面妖楼瞥見

深川夏眠

第1話「納戸」

「お納戸色を、ご存じでしょうか」

「はあ、緑がかった青ですね」

 江戸時代、庶民は贅沢を禁じられ、染色さえ制限されたため、同系色でも僅かな濃淡を区別して命名し、ヴァリエーションを増やして楽しんだという。

 納戸色なんどいろは大まかに言うと藍染の鈍い青だが、収納部屋である納戸の暗がりを表現した……など、由来には諸説ある、とか。

「わたくしどもの家では違いますの。戸を開けても、誰も青い闇を見た者がおりませんで。よその方は変にお思いでしょうけど、こんな色合いを〈お納戸色〉と、代々申しまして」

 夫人が手を添えて示した帯は緋色、甕いっぱいに血を満たせばこんな風に照り輝くかと思われる、艶のある深紅だった。


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