死にたくない彼女と、凡人自慢の俺の、矛盾論争

くたくたのろく

一つ目・おろし竜田定食


「こいつもテンプレだな……。なんでストーリー構成の評価高ぇんだよ、コイツの小説展開読め過ぎてつまんねーだろ。―――あぁ、しかも無双でハーレムとか……駄目だ。俺には合わねー」


 感想もレビューも評価も、何もつけずに次のタイトルへとカーソルを動かす。


 ―――真っ暗な闇の中、1つだけ浮かぶ光に顔を寄せ、俺は画面上に浮かぶ文字の羅列に意識を集中する。右手はマウスを握り、左手にはポッキーを二本構え、それを時々口に運んではポリポリ甘味を摂取。これで集中力を補給。


「次も無双もんかぁ……。いやぁ、嫌いじゃねーよ? でもなー。呆気なく勝たれても、緊張感が湧かねぇんだよなぁ、緊張感。スリルっつーの? ドキドキ感。俺が今求めてんの、ソレなんだけどなー」


 不意に喉の渇きを覚え、手に持っていたポッキーを速攻で口に収納すると、机の上に置いてあるボックスからウエットティッシュを一枚取り、汚れた指を拭いて、マグカップを掴み、口につける。中身はただの水道水。カルキ臭い水を啜り、これで水分も補給出来た。


「お、次は戦略ものか! いいね、こういうの俺好きだわー。――――ううん? これ、ん? あ?…………いやいやいや、これは戦略ではないぞ、断じて。結局無双して終わりじゃねーか……。戦略立てる必要性ねーじゃん、これじゃあ。……でも文章力はあんな、勿体ねぇ。感想に書き込むか」


 よし、とキーボードをカタカタ鳴らしながら、俺は続けてブツブツ呟く。


「なんて書くか……。面白いけど、何か惜しいですね、……戦略を生かし切れてない感じが………あー、あとあれだ、ヒロイン!……………えー、ヒロインの影が薄い気がする、…………あとは、説明多いとこは改行を生かして………こんなとこか?」


 自分が書いた感想がおかしくないかチェックし、送信ボタンをクリック。ついでに文章力評価は満点の5ポイントつけ、一仕事終えた気になり、背もたれに体重を預け、背伸びをする。安っぽい椅子がギシギシ悲鳴を上げるが、お構いなしである。これからも頑張って俺の背中を支えてくれ。


「って、やべー。もうこんな時間か……」


 パソコンの画面隅に小さく書かれた時間を確認し、俺は今日もげんなり。

 時刻は午前4時を少し過ぎたところ。もうすぐで朝陽が拝めるな。

ちなみに今日は火曜日で、高校生である俺は学校へ行く義務があるわけだが。


 めんどくせー。


 俺はパソコン横に伏せて置いといたスマホを掴み、設定してたアラームを解除。それからもう一度大きく背伸びしてから、椅子から立ち上がり、机の後ろにある布団へとダイブ。

 導かれるまま、俺は眠りについた。




 俺、こと垣根総かきね そうは、引きこもりがちなただの高校一年生の男である。


 引きこもりがち、なだけであって、断じて不登校児ではない。週一のペースで保健室登校し、テストを受け、それで学校からはまぁ大目にみてやるかという感じ。緩い学校で良かった。選んだの俺だけど。


 で、俺がけっして教室へ行かないのは、別にイジメだとかそんな暗い過去は無く、ただ人間関係が煩わしいから関わりたくないだけだ。

 学校ってほら、協調性を養うためとかで事あるごとに団体行動求めるじゃん? なんで他人に付き合わないといけねーんだよとか、面倒だとか思うだろ? 俺は思う。故に、高校では入学式に出席して以来、クラスメイトとは一度も顔を合わせていない。


 何度か保健室のせんせーがカウンセリングらしき問答してきたけど、現在はただの茶飲み友達みたいな関係になった。お茶飲みながらひたすら無言だけど。


 そんで、そんな俺は家に引きこもって保健室で茶飲みながら何をやってるかと言うと、趣味の読書である。もはや活字中毒と言っても過言ではないくらいには、暇さえあれば読んで、投稿サイトなら感想やレビュー、評価をつけ、本ならばSNSで感想を拡散してる。いわゆる読み専。


 昔というか中学生時代は、俺もラノベ作家になりたいと小説を書いてた頃もあった。だけど、書けば書くほど俺は自身に評価をつけ、実際読者からも反応がなかったことに、見切りをつけた。俺は書く側には向いてないんだな、って。それで、今はひたすら小説漁り。


 ラノベじゃない本も普通に読む。ハードカバーは読みにくいから、単行本になってから読む。そんな、どこにでもいる小説好きなのが、俺。ちょっとコミュ障だけど、そんな人は結構いるし、まあ凡人だな。

 そんな凡人、垣根総は、深い眠りからふと目を覚ますと、とりあえずスマホで時間を確認。現在時刻13時27分。お腹空いた。


 とりあえずカーテンを少し開け、遮光カーテンの合間から僅かに光が部屋に取り込まれ、部屋の全体像が露わになる。1DKの、所狭しとぎっしり詰まった本棚に囲まれた俺の部屋。服も飲み干したペットボトルも散乱してる。汚ねぇ。そろそろ掃除しないとな。


「カップ麺でいっか」

 ケトルでお湯を沸かし、あっという間の3分で美味しいラーメンを啜る。うみゃい。


 腹を満たしたところで、片付けに取り掛かる。掃除は適当。散乱したもの仕舞って、ゴミ捨てて、掃除機かけてはい終わり。本棚もちゃんと掃除した方がいいだろうけど、そこまでがっつりやると疲れるし、本に触れると読みたくなるので年に一回やるだけに留めてる。


 でも、これも綺麗好きではない人間なら、たぶん普通くらいじゃないかと思う。

 掃除を終え、体を動かしたらまた眠くなって昼寝。起きたら21時。あらびっくり。


 欠伸しつつ夕飯はファミレスにしようと決め、軽く身支度して家を出る。普段着の黒ジャージにパーカーを羽織っただけの、寝ぐせも治してない、いつもの俺のスタイルである。

 俺の部屋が入ってるマンションから出て、歩いて5分。混んでるところを一度も見たことない、行きつけのファミレスがそこにある。


 やる気のないいっらしゃいませーを聞き流し、いつもの窓際隅の4人掛けテーブルへ勝手に座る。メニュー表にざっと目を通し、結局いつもの『おろし竜田定食』にしようと呼び出しブザーを押す。少し強めに押すのがポイントだ。そうでないと、このブザーは反応してくれない。


 それからお冷を持ってきた女性ウエイトレスに注文し、再びメニュー表を開く。デザート食べようかな。

 よし、今日はあんみつの気分だと表から顔を上げたとき、


「決まった?」

 見知らぬ女の子が、お向かいに座ってました。


 咄嗟にメニュー表で顔を隠し、え、いやいやいやいや、誰!? と激しく動揺する。

でも、一言目が「決まった?」だぞ? はじめましての挨拶もない。ってことは、知り合い? それとも、俺、ここから異世界転移とかしちゃう流れのアレ?


 もう一度、確認のためにと表からこっそり顔を覗かせる。


「決まった?」


 え、また同じ一言ですか。つーか、やっぱり幻という線はないわけですね、はい。本物だ。本物の人間で、本物の女の子。制服着てるとこから、異世界ファンタジーの呼び出しという感じでもなさそう。

 顔はちょっと可愛い部類かもしれない。俺の主観だけど。


 つーか、なんかあの子が来てる制服、見覚えがある。既視感というべきか?


「ねえ、まだ決まらないの?」

 ぐい、と顔を隠してたメニュー表が下げられた。

 あ。


「……決まった? 垣根総くん」


 肩に少しかかるくらいの、サラサラな黒髪。二重の丸い瞳。ふっくらつやつやのピンクの唇。左目の下の泣き黒子。

 ふふん、と自信に満ち溢れたキラキラな眼差しに、


「―――人違いです」


 と俺は強引にメニュー表を再び立てて顔を隠す。


 え、誰。マジで誰。なんで俺の名前知ってるのあの子。怖いんだけど。つーか、怖いんだけど。

「ちょっ、また隠れるの!? 警戒するのは分かるけど、そんな紙切れで隠れて現実逃避しても現状は何も解決しないよ!」

 え、それお前が言う? お前がいなくなれば、俺もこんなことせずに済むんだけど。

 ほら、勇気を持って顔出して! と応援される始末。本当、なにこれ。無視して帰りたい。今すぐ帰りたい。


 だけどさっきの女性ウエイトレスの人が来て、俺の『おろし竜田定食』を運んできてしまった。お腹が鳴る。空腹には耐えられない。

 俺はようやっとメニュー表をテーブルに置き、代わりに箸を手に取る。いただきます。


「え、食べるの?」

 今日のあんみつは断念しようとまずは味噌汁に口をつけると、目の前の少女が驚いた口調でそう言ってきた。

 食べるに決まってる。そのためにファミレスに来たんだ、俺は。


 とりあえず見知らぬ少女は無視しようと思ってたら、私もお腹空いてきちゃったじゃんと呼び出しブザーを押す。しかし、あれではちゃんと反応してないだろう。まあいいかとこれも無視。


「ねえ、かきくん」


 ごふっと味噌汁を吹き出す。くそ、気管支に入った!

 ごほごほ噎せていると、苦しむ俺の姿ににんまり笑みをつくった彼女は「かきくんかきくん」と連呼。突然の愛称呼びに動揺しながら、おしぼりで口周りを拭き、少女を睨む。その反応が嬉しいのか、彼女は「かきくん」を連呼。もはや何かの呪文か呪詛だ。どちらにせよ呪われてるのかもしれない、俺は。


「――――お前、誰」


 もうここまで反応してしまえば、無視は貫けまいと面倒くさそうにそう尋ねれば、

「はい、ここで質問です。あたしは誰でしょう!」とかほざいたので、やっぱり無視することにして今度はメインの竜田を頬張った。

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