第4話「薬子(くすりこ)」

 和室。座卓を挟んでおうなと向き合った。血縁か否か判然しない若い女性が、ガラス製の屠蘇器とそきを置いて一礼し、退出した。正月でなし、銚子の中身も屠蘇ではないのか、作法は無視していいようだ。果実酒らしき、とろみのある薄黄色の液体が盃に甘い香りを湛えている。

 媼は幾分しわがれつつも、婀娜あだな声と眼差しで、

「あたくしは娘の時分、薬子くすりこでございましたの」

 薬子とは身分の高い人のために毒味を務める未婚の少女だ。怖くなかったかと訊ねると、薬子は早くから素質を見抜かれ、世間とは隔離されて、言わば温室で純粋培養されるので、敵もおらず恐怖心も育たない……との答え。幸い命の危険に晒されることもなく、側仕そばづかえの医師と結婚し、引退したとか。

 老いた薬子は猫のようにチロッと舌を出して酒を舐めた。お飲みなさいと目顔で促されたが、少し黙って様子を見守りたいと思った。



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