妊娠が分かってから間もなく知り合った人がいて、相談に乗ってもらっているうちに、その人が自分の子でなくても良いって言ってくれたらしいわ。でも、叶わなかったけどね。お腹の父親には、子供が出来たことは言ってないって言ってたわ。誰なのか聞いたけど、誰かは言わなかった。彼には言ったのかは、それは分からないけどね。そして、一人で、花香ちゃんを産んだの。私は同じ妊婦として幸せな時だったけど、里香は、本当に可哀そうだったわ。昔、商店街だったところに、桜の木の跡と大きな岩があるんだけど、里香さん、彼が亡くなってから、いつも、あの場所で、大きなおなかを擦りながら、泣いてたもの。」
「そうでしたか。花香ちゃんの父親はどんな人かは、聞いてましたか?」
「だいぶ年上みたいだった。でも言うわけにはいかないって。見てられなかったわ。」
「わかりました。里香さんにお姉さんがいたのは、覚えてますか?」
「知ってるけど、あまり会う事はなかったわね。姉妹仲も良くなかったみたいだし。」
「お姉さんは、どういう方でしたか?」
「そうね、頭がとても良くって、独学で中学なんてほとんど行ってないはずよ。高校も通信だったって。医者になりたかったみたいで、久住先生に教えてもらってたみたいね。自分の親の歳ほどだと思うけど、親よりも入り浸ってたって言うじゃない。この辺では有名な話よ。里香は姉のことはあまり言わなかったけどね。今はどこにいるかは分からないけどね。」
美也子は、よほど誰かに話したかったようで、質問にすべて、積極的に迷わずに答えてくれた。
「その久住先生は、今はどちらに?」
「だいぶ前に、もうやめたわよ。親の代からの産婦人科だったんだけど、花香ちゃんも奈美ちゃんもそこで産まれてるのよ。里香ちゃんたち姉妹は、久住先生のお父さん先生の方に取り上げてもらったって言ってたわね。」
「なるほど、わかりました。ありがとうございます。」
「あの、奈美さんとして暮らしてる方は、花香ちゃんなんですか?」
「それは、まだ何とも。これからわかるとは思いますが。あ、そうだ、久住先生の写真かなんかありますか?」
「先生の写真なんて無いですよ。私、他の人にも聞いてみます。でも先生が何か関係あるんですか?」
「いえ、いろんな人間関係も知っておいた方がいいので。」
「そうね、先生の写真分かったら、連絡しますね。」
「そうしてもらえると有難いです。」
「加藤さん、久住先生って、何かにからんでくるですか?」
美也子の家を後にして、波山は、加藤にそう聞いた。
「今、美香が関わっている患者に、久住らしい人物がいるんだ。それも普通の患者には思えないほどの、べったりぶりだ。本人かどうかは分からないが、もし、本人だとすれば、何故、美香は久住を抱え込んでいるのか。この富山で、何があったのかが解明できるのではと。里香の死と、奈美ちゃんと花香ちゃんの行方について、知っているんではないかと思っている。」
「里香さんが見つかった場所は、ほとんど人が入らないような山奥だ。自殺なのか、他殺なのかわからないが、他殺だとしても、地元の人も入らないような場所にどうやって行ったのか。車で行けない事もないが、よほど慣れていないと。久住が何か関わったかどうかは分からないが、無理があると思うんだが。」
「自分の読みが、当たってれば、これから、わかってくるよ。そうだ、ここの桜並木の裏に岩と桜の根元の部分を祀ってある場所があるはずだが。波山さんは、ここの桜の木って有名だったころの事知ってますか?」
「知ってますよ。と言っても、私の親から聞いた話ですが、自分が子供のころには、もう無くなってましたね。でも、この桜の木は、樹齢が1000年くらいで、その隣で寄り添うように大岩が見守っていて、桜の木が朽ちた後も、健気に見守っている姿が愛し合っている夫婦のように美しいと、地元の人にとっては、心の拠り所になっている場所ですね。ここで、里香さんも、自分と彼の事を重ねてたのでしょうか。」
「そうかもしれませんね。きっと、人々のいろんな歴史を見て、いろんな思いを、この桜と岩は、受け止めてきたんだろうな。この富山で、何があったのか、この桜と岩が見てきた事が、もし、自分の読みが当たっていれば、解けるかもしれません。」
加藤は、自分の推理を固めつつあった。
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