第18話 鳥籠の中で。
「聖女様、失礼いたします。お時間でございますので、移動いたしましょう」
ドアが開き、聖職者のローブを纏った女性が2人、入ってきた。
1人は深く礼をして、食事を下げて出て行った。
もう1人は、金糸の刺繍のローブで…朝食を運んできた、朝も見た女性だった。
「──あなたは、だぁれ?」
「本日より聖女様のお世話を致します、フィアと申します」
「ふぃあ?」
「はい、フィアとお呼びください」
にこり、と営業スマイルのような笑顔を浮かべる。
……ていうか、これは営業スマイルだよなぁ。
子供に向ける「自然と出てくる笑顔」じゃないもん。これは子供は苦手なのか、泣かれるのが面倒だと思ってる人だと思う。
でもね、幼児のお仕事は、食う寝る遊ぶに、泣く。なのですよ?
今にも泣きそうに上目使いで、訴えてみる。
「ママに、あいたいの、ごあいさつ、したいの。いつもしてるの」
「大聖女様も忙しい方ですが…聖女様のお勉強が進めばすぐにお会いになれますよ」
「いま、あいたいの」
「それは、できかねます。魔力の使い方もわからないままでは、大聖女様も困ってしまわれますよ?」
あ、ダメだコレ。
ヤルヤル詐欺ですねぇ…「あとでお菓子あげるから!」とか、なんとか言っちゃって、ご褒美をチラつかせた挙句に上手く言いくるめて、頑張っても「もっともっと!」とかさらに煽られて、結局はご褒美はもらえないやつ!
フィアは困ったような、少し怯えているような顔でドアにちらちらと視線を送っている。
さっさと私を連れ出して、次の予定に移りたいんだろうね。
……させないけど。
「さ、さぁ、時間も迫っておりますので、教室へ急ぎましょう。もしかしたら大聖女様に会えるかもしれませ『やだあああ!ママとごあいさつしてからじゃないと、イヤあああっ!』」
「聖女さ…まっ!」
私の急な泣き声に、ビクッとフィアが立ち竦むのが見えたので、そのまま勢いよくドンと突き飛ばし、ドアの外へ追い出せたので、必死にドアの
──やっぱり
「聖女様!ここをお開けください!」
「ママがいないとイヤあぁぁぁうわぁぁん!」
フィアがドアをドンドンと叩いているので、頑張って泣き真似と叫び声をあげる。
泣き真似のつもりなんだけど…自然と涙がポロポロとこぼれてしまう。
日本であれば3歳児なんて、幼稚園入園したばっかりの甘えたい盛りだもん。そんな幼子を、無理やり親から引き剥がすとか、言語道断ですよ?
もっと小さな頃から、親の都合で保育園に通う子だっているけど、それでも親が頑張ってるのを知ってるからこそ、小さいながらも保育園で頑張ってるんだよ?
そう思いはじめたら…余計に涙が止まらなくなって、泣き真似のつもりが本当に、わんわんと泣いてしまった。
……転生していく上でいつも思うのは、感情に関しての身体と精神年齢とのギャップが難しい。
感情はどうしても年齢に引っ張られる事が多くて、普段ならどうでもいいことに号泣してしまったり、派手に赤面してしまったりする。
これはどうやら、転生を繰り返す上での精神衛生上で、大事な役割を果たすようで…どうしても制御が出来ない。ま、成人してしまえばギャップもほとんどないみたいで、困る事はないんだけどね。
「ま、ままぁ…まま、どこ…っひ…く」
「聖女様!お開けください!聖女様!…」
泣いてしまったのはしょうがないから、少し大袈裟にセリフを吐きつつ、そろりとドアから離れて窓に向かう。
フィアには子供らしさ、という洗礼ついでで悪いんだけど、やっぱりこれは救難信号を送らないとまずいと思い至って、眼下に広がる景色を見渡す。
ドアは内側からしっかり
この窓からは王城がかなり近く見えていて、その周辺を囲うように貴族街がある。それをさらに囲うように城下町があって…と王城を中心に造られ、そこから離れるほど、大きな建物が減っていく。
(魔法を使って王城へ投石でもできないかしら?)
魔法で王城へ投石などしたら、とんでもない不届きものになるだろう。国の防衛という意味でもメンツにも関わるから、血眼になって犯人を捜すに違いない。
事件や事故が起きた時に、昔は鑑定の魔法が重宝されていた。魔力持ちの減少というのはあっても技術は残ってると思いたい。
……鑑定の魔法が使えるなら、石に残った魔法の波動を追って不届きものを捕まえに来るかもしれない。
(これはコッソリやるより、目立つように投石したほうがいいかなぁ)
王城へ投石があった、同日同時刻に教会の窓が割れたとか…怪しく見えるよね?むしろ、怪しさ抜群だよね?きっと…。
(教会の物を投げ込んだら、さらに証拠になるかな?)
そう思って辺りを見回す。……ちょうどいい大きさで教会だとわかるような物…無いな!
よく飛びそうな物、と見ると食事を運ぶ時のお盆、あ、トレー?トレイって言うんだっけ?
銀のトレイ、これがよく飛びそう。
(
残念ながら、書けるものがない。…書く時間もあまり無さそうだ。
気づけばフィアがドアを叩く音が、消えていた。上の者へ報告にでも行ったのだろう、そうなるとドア自体を壊すなり、救援という名目の名の下に無理矢理にでも私を部屋から出すに違いない。
『かぜのせいれいしゃん、おてつだい、おねがいできましゅか?』
声に魔力を込めて囁く。精霊が近くにいれば…まぁ気に入ってくれたらだけど、反応してくれる。
この国の守護龍は風龍のようだったから、比較的、風とは相性が良いはずなんだ。
精霊に手を貸してもらえれば、少ない魔力で大きな効果が期待できる。
……期待できるんだけど、精霊からの反応は無かった。悲しい。
結果にしょんぼりしつつ、自力で食器トレイを飛ばすイメージを展開させる。
平らな形状をしているから、回転をつけて真横に飛ばせば、自然と滞空時間を稼げそうだ。
あとは、ちゃんと魔法が使えるかどうかだ。
『かぜ、かぜ、ふいてふいて』
魔力を込めて歌うように囁く。風の精霊は楽しいことが大好きだから、楽しく歌うように──。
セシリアの幼児独特の弾む声に呼応するかのように、締め切った部屋に風が舞い始める。
『かぜ、かぜ、もっと、もっと!いっぱいふいて、まどをわって、おしろにとびこめー』
どん!という地響きとともに、部屋が激しく揺れた。
(あ、やば…!)
激しい揺れとともに、窓に向かっていく制御できないほどの強い風圧の煽りを受けて、セシリアの身体が浮き、ドアの位置まで吹き飛ばされた。
(あー、魔力切れ?脳震盪かしら…意識が…)
セシリアはドアに寄りかかるようにして、身動きのできないままに、激しく揺れる部屋と共に揺られ続けた。
やけに明るいな、と思った。どうやら意識を失う時は、視界が黒く消えていくか、白く消えていくんだなぁ…と、どうでも良いことを考えながら。
『やっと…見つけた』
……完全に意識が途絶える前に、声を聞いた気がした。
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