第47話 怖かった。




「…うっ…ああああああああああああ!!」


「…え?」



 ぼんやりと開き始めた瞳が、視界にセシリアわたしを捉えた瞬間、一気に焦点が合うのがわかり、悲痛な叫びとも悲鳴ともとれる声を発し、自身を抱えるように支えてくれていた母様を強く突き飛ばした。

 そして、私の腕を掴むと自身の胸に引き寄せ、片手で抱き上げ、そのまま、ふらつきながら立ち上がると、ドアへ向かい歩き始める。



「──ここにいちゃダメだ…殺されてしまうよ。…逃げるんだ…」


「だ、だいじょ…ぶ、だよ、たしゅけにきたのよ」



 振り落とされないようにと、無意識に掴まるために首に回した手で、落ち着かせようとぽんぽんと肩口を叩いて話しかけてるのだけど、私の声には反応がない。

 ……錯乱、しているのだろうか?そういえばユージアも、治療直後に暴れたような。あの時みたいに、吹っ飛ばされるよりはマシなのかもしれないけど。



「ダメだよ、逃げて…」


「もう、こわくないよ。にげなくて、いいのよ」



 がっちと抱え込まれてしまった私には、言い聞かせるように肩口をぽんぽん叩くしかできることはないし、でも、このままドアの向こうに出ても、さっき私達がいた部屋で魔術師団と治療中のユージアやエルネストもいるし、とりあえずは私自身への危険はないと思うのだけど…。



「頑張ったね~。もう大丈夫だから、おやすみ」


「あぁ…ユージアか…頼む」



 ドアに差し掛かったところで、ユージアの声が聞こえた。

 がっちり抱え込まれていた体勢から、誰かに差し出されるような体勢で持ち上げられると、そのまま高度が沈み始める。

 体から離されたのでその顔を見上げてみると、まだあどけなさの少し残る端正な顔立ちの、しかし、ずっと気になっていたその瞳は既に気を失ったのか、力なく閉じられていた。



(あ…墜落するっ…!)


「もちろん…っと!セシリアも頑張ったね~っておおお!」


「おい、だから無理すんなって」



 持ち上げられた状態のまま、一緒に転倒かとヒヤリとしていたら、お腹にユージアの手がまわされ、抱きしめ…じゃないなこれは、またもや小脇に抱えられて、もう片側の腕で倒れ込んだ少年を支えて…流石に重量オーバーだったようで、たたらを踏みかけたところを側にいた魔術師団の団員さんに支えられる。


 私をここまで逃がそうと頑張ってくれた少年に異常は無く、疲労での失神だったようで、一先ずは安定したということで治療院へ運び出されて行くこととなった。



(早く元気になってね……お礼とお見舞い絶対に行くからね)



 自分の体力がほぼ限界のという極限の状態にあってそれでも小さな子を守ろうと頑張ったのは凄いことだと思うんだ。

 タイミング的に、無駄な行動に見えたとしても、それすら気づかないほどに必死に、逃がそう、助けよう、と動いたのだと思うと、ここが雛と呼ばれた彼らにとって、どれだけの地獄だったのだろうかと親心としては、この子たちの笑顔を守れなかった悔しさで涙が出てくる。



「ありがとう?」


「守るって、約束したでしょう?…それにしても、セシリアってば目を離した途端にさらわれちゃうのね~」



 ユージアのちょっと呆れた笑い。だけど、さっきよりはずっと柔らかい優しい声になっていた。



「応急処置はしてもらえたけどね、一応、治療院でも診てもらったほうがいいって言われてね、順番待ちだなぁ~」



 小脇に抱かれた状態で顔を上げると、先ほど強く突き飛ばされていた母様は、私の無事を確認したのか、ユージアに向かって手を振ると、そのまま治療院の人たちと、残りの2人の治療へと向かっていった。



「エルネスト君は先に治療院へ行ったし、レイも魔術師団の、えーと青い髪の人がいたの、覚えてる?あのえらい綺麗な人と一緒に先に帰っちゃったから、ちょっとここで休憩しよう~」


「はぁい…」



 エルとユージアはそういえば初対面だったけど、名前…あ!レイの言ってたとおり、かなり早くから近くに戻って、護衛してくれてたのかな?

 レイは…青い髪の人って、この国の守護龍のアナステシアスさんですよね!?そういえばレイは、どこの子だったんだろうなぁ…2人とも、また会えるといいなぁ。

 そう思うとまた、視界がぐにゃりと歪み始める。



「……また泣きそうになってるね?」


「ありがとう、いえなかったの。れいも、えるにも。ひとりはすごく、こわかった…から、いっしょにいてくれて、ありがとうって…」



 ユージアはドアから少し離れた、布を沢山折り重ねて置かれている部分の壁に寄りかかりながら脚を投げ出して座り、私を膝の上へ座らせ後ろから抱きしめるように、抱え込む。



「セシリアは優しいんだね。じゃあ、僕からも…ありがとうね」



 頭をぽんぽんされる。

 正直、何にありがとうなのか、わからずにきょとんとしていると、いつもの少しおどけた声より、穏やかに話を続けていく。



「あの子を…助けてくれてありがとう。セシリアが助けてくれたんだよね」


「おかしゃまだよ?」


「……じゃあ、そういうことにしておいてあげる。でも、本当にありがとう」



 きゅっと気持ちだけ抱きしめてる力が強くなる。



「あそこまで酷くなってしまうと、今までは治癒の手をヒールを受けても、もう、死を待つだけだったから」



「今までは」ということは、何度もあの状態になった子達を目にしていたし、死のお迎えが来てしまった子達を、何度も見送ったという事だよね。

 ユージアだけ違う『服従の首輪』だったし、彼らとは体質的に違う何かがあったのかもしれない。

 それでも助ける術もなく、人の命が失われることを何度も目の当たりにしてしまうのは、とても悲しい事だよ…



「あ~!ほら、泣かないの。でも、怖かったよね、ごめん、ごめん」



 もっと早く、みんなを助けられる機会があれば、今の子達だって被害に遭わなかったかもしれない、ユージアもセグシュ兄様も大怪我を、私も攫われなかったかもしれない。

 もっともっと早く…。


 できない事ねだりだけど、本当に、もっと早く…そう思うと、我慢しようにも涙は次から次へと溢れてしまった。




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