第27話 <三の部屋>

「フフッ――」


 エレベーターから走り出す時後ろから笑い声がした。


 ナオキの存在に気付いた正面に向かう廊下にいる黒い者たちは一斉に襲い掛かってきた。通る隙間もないほど密集していてその数はざっと二十は越えていそうだった。


 考える暇なくナオキは右側に続く廊下へ走り出していた。そちら側にもちらほら黒い者が存在していて、ナオキは右に左にさらには下に体を動かして頭めがけて伸びてくる黒い腕を避けながら廊下を走り抜けた――


 曲がり角に差し掛かると、後ろから迫ってくる黒に追いつかれる前に首を横に振り、黒い者が少ないほうを選んでまた進む。各所に散らばるドアが開くのかどうか確かめたいがその余裕がない。もし開いても、そこにも黒い者がいて行き止まりだったら追ってきている大量の敵に捕まって終わりだ。


 途中、曲がってすぐに黒い者が立っていた時も壁を手で強く押して無理やり逆方向に体を持っていって回避することができた。


 かなり広い――どこかに階段はないか――このままじゃいずれ――


 走る廊下は廃墟のようにボロボロだった。壁や天井が崩れている場所もあって、コンクリートの破片につまずきそうになる。


 ナオキを追う足音がフロア中に渦巻き、波のように押し寄せてくる。


 焦りを感じてきたときに、廊下の奥に金色の髪の女が闇に消えていくのが見えた。そんな気がしただけかもしれない。しかしナオキはそこへ向かった。


 ピンポーン


 まっすぐに女が消えたその先へ走り、消えていった曲がり角までどうにかたどり着くと、エレベーターがあって、嫌な感じがするほど丁寧にナオキを出迎えた。


 ナオキは迷わずそこへ飛び乗った。そうするしかなかった。


 ドアを閉めるボタンを連打して後ろから迫ってくる奴らを確認する。


 この距離なら扉が閉まるほうが早い――


 黒い者達がエレベーターに辿り着く前に扉完全に閉まってくれた。


 外からエレベーターの扉を強く叩く音がする――ナオキは黒い者が完全に見えなくなると膝をついて手すりに捕まり、急に全力で体を動かした反動に耐えた。


 はあ……はあ……こいつらが老人の言っていたクロビトと呼ばれている奴らということでいいんだろうか。一つ目の部屋にいた奴とも似ている。あいつよりも黒くて笑ってはいないが……殺意の塊と例えるにはピッタリだ。


 顔のパーツまで全身真っ黒でどこが目か鼻かはライトを当てた光の加減でしか分からない。体は人間の大きさの範囲内でバラバラで人に不幸な何かがあった成れの果てに見える。


 そんな奴らが大量に存在していて自分に襲い掛かってくるのは相当な緊張感があった。走る廊下は無機質で壁も床も灰色の剥き出しのコンクリート、ドアも金属製でさび付いた茜色だった。窓は見当たらなかったが息切れるほどの距離を走ったので建物内はかなり広く、外側に行ってないだけかもしれない。


 ガタッと小さくエレベーターの内部が振動してから今度は下に向かって動き始めた。顔を上げてボタンのほうを見るとB1のボタンが点灯している。


 今度はどんな場所に連れていかれるんだろうか。


 動くエレベーターの中で感覚を研ぎ澄ます。上からはまだドアを叩き続ける音がしていた。


 やはりさっきの5階が一番嫌な気配がする。下は少ないように思えるが――


「そっちじゃない。上にまいります」


 最初にエレベーターで聞いた女の声が耳元で聞こえたら。悲鳴を上げるような金属が擦れる音がしてエレベーター内が揺れた。照らす電気が赤色に変わり、行く先を目指すボタンは壊れたようにすべてが不規則に点滅しては消えている。


 そして5のボタンだけが光を残して、エレベーターが上へ進み始める。

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