・一の部屋

第4話 小理屈

 なんの変哲もないどこにでもある玄関、そこから向かって正面には階段や廊下が続くわけではなく、中規模のバーカウンターテーブルが置かれていて。受付でもしているかのように老人が1人座っている。


 ナオキは身構えた――。さっそく幽霊のお出ましか?


 そう思ったのはその老人が小柄で線が細く、子泣き爺とでも呼ばれていそうな見た目で、ナオキのことを眉間にしわを寄せて見ていたからだ。働いていたころに見た迷惑なクレーマー爺さんに似ている。


 そして…………この空間は異様だ。どうなっている……?


 幽霊だとしても弱弱しい爺さんの霊なら怖くない。老人を観察しながらいつでも身を引けるように足の裏で地面の感触を確かめながら近づいた。老人もナオキのことを観察するように凝視している。


「君は新しい挑戦者かね?」


「…………そうですけど」


「私はここの管理を任されている者だ」


 老人は険しい表情を緩めて普通に話しかけてきた。その声色、近づいて見えた肌や体全体におかしなところはなく、どちらかというと生きている人間に思えた。


「動揺しているかね?」


 まさに今のナオキには動揺しているという言葉が正しいだろう。洋館内をキョロキョロ見回すナオキに老人が訪ねた。


 おかしいところだらけだ。まず部屋の作りがまったく洋館ではない。無機質な白い壁と青い床。外から見た時の館内の想像とは大きくかけ離れていて、スペースが狭く天井が低い。一階部分には右と左に大きな部屋があると思っていたのだが、入ってきて左側にはドアなしの広い入口から8畳ほどで蛍光灯が点いている部屋が見えて、右側には奥が黒く暗い廊下が続いていて壁にいくつかのドアが確認できる……。


 廊下のほうには雰囲気があった。霊がでてきそうな雰囲気が。


「ちょっとゆっくり話そうかね」


 老人は立ち上がり杖なしではよろけてこけそうな足取りでヨボヨボと左の部屋へ歩いて行った。


 ナオキも後から部屋に入ると入口から死角になっていた入ってすぐ右にあるベンチに女が前屈みになり、顔を手で覆って座っていた。茶髪で肌も小麦色、最近では珍しいタイプのギャルだ。他には一般家庭サイズの冷蔵庫と四つほど積まれたダンボール、あとは中央に四人掛けサイズの正方形テーブルとイスが四つあるだけ。


 気になるのは老人と自分が部屋に入ってきても無反応で顔を隠したままのギャル風の女だが、先に入った挑戦者で洋館に入ったのはいいが何かを見てしまってあまりの恐怖にああいう状況になったとかだろうか。


 それに今のところ窓を一つも見ていないのも気になる。地下室にでもいるみたいだ。


「そっちにお掛けなさい。」


 老人が奥に座りナオキに手招きする。


 ナオキは少々理解に苦しんでいるががこのくらいの不思議な状況ならまだ余裕があり、怖さというのは感じていなかった。イスに座らせてもらい、じっくりと老人、そしてギャル風の女を監視する。


「怖い顔をしなさんな。私もその子も人間だよ。君と同じさ」


 老人は口角を上げてこちらの反応を伺ってくる。くっきりした目と生え散らかした髭や眉毛も相まってダルマを彷彿とさせる。


「あなたは何者ですか?」


「さっきも言ったがここの管理人さ」


「もっと詳しく聞きたいです。その……あなたはここを調べにきた人とは違って、ここに住んでいる方とかですか?」


「それを知っても君のやることは変わらない……それよりこの場所について聞きたいだろ?」


 信用しきれないな。敵ではなさそうだが、管理人ってなんだ。


「オズオワールグループの方なんですか?あと、そこの女性は僕と同じでここを調べに来た人ですか?」


「いいかい?それを知っても運命は変わらないんだ。人の運命というものは生まれた時から決まっている。だから無駄なことは知らなくてもいい。やるべきことだけに集中することが大事だ……」


 会話が成立しないというかよく分からない小理屈をこねているだけだ。


「……じゃあとりあえず、この場所について教えて頂けますか?」


「いいだろう」


 老人はまだ何か説教のようなことを聞かせたいように見えたが、やれやれといった様子で語りだした。


「君も幽霊がいるか見て回るように指示されてるんだろ?そうじゃなあ……結論から言うとここには実際に霊がいる……そっちの廊下のほうには十個部屋があってな、十の霊が各部屋に住んでおる。ここから出たければ全部の部屋の中に入って出てこないといけない」


 十の幽霊か……多いな……でもまあただ部屋を十個見て回ればOKなら楽だというのがナオキの率直な感想だった。


「奥に行くほど強力な霊がいて、一度入れば部屋から出てくるのは困難だろう」


「部屋に入れば、霊が鍵をかけてしまうということですか?」


「入れば分かる」


 自分が話したいことしか話さないスタンスだな……。この爺さんの話は真実なのか?他に情報はないし真実だと仮定して調べていく他ないか。入れば分かる……たしかにどちらにしろ片っ端から調べていくだけだ。


 ナオキはまだ聞きたいことがあるが聞いても無駄そうだし、老人へ何も言葉を返さずにさっさと始めようと立ち上がり部屋をでた。廊下のほうを見て耳を澄ましてみたがシーンとしている。


 飾りのない淡白な白いドアの数は1……2……3……4……5……奥のほうは暗くて見えない。ここにあるドアの中で自分と同じ挑戦をしている者が今も調査しているのだろうか。入ってきてから自分と老人が出す音以外聞こえていない。


 一応自分が1人で住むマンションの玄関より少し広いくらいの玄関によって扉が開くか確認する。悪いほうに予感が当たり玄関の扉はビクともしなかった。扉の向こうからも音がしない。そもそも外から見た時と扉の形が違うのでそれもそうか…………。


 まずいなあ。どうやら別空間に閉じ込められているような状況らしい。


 ――振り返るとバーカウンターの前に老人ではない人影があった。さっき部屋にいた女だ。 

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