第66話 ちょっとだけ。
そっと離すと、しっぽはさっとその姿を消してしまった。残念……。
そして、顔を抱え込むように座り込んでいたエルネストが、真っ赤になった顔を上げてこちらを見ていた。夕陽のような赤に近いその双眸にはじわりと涙を浮かべて。
「える……おはよう?」
「……おはよう。他に言う事は?」
私の顔をじっと見ながら、こちらへ向き直る。
エルネストの顔から赤みが引いていくと同時に…怒りのような悪巧みを企むような色が笑顔に混じり浮かんでくるのが見えて、不穏な空気が流れ始める。
「…ごめんなしゃい?」
「悪いと思ってないだろっ!こらっ!」
じりじりと後退し、背を向けて一気に逃げ出そうとしたところで、背後から抱きしめられる。
私の胸周りで交差された腕の先…その両手は私のわきの下にあり…くすぐられた。
もう、思いっきり!
脇腹とかわきの下が異常にくすぐったい!やめてえええ!
「あああっ、きゃー!ごめなしゃっ!ぎゃあああ」
「しっぽと耳がダメなのはっ!ものすごくっ!くすぐったいっ!か・ら・だっ!」
「ごめなしゃ…きゃあああああ…あ!?」
「あっ…こら待てっ!逃げるなっ!」
全力でくすぐり倒され、脱力して立っていられなくなったところで、下にずり落ちるようにして、するりとエルネストからの拘束から逃れられた。
あとは必死に逃げるのみ!そう思ってそのまま、ゼンの背後に回り込もうとしたところで足に何かを引っ掛けてしまい、ベッドの上を弾みながら転がった。
そうだ、一番端っこでユージアが寝てたんだった。
踏んでしまったのだろうかと、起き上がりながら振り返ると、緑色の頭がゼンの後ろ脚の付け根あたりに見えて…大体その辺りで何かに躓いて転んだって事はやっぱりユージアを蹴飛ばしちゃったのかなと、立ち上がろうとした足に、布が絡まっていた。
「ゆーじあ、ごめ……ぎゃあああああっ!」
「セシリア、どうしたの……?ユージアが、どうしたの?」
その転んだ原因と思われる布。ズボンでした。ついでにいうと下穿きつき。
私の悲鳴に、ゼンが毛布がわりにしてくれていたしっぽをふわりと上に持ち上げると、そこにはぶかぶかのドレスシャツに包まるように、自分の足を抱えるように丸くなって眠っているユージアが見えた。
そのドレスシャツは、ユージアが昨日着ていたものなのに、明らかにその身体には大きく見える。
シャツの丈も多分だけど膝下くらいの長さ……なんだけど、それが少し捲れ上がっていて。
ドレスシャツの裾から、ユージアにしては小さな足の先と、丸みを帯びたラインの肌が……みえてしまっていた。
というか、見ちゃった。
「ぎゃああああ!」
「「「あれっ?ユージア…?」」」
「なんっ……あー、セシリアはこっちにいてね」
私のくすぐりとは違う悲鳴に気づいたのか、様子を見に近づいてきたセグシュ兄様にくるりとその場でユージアに背を向けるように誘導され、無意識に握りしめていた下穿き入りのズボンも回収された。
……まぁ、悲鳴あげてる暇があったら、さっさと目を覆うなり、そうやって後ろ向いてあげなよって、今更ながら思うんだけど、セグシュ兄様に誘導されるまでガン見してしまっていた。ユージアごめん。
そして、今、私の視界にいるのは、2人の王子。
私の背後を不思議そうに見つめている。
……やっぱり、ユージアなんかおかしかったよね?
すごく幼くみえたんだけど。
そう思いつつだけど、さすがにこの状態で私が、ユージアの方を振り向いたら……ダメだよね。
うん、ダメだ。
……でも気になる。
「ユージア、起きろー。セシリアに全身観察されたくなかったら、起きろー」
「はぁ?……ん?……あれ。えっと……?」
笑いを噛み殺しながら、必死に平穏を装っているといった風の…微妙に震える声でユージアを起こしているセグシュ兄様……絶対笑ってるよね!?
それと、完全に寝ぼけて状況が読めていないユージア。……声が高くて、可愛らしいんですけど!
やっぱり、ユージアの姿が気になる。
「……無理しないで、そのサイズのモーニングコートを借りればいいんじゃないのか?」
「戻る、うん、大丈夫、戻す。ごめんごめん。ありがと~」
ゼンが気遣わしげにユージアに声をかけている。
衣擦れの音が聞こえるので、着替えてるんだろう。
さすがに覗き趣味はないので、後ろは振り向かないようにしながら、ベッドから降りて、着ていたワンピースのヨレを直す。
ハイネック気味になっているワンピースで、首には共布にレースがあしらわれたリボンタイがついていた。
寝ている時に外されたようで、サイドテーブルに綺麗にたたまれて置かれていた。
アスコットタイもいくつか置かれていたので、それぞれの……ってどれがどれなんだろうね?
渡してあげようかと思ったけど、よく覚えてないや。
「セシリア、おいで結ってあげるよ」
セグシュ兄様が、さっと私の前で膝をつくと、リボンタイを結んでくれた。
兄様はいつの間にかに、シャツの上にしっかりと上着を羽織っていた。
「常時それは、結構キツいんじゃないのか?」
「訓練も兼ねてるからさ……気を抜くと、あぁなっちゃうんだよなぁ…。でも、ま、セーフセーフ~」
そんな会話をしながら、ゼンとユージアがベッドから降りてくる。
振り向いたら、いつもの大型犬サイズの
ふっとゼンが笑うような音を出し、ぽつりと爆弾を落としていった。
「……少し、見えちゃったかもしれないけどな」
「……えっ!?」
……見えちゃってた、というか、見ちゃってたね…うん。ごめんね。
でも、多分セーフだよっ!前は見てないっ!……後ろは見ちゃったけど。
可愛いお尻でした。
体格的にはエルネストとか王子たちとそんなに変わらないように見えたから4歳前後くらいになってたんじゃないかなぁ。
そういえば、蒙古斑、無かったなぁ。
あ、あれって出ない人種もいるって聞いたことがあるけど、そっちなのかな?
そうこう考え込んでいるうちに、ドアがノックされて数人のメイドが入室してきた。
「皆さま、おはようございます。お食事の準備が整いましたので、お着替えして移動致しましょうね」
「セシリア様はこちらで」
聞き覚えのある声に名を呼ばれて振り向くと、そこには衝立てが準備されており、綺麗にまとめられたドレスをいくつか持ち、にこりと微笑んでいるセリカの姿があった。
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