side ユージア

第31話 ハズレ。



「ガレット公爵家の末娘を攫ってこい」と言われて、今回もその通りにした。


 主人あるじが望む通りに、攫ってきた。


 主人あるじが動けないなら、動ける俺がサポートをするのが当たり前。

 主人あるじが悦ぶなら、何だってする。

 主人あるじが幸せなら、俺は幸せだ。


 ──そう、どんなことだって。それが俺の存在理由だから。


 こんな生活がずっと続いていくのだと思ってた。



 俺はずっと教会の手伝いをしてる。本当にずっと。いつからだったか、もう覚えていない。

 少なくとも主人あるじが何度か代替わりをする程度には、ずっと、いる。

 短命な主人あるじが多かったけどね。


 俺の暮らしていた村が襲われて、気づいたらこの教会にいた。

 その時に、偶然だが鏡に映った俺は、俺じゃなくなっていた。


 いつの間に変わったのかわからないけど、文字通り、ずっと見てきた外見ではなくなっていた。

 瞳の色や髪の色、肌の色は変わらなかったけど、酷く違和感があった。部分部分で形がおかしい。

 生まれてからずっと見てきた、見慣れた自分ものではなくなっていた。


 俺の姿を見た、村の襲撃者の何人かは、俺を「ハズレ」だと言って殴り飛ばした。


 ……昔のことは、それくらいしか、覚えていない。





 ******





『お前はもう要らない。命令だ、自らの命を断て!消えろ!』



 そういう言葉を主人あるじから聞いた途端に、周囲にいた主人あるじの護衛専門の暗部に斬りつけられた。

 首から肩にかけて、猛烈な痛みと熱さを感じた後、そのまま倒れこむと同時に、頭に声が響いた。



『契約終了』



 意識が遠のいていく中、見えていたのは、首に真っ直ぐに振り下ろされる剣と、それに重なるようにして、とても美しい女性が見えた。

 こちらを見て…泣いていた。



『クソっ!いきなり切れなくなった!』

『こっちもだ!刃が弾かれる!』


『まぁ良い。そのうち死ぬだろう。……永く仕えた褒美だ。少しだけ時間をやろう』



 そんな声が聞こえていた。



(何か大きな失敗をしたのかな?いつも通り、指示の通りに、動けたはずなんだけど?)





 ******





 ──次に意識を取り戻した時には、地下の監獄にいた。

 今まで、主人あるじの為に何人も葬ってきた場所だ。


 ここは限られた人間しか「絶対に」立ち入れないから、本当に使いやすい場所だった。

 ……まさか自分まで葬られるとは、思わなかったけど。


 体は動かない。自分が生きてるかどうかもわからないほど、感覚も…痛覚すら何も感じない。

 ただ、わかるのはひどく寒い、という事。

 そして、相変わらず目の前では、とても美しい女性が何かを俺に語りかけながら、泣いている、という事。



「ごめんね。君の声が…聞こえないんだ。何を言ってるのかわからないけれど、泣かないで?」



 それでも、泣きながら何かを一生懸命伝えようとしている。

 ずっと昔に、見たことがある気がする女性なんだけど、どうしても思い出せない。



 それと……もう一つ。誰もいないはずの監獄の奥から、楽しげな子供の声が聞こえてくるという事。



「え、ちょっと!たべちゃだめよ?おなかこわすよ!」

「美味しいよ?」


「えー…。きんぞくをたべる、ねことか、ないわ…」

「これは美味しいやつだから良いの!」


(うん、金属を食べる猫とか、ない!…ついでに言えばしゃべる猫もないよ!)



 片方の声は、聞き覚えがある。昨日の夜に攫ってきた、公爵家の末娘だ。

 もう片方は知らない。…猫。…しゃべる猫。…金属を食べる猫。…記憶にない。



「あれ~…公爵家の嬢さんだ~!…もう捨てられちゃったの?」



 取り敢えず、声をかけてみる。

 俺の声に、飛び上がらんばかりに驚いた様子が、気配で伝わってくる。


 ……そういえば、小さくて可愛いかったんだよな。

 あの小さい「幼児」という生き物に触れたのは、随分久しぶりだった気がする。



「ぎゅうう!」

「あなたは、だあれ?」



 公爵家の末娘と一緒にいたのは…大きな猫。ありえない位大きな猫。



「びゃ!ぁ…セシリア、行こう。そいつらは君の兄さんを襲ったやつだ」

「おそっ…たの?」



 そして、喋る…猫!



「そうだねぇ、命令だから…襲わないと僕が殺されちゃうからねぇ…ま、依頼通り嬢さんの誘拐は完遂したのに、このとおり…処分になってるわけなんだけど…さ…」


「セシリア、こいつらに君の兄さんは襲われて、君は攫われたんだ!」



 ……猫、じゃないな。これは多分、公爵家へ襲撃したときに、一番最初に対峙したヤツだ。

 交戦中に、厄介なヤツだったけど、いきなり沈み込むように姿を消した、白い毛球のような霊獣だったはずだ。



「しょぶん?しょぶんだと、ここにくるの?」

「そうねぇ…ここは、要らないものを入れておく場所…かな」


「いらないの?」

「うん…要らないみたい、切っても死ななかったから、ここに棄てられ…た」



 ひさびさに、まともな会話をした気がする。

 その相手が、僕が襲撃を仕掛けた最後の仕事の被害者とは皮肉なものだけど。



(ここはひどく寒くて1人は寂しい、罵倒でも良いや、もう少しだけでも良いから、会話がしたい…)


「じゃあ、わたしがひろってあげる。たてる?」

「……筋を切られてる。腕も…動かないからねぇ…無理かも、あはは」



 警戒心がないのか、無知なのか、単なるモノ好きか。

 まぁ幼児だし、無知なんだろうな。

 襲撃者を、自分の兄を襲った相手を…気にかけるとか。普通はしないだろうに。


 それとまぁ、立てるかと聞かれたら、立てない。

 すでに視界が、ほとんどない。

 目を開けているのに、視界は黒と緑の暗い靄が渦巻いてるようになって、何も見えない。



「このひばな、なんだろ…」

「それは、精霊だよ。そいつを助けて欲しいって、必死になってるけど…僕は嫌だからね。その精霊だってもう実体化する力すら残ってないし…」



 猫が言うにはあの美しい女性は、精霊というものらしい…


 精霊……あの女性は精霊…。

 そうだ、ずっと昔に彼女と契約したかもしれない。

 昔住んでいた村が襲われて、教会に来てから今まで、ずっと姿を見たことはなかったのに。

 汚れ仕事ばかりしていたから、愛想尽かされてたのかな?それとも……。


 ──あぁそうだ、封じられたんだった。…最初の主人あるじに、この首輪に、封じられたんだ。全てを忘れろと、言われたんだった。



「しょれはダメ。ゼン、ここのカギも、おねがい」

「えー!」



 本当に助けるつもりなんだろうか?

 まぁ、いまさら、もう、手遅れだと思うんだけどね。



「あぁ…ここは魔法やスキルは無力化されてしまうから…あ…でももし、本当に開けれるなら…この首輪も壊して、欲しい…なぁ…」



 無駄に冴えてくる意識とは裏腹に、身体はひどく怠く、重く、口を動かすことすら億劫になってきた。

 しっかりと喋ってるつもりなのに、呂律が回っていない気がする。

 音も随分遠くて…自分の声すら聞き取るのが難しくなってきた。



「ついでだから、首輪も外してやる。その精霊を解放してやれ」

「……そりゃ、あり…い…」


「かいほう?」

「…そい…は…ぁ…」



 とても眠い。そろそろ限界かなぁ。


 今まで「助けて」という言葉をたくさん聞いてきて、そのどれも助けてこなかった俺だから。いまさら「助けて」なんて言える立場じゃないし。

 助けてくれるとも思ってない。



「ゼン、たしゅけたいの、くびわはずして!」

「セシリア、この首輪は『隷属の首輪』というマジックアイテムだ。これを外すと、受けていた命令を反故にできて…本心のままに動けるようになる。命令されていたとはいえ君の家族を躊躇ためらいもなく害するような危険人物を、僕は助けたくない」



 うん、猫の言うとおり、助けなくて良いよ。

 原因は首輪だろうが何だろうが、自分がやった事への、今までの報いを受けてるだけだから。

 そう反応したいのに、もう、身体のどこも動かせない。



「……まぁ、首輪は外してやるけどさ」



 この呟き以降は、音すら拾えなくなって、無駄に冴えた意識だけが残った。

 感覚はとうの昔に無くなっていたと思うのだけど、腹や肩に柔らかくて温かいものが触れているような気がする。

 時折、ぽたぽたと、何か温かいものが落ちてきている。


 なんだろう?よくわからないし、もう、どうでもいいけど……。



 ──あぁ、でも最期は1人じゃなくて良かった。



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