ともだち以上、こいびと未満

   白白明



前回までのあらすじ――ルピーにアイビーとの浮気(?)の証拠を押さえられました。リナリアにバレたらお終いです。

平穏だったはずの生活に不穏な空気が流れ始めていた。

「まいったわね……」

リナリアは床下の貯蔵庫を覗き込みながら、神妙な顔をしている。その背後で、アルバは隣にいるルピーの動向を気にしつつ「ど、どうしたんです?」と尋ねる。

「そろそろ食料が尽きそうなのよ……」

リビングには物々しい空気が漂っている。「資源も心もとないし」とリナリアは顔をしかめ、ルピーはアルバにじっと意味深な視線を注いでいる。胃が、痛くなってくる。

「そ、それじゃどうしましょう? また村へ遠征に向かいますか?」

「そうはいってもね、売り物を用意するのにも準備が必要なのよ。当面は周囲にあるものでまかないつつ準備を進めないと」

「じゃ、じゃあ役割分担が必要ですね……」ルピーに視線を送りつつ言う。「森に入れば少しくらいは食べ物になりそうなのが見つかりますよね? そういう方法で食料を確保することもできると思いますよ」

「そうね。あとはここの土地の一部を使って菜園をするって方法もあるし」

「菜園なら私の使い魔たちにもできるよ」突然、ルピーが手を挙げて発言する。唐突な横やりにリナリアは目を丸くする。どきりと心臓がなった。

「へぇ、あの畜生どもがねぇ」

感心するリナリアを尻目に、アルバはすでに緊張で肩が震えている。ルピーはというと悪い笑みで一瞥してきた。

「なら私は売り物を作る作業に取り掛かるわね。ルピーは使い魔どもを使役して菜園を進めるの。それでアルバは森に食べ物を――」

「使い魔に付きっ切りになる必要ないよ。私はアルちゃんと森に行く」

その口調は人が変わったように平坦だった。空気が張り詰めた気がする。

「な、なに勝手なこと言ってるの? 使い魔だけに任せられるわけないでしょ」

「できるよ! 人間の子供くらいには聞き分けがあるんだから!」

それって聞き分けあるのだろうか。

「それにリナリア? アルちゃんを一人で森に行かせる気? よく考えてみなよ。そっちの方が危険でしょ? 私が一緒なら用心棒にもなるしそのほうがいいと思うなー」

「前に別の魔女にボコボコにされてたくせに……あなたに用心棒なんて務まるわけないでしょっ」

私情に私情を煮詰めたような理由に、アルバも思わず苦笑いする。ルピーはむぅと口をとがらせるが、こちらに視線を寄こしてきた。嫌な予感がした。

「ねぇアルちゃん。アルちゃんもお姉ちゃんと一緒の方がいいよね? お姉ちゃんと行きたいよね」

ね? と同意を求めるその瞳を前に、息を飲む。

「お姉ちゃんって何……?」

リナリアがドン引きしている。


リナリアが起床する少し前――

アルバは頭を床にこすりつけて、ルピーに許しを乞うている。

「顔をあげなよ」カタギとは思えない低い声。「お姉ちゃん、謝ってなんて言ってないでしょう?」

声に普段のキャピキャピ感が全くなくて背筋が凍る。

「じゃ、じゃあ、お許しくださるので……?」

土下座の体勢から顔だけを上げ、アルバは蒼白なままに言うが、「許す?」という無慈悲な言葉が返ってくる。

「そもそも、お姉ちゃんに隠し事はダメだよ。めっ」指を揺らして、弟に言い聞かせるように言う。しかし眼光が、怖い。

「……でも、お師匠にだけは、ナイショにしてくれません? きっと、誰も幸せになれないから」

というか、なんで今こんな状態なんだっけ……。アイビーの髪の毛一本で、なんでこんなことになった……?

ルピーの怪訝な視線はさらに凄みを増し、夜叉の如き迫力すら漂わせはじめる。

「なんでそんなに必死に隠すの? こういうのは後で発覚する方がダメだと思う」

わかっている。わかっているが、説明しようがないのだ。この黒髪の持ち主を目の前に連れてきても、きっと二人は認識できない。しかも今あの少女とは大喧嘩の真っ最中なのだ。

「う、うまく説明できないけど、でも決して後ろめたいことがあるわけじゃないんだよ。ただうまく説明できないのは確かだから、お師匠に知られるといろいろとこじれてしまう気がするっ……いや、確実に!」

これには確信が持てる。

「お師匠を怒らすといろいろ面倒なんだよ。ルピーもわかるだろ? めんどくさいもんなぁあの人」はは、と笑い飛ばす。が、彼女は目に見えて機嫌を悪くしていく。臨界点を、さらに、超えていくように。なぜ――?

「お師匠お師匠って、さっきからそればっかりね」どうやら別の地雷を踏みぬいたらしい。

「なに? お姉ちゃんよりリナリアが大事? なんか悲しいな」

「そんなことないよ……?」

「うそつき」

小さな顔をぐっと近づけ、至近距離で睨まれる。アルバは目の前の視野が狭まっていくのを自覚した。終わったかもしれない。

「許してほしい? 二人だけの秘密にしてほしい?」流れが変わった。

「う、うん」

ルピーの口からポジティブな言葉が出てきて、アルバの目の前が明るくなる。

優しい、根は優しい子なのだ。恐怖に震えるアルバに気を使って、怒りを鎮めてくれる。今ならさっきのような殺気だった気配は鳴りを潜めている。そのわずかな光明に縋りつくしかない。

「条件次第では黙っててあげる」

「なんだっ? 僕にできることならなんでもするぞっ」

「今なんでもって言った?」ルピーが詰め寄る。

「ぼ、僕のできる範囲なら」慌てて付け足す。彼女は不満そうに顔をしかめるが、「最近、アルちゃん私に冷たいよね」間を置いて、一言。

「え?」首をかしげる。そんなつもりはまったくない。

「リナリアのことばっかりでお姉ちゃんには冷たい。私も同じじゃなきゃ嫌」

「そ、そんなことないと思うけど……」

「うそっ、絶対に冷たい! 贔屓してるもんね!」怒鳴られて、きゅっと縮こまる。

「冷たいよねぇ?」

「わ、わかんない」

「じゃあ無自覚なんだ? それはそれで傷つくなぁ、あまりのショックで口が軽くなっちゃいそう」やめてぇ!

「い、今僕の態度を振り返ったら僕という人間のいい加減さが浮き彫りになった! 僕はダメなヤツだ! 十も二十も見直さなきゃいけない!」

ルピーはアルバの答えに満足したのか、表情に笑みを湛える。

「じゃあお願いはあれかな。その見直さないといけないあたりを考慮して私とデート」

ルピーの言葉にきょとんとする。

「誰と、なんだって?」

「私とデートして」彼女は恥ずかしげに目を伏せている。

「……デートっていうのは、僕が知ってるデートと同じ意味?」念のため確認する。

「逢引って言ったら伝わるの?」

「決定的な一言ありがとう……」

「それじゃあ決まり? デートしてくれるの?」

「ま、まあそれぐらいならっ」

さっと考える。問題はない。とアルバは自分に言い聞かせた。

そんなイベントはリナリアともたびたびあった。きっとそこにルピーが加わるくらいだろう。浅い想像力で考えていると、

「ちなみに逢引ってのは二人きりだからね」とルピーはジト目で死刑宣告にも等しい言葉を投げつけてきた。

「……いやいや、無理でしょ」

あのリナリアが、そんなことを許すはずがない。廃城での一件から、リナリアはだいぶ神経質になっている。あの人の目から、そう何時間も逃れるはずなど――あ、そうだ。

「ルピーお姉ちゃん、そもそも逢引というのはですね」

「恋人同士で行くべきなんて言う気?」

言わんとしていた言葉がそのままルピーの口から語られ、絶句する。

「あ……そうそう、好きな人とかと……ね」

「じゃあ恋人になればいい? ならそういうお願いに変えてもいいけど?」

「でえと、是非ご一緒させていただきまーす!」


そんな数十分前のやり取りを思い出していた。

「僕としても森は一人よりも二人で行く方が助かりますね」

おあつらえ向きな墓穴は用意した。あとは埋まるだけだな、とどこか他人事のように思う。

「え?」リナリアは驚愕していた。

「そんなに遠くには行きませんよ。そう何度も拉致られる僕じゃありませんし」

「まったく説得力ないんだけど」リナリアの仰る通りだ。

「大丈夫ですよ」微塵も思っちゃいないが、「僕にはお師匠から受け継いだ強力な法陣がありますし、それに僕はお師匠の一番弟子! 自分の身ぐらい自分で守れなくちゃ弟子の名折れですよ! 信じてください!」

埋まる、埋まっていく。自ら掘った穴に埋まっていく。

リナリアは目を細めてアルバを睨んだが、「まあお前がそこまで言うなら……」と根負けしたのだった。

「やったぁ!」

ルピーは手を挙げて大喜びだった。ああ、これでようやく、この騒動も落ち着きそうだ。

安堵しつつリナリアに目を向けると、射殺すような眼光がこちらに注がれていた。


   嫌悪



晴れやかな青空の下、二人っきりの散策が予定通り始まっていた。

森に入る前、額に青筋を浮かばせていたリナリアの見送りには今思い出しても笑いを堪えきれない。その時のアルバの顔はかなり引き攣ってたけど、それを含めて楽しい気分だった。

今の自分は、ちゃんと二人の間に立っている。

「なんか機嫌いいね」

隣を歩くアルバに突然声をかけられ、はっとする。

「え?」

「あ……違った? 鼻歌なんて歌ってたし」

鼻歌、なんてしてたのか。戸惑いつつ、口元に指を走らせると、顔が自然とにやけている自分に気が付く。

「まあ、そんなに喜んでもらえるならよかった」

まんざらでもなさそうに、彼は笑っていた。

半ば強引に決まった逢引だ。てっきり、嫌々かもとも思っていた。それを含めて、ルピーはさっきまで楽しんでいたのに。

「い、行こう!」

アルバの手を引いて、前を歩く。握った手がひんやりする。自分の体温が高いからかもしれない。

「慌てなくても今更逃げないって……」

彼の笑い声が耳に入って、頭の中がわちゃっとして、握った彼の手を振り回した。恋人同士のデートというより、年の離れた妹とのじゃれあいみたいに。

「いや。お姉ちゃんだし……」

そこは譲れない。

というか、多分今、顔真っ赤だ。

それに気づいて、なぜだか少し、悔しくなる。


「前向きさは大事だ」

果実が実る木々がある森の一角にたどり着いたとき、怒ってないの、と尋ねた彼の返答だった。

「前向き……」

「せっかくだし僕もお前とのデートってやつを散策ついでに楽しむことにしたんだよ」とアルバは木に実った果実をもぎ取りながら言う。ふふんとさも年上風を吹かせるように。

「それ、鳥がついばんだ跡があるよ。虫がいっぱいついてる」

「げ……」

黒く変色した実の裏側を見てぎょっとするアルバ。ルピーはそれを見てクスクスと笑った。

彼は果実を地面に捨てて咳ばらいをする。

「それより知ってるかいルピー」

「なぁに?」

百年多く生きてる分色々知ってるよ。

「散策っていうのはさ、とにかく食べられそうなものを探すことだ。色々歩きまわってね」

「そうだね」

「手を繋いだままじゃ、なかなか厳しいと思わない?」

アルバは繋がれた手に目を落とす。

一瞬考えるそぶりをして、「別に思わないかなぁ」笑顔で答える。

「……そっかぁ」

「んふふ!」

ひし、と彼の腕に両手を絡ませる。困ったようなため息が耳に入ってくるが、振り払われることはない。

それが嬉しい。あの家じゃずっとリナリアにつきっきりの彼が、今は自分の手の中にいる。

邪魔者はいない。森の奥――幾重にも連なる樹木の向こう側、あのずっと先に二人で行きたいと言ったら、彼はどこまで一緒に行ってくれるかな。

ルピーは閃いて、彼の手を解放すると、目の前の道に駆け出す。

「ねぇ!」振り向いて、彼を呼ぶ。

「追いかけっこしよう! 鬼はアルバ!」

「え? ちょっと!?」

どこまで着いてきてくれるかな。

期待に胸を弾ませながら走った。後ろから自分を追う足音が聞こえてくる。

――

追いかけっこが始まってしばらく。振り返った時、アルバは立ち止まって、茂みの向こうを見ていた。

「アルちゃん?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る