第38話 瓦礫と共に
その部屋の入り口はドアが二重に設けられていて、鍵が二重にかけられるように作られていた。
5階にクロビトはいたのかいなかったのか、騒がしい足音から解放され、ナオキは暗い部屋の中でうずくまり息を整えながら血が流れ出る場所を抑えつけた。
「大丈夫?包帯ならあるけど……」
ルナの声が微かに聞こえる。ナオキは時折せき込みながら乱暴に空気を体に取り込んだ――。頭がふわふわしてくる中で、なぜだか自分を客観視して――その苦しむ姿が自宅にいた時に見たホラー映画で殺される人間と重なる――。
「手当……するね……」
少し落ち着いてきた頃に、おそらくそのタイミングを待っていたルナが傍でしゃがんで言った。どこから持ってきたかは分からないが手には包帯のロールを持っている。
ナオキはそれを黙って受け入れた。黒いルナと白いルナ、確かに二人いた。同一人物ではないのは確かなので、今隣にいるルナのことは信じることにした。もしこのルナも敵なのであれば信じないにしても終わりの状況だという諦めもある。しかし……
「……どうして俺を置いて消えたんだ?」
「ごめんなさい。私、鐘の音をもう一度鳴らしに行ったの。クロビトの数が多すぎると思ったから。けど鳴らせなくて……」
拳を握り、歯を食いしばりながら、右腕をルナのほうへ差し出しながら話を聞いた。包帯を巻く作業は丁寧で、任せられる安心感はあった。
「鐘の音を鳴らす機械が壊されていたの。棒状のもので何度も叩いたように壊されていて、たぶんそれはもうあいつがクロビトを止めるつもりが無いってことだと私は思う」
鐘の音が機械によって響いていたこと、ルナがその機械がある場所を知っていたこと、特に驚きはしない。もしかすると最初にクロビトに追い込まれたときに鐘の音を鳴らしてくれたのもルナだったんだろうか。
もう鐘の音に期待できないのは心を暗いところへ引き込む。けれど、そうならば仕方がない……。
「そっか……それで……あいつは何なんだ?容姿が君にすごく似ていた」
「あいつは……たぶんもう一人の私。私にもどうしてこうなったのか分からないけど……死んだら殺意は無くなったって言ったでしょ。きっと私の抜け落ちた殺意があいつなんだと思う」
抜け落ちた殺意……か。間近で見た純粋な殺しを欲する目が思い出される。しかし黒いルナは殺意だけではなかったようにナオキは思えていた。
「言っておくべきだったのかもしれないけど、自分と同じ姿の霊が敵だなんて言いづらかったし急いでたし、できれば遭遇しないことを祈ってた。でもダメだったみたいね。確実にあなたを標的にしてる……」
「ああ……ありがとう」
最後に包帯はギュッと結ばれて手当は終わった。血は勢いを失ってきているがまだ痛みは健在だった。手の平は血でべたつくし、右手はほとんど使い物にならないだろう。
「でも、5階までは来れた……あと三つ上に行けばゴールなんだよね?」
「うん。この部屋はドアが二重になってるし、そこのハッチを開ければ下に降りることもできる。だから休めるとは思うけど、落ち着いたなら早く動いたほうがいいかもね。」
ルナがそう言った後、ナオキはルナの目を見て頷いて、立ち上がった。懐中電灯を拾い上げて照らした室内は大事そうに守られている部屋なのに物が少なくて寂しい。
廊下にクロビトはいるのだろうかとドアに近づき耳を澄ます。……足音や気配はない……けど、何だ……どこからか笛を吹く音?……が聞こえてきている。
笛……この場所でそれを持つのは一人。場の空気にはあまりにも似つかわしくないかわいらしい音色だった。歯切れのよい軽快なリズムで高い音はまるでスキップをしているように響いていて――こちらに近づいてきている――。
――止まった?
音が止まった場所ドアの外側ではないように聞こえたナオキはドアノブに手をかけて、次の瞬間。天井から大きな音がした。
恐る恐る真上の天井を照らすとひびが入っていて、後ろに身を引けば、瓦礫と共に黒いルナが降ってきた。
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