第30話 転がる。
「ったああああーっ!痛え!…怪我ないか?どこが痛い?」
「セシリア、大丈夫かい?…みんなは、衝撃にびっくりしただけみたいだね」
自分の痛みもあるだろうに、悲鳴のように泣きじゃくる子供たちを抱え込み、背中をポンポンと叩いて慰める。安心させる。
咄嗟に、小さな子たちを優先的にかばう。さすがお兄ちゃん達。
……前世の同じ年頃のうちの子たちだったら、こういう対応は無理だったろうなぁ。多分、一緒にパニックになって泣いていると思う。
そう思うと、親心として言えば、ものすごく切ない。
小さな子たちといっても、お兄ちゃん達とそんなに体格は変わらないから。
そんな子たちに無意識にこんなにも優しい気配りや行動ができる子である、レイやエルネストはすばらしいと思う。子供たちにもとてもありがたい存在だとは、思う。
(でもね、そうやって守らなければいけないと言う状況に置かれている、レイやエルネストを守ってくれるのは誰になるんだろうね)
そう考えに至ると、途端に視界が歪み始める。やばいやばい、今は泣いてる場合じゃないから!
焦って、顔を上げるとレイと目があって、安心させるかのようににこりと笑われる。
いや、待ってね?今そんな顔されたら、余計泣いちゃうから、待ってね?何とか落ち着かせるから!
「セシリアも大丈夫だから…ね?…落ち着いて、大丈夫大丈夫…」
「うううぅぅ…」
うん、ごめん。大丈夫じゃないです。
レイは私を抱き寄せると、背中をポンポンと優しく叩きながら、なだめてくれている。
それが余計に、私の涙を誘うようで涙腺が大決壊を起してしまった。
(怖いんじゃないんだよ。大丈夫だから。あぁ余計なこと考えるんじゃなかった。レイごめんね)
でも不意に浮かんでしまう思考だからしょうがないよね。背中ポンポンと、抱きしめられてのぬくもり、聞こえる心音に落ち着いてきたのか、涙が止まり始める。
「……エルネスト、案外、僕たちはバカでよかったのかもしれないよ。この商隊、盗賊の襲撃を受けてるみたいだ」
「はぁ?良いわけがないだろうが!」
「よかったんだよ。僕とセシリアの2人で王都へ向けて歩いてたらどうなると思う?。少なくともここは、直接襲撃を受けるよりは、安全だよ」
「護衛が負けたらどうすんだよ…」
「んー、そうだなぁ、僕たちの将来が、非合法な奴隷から盗賊に変わるだけなんじゃない?むしろ解放された方が幸せな気がするよ」
「どっちもごめんだな」
……私もどちらも全力で御免こうむりたい。
レイは、優しげな声で話を続ける。
「……少なくとも、奴隷商よりは逃げ出す隙があると思うんだ。しかし、かなり王都に近づいてるはずなのに、盗賊が出るんだね」
「春だからなぁ。雪解けを待っての行商達で街道が一気に賑わうから、それを狙ったんじゃないのかな」
「なるほどね。僕たちが野営してた時に一緒にいた商隊がこの非合法奴隷商だったのなら、かなりの規模だったから、盗賊としてはいいカモなのかもしれないね」
「かなりの荷馬車を引いてたし…」レイの会話の途中で、また激しく揺れた。
子供たちの悲鳴が上がる。
何かが強く、この荷馬車に当たったような衝撃だった。
「勝敗がついたようだけど…どうやらさらにトラブルが近づいてきてるみたいだよ?」
「……なんだよそれ」
相変わらず私は、抱きしめられたまま背中をポンポンされている。
どうやら勝利の女神は盗賊に微笑んだようで、先ほどまで聞こえていた冒険者と思われる男達のうめき声と、盗賊と交渉しているのか、商人のうわずった声が聞こえてくる。
そして、レイの言う「近づいてくるトラブル」というのは多分、遠くから徐々に聞こえてくる轟音……馬?大量の馬に乗った…人?
「盗賊討伐依頼の冒険者にしては音が大きいな、これは大人数で部隊…多分衛兵…じゃないな、騎士団かな?」
「騎士団…て、そんなに頻繁に街道にいるものなのか?」
みんなで外の音に聞き耳を立てる。…まぁ、小さな子供たちに関しては、恐怖で声が出てないだけだと思うのだけど。
『……念のため私が王都まで同行しよう』
『皆はこのまま、予定通りのルートで巡回を続けろ』
『雇った護衛がこの通りでして…助かります」
どうやら、騎士団?の護衛付きでこのまま王都へ向かうらしい。
ある意味、安心?
結構な量の馬の足音と、人の気配が遠ざかるのとともに、私たちの乗せられた荷馬車も移動再開したのか、ガタゴトと揺れが始まる。
ただ、先ほどまでの移動の揺れとちょっと違って、少し激しい。
きっと、騎士団の護衛もあるし、負傷した冒険者の治療もあるしで、徒歩移動を諦めて全員が馬での移動に切り替えたのだろう。
荷物や隊列が多い場合は、馬が必要以上に疲れるのは避けたいところなんだけどね。
「……さて、このまま王都まで、無事に護送されちゃうみたいなんだけど。どうしようね?」
「どうしようね?じゃねぇよっ!」
相変わらずレイとエルネストは仲が良いな。
でも、本当に、どうしようね?
(そういえば、町や村に入る時に、衛兵は荷物の確認とかはしないんだろうか?するよね?きっと)
「ここの声が外に届けばいいんだけどね」
「あぁレイ、それは無理だ。それと、この荷馬車を衛兵は確認しない。今までずっと確認されなかった」
(顔パス?フリーパスですか?普通は確認するんじゃないの?)
「だからエルネストが…今までの街で気づかれなかったのか」
「エルで良いよ。他の荷馬車と荷台は確認していくんだけどな、ここだけは絶対に見ない」
「うーん、王都なら流石に確認すると思うよ?あ、セシリア、また揺れるだろうし、そのままでいいから…」
随分落ち着いてきたし、抱かれて顔をレイの胸に押し付けるような状態だったので、起き上がろうと私に気づいたのか、頭を抑えられて動きを封じられる。さらに追撃のように背中ポンポンを再開される。
(そろそろ離してくださいな。ずっとくっついたままだったから、ホカホカしてきて、本当は緊張していなくちゃいけないのに、すごく眠く…。しかも背中ポンポンしないで!このままだと本当に……寝ちゃうよ?)
何とか起き上がろうともぞもぞと頑張ってみたけれど、抵抗むなしく、しっかりと頭を固定されてしまったので、諦める。
でも、寝ちゃうよ?
「レイの妹は、おとなしいな」
「とても大切な子なんだ」
……大切ですって!
うわぁ、これ、もっと大きくなってから聞きたいですよ。ていうか、聞かせてください。
今の状態だとショタなんて…うん、一応私の性癖には無いはず…無いはずだからね?
あ、そもそも相手の私が……中身はともかく外見が
時代は違えど、
まぁ、
あの頃は、研究が全てで女を捨てていたというか、女であったのかどうかですら怪しい生活をしていたからなぁ。
案外、公爵令嬢って、目や耳…感覚の保養としては楽しいのかもしれない……。
「おい、レイ、それ寝てるだろ…」
「あはは、セシリアは本当によく寝る子だね。まぁ、王都に着いたら起こすさ」
──そして、私は眠りに落ちた。この非常時に。
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