第19話 side シュトレイユ王子。

 


「おはようございます。母さま」



 今日は、城が慌ただしい。


 いつもなら父さまと母さま、レオンハルト兄さま…と、父さまは仕事しながらになる事はあっても全員での食卓になるのに。


 僕はシュトレイユ・メアリローサ。


 先日、王城で魔力測定会があって、ちょっと面白い子がいたらしい、というお話をレオンハルト兄さまから聞いた。


 せっかく王城でやってたのだから僕も見たかったのに「けいびのかんけいじょう」ダメなんだって、つれていってもらえなかった。

 でも、文字のおべんきょうは飽きちゃったし、コッソリ抜け出して、空中庭園にある、春の宮で精霊と遊んでたんだ。


 空中庭園から魔力測定会の会場を覗き込んでたよ。

 子供たちがいっぱい集まってて楽しそうで…僕も行きたかったな。



「……人にたかられてロクなもんじゃないぞ」と、レオンハルト兄さまは感想を漏らしていたけど、それでも行ってみたかった。


 会場になってる部屋から、淡い水色のドレスを着た女の子が出てきたら、精霊たちが彼女に興味を持ったのか、騒ぎ出して…春の宮から消えてしまうし。

 同時に魔力測定の会場と、龍の離宮からも何か騒ぎが起こったようで、ものすごく気になったんだけどね。


 僕も…そろそろ部屋を抜け出したのがバレそうだったから、怒られる前に急いで部屋に戻ってしまったんだ。

 でも、庭園にいた、あの子とだったらお話ししてみたかったな。


 いつもいつもが、代わり映えのしない日々だから、あの日は僕にとって、とても変化に富んだ、とても興味深い、習ったばかりの言葉ばっかりだけど、そうやって表現の出来る、わくわくの日だったんだ。


 魔力測定会のあった日の出来事を思い返しながら、食事を進めていると、耳に慌ただしいいくつかの足音を拾い、ドアへ顔を向けると、父さまと宰相が入ってきたところだった。



「ソフィア、レオン、レイ、おはよう。遅くなってすまないな」


「あなた、おはようございます」



 この国の宰相は3人いる。その1人の宰相の顔色が悪い。



「食事中なのにすまないな、昨日の夜中に公爵家が襲撃に遭って、令嬢が攫われてしまった。その対応でしばらく王城の警備も強化することになった」


「まぁ!その令嬢はご無事ですの?」



「……今のところは、な。それと、襲撃にいち早く気づき、応戦した子息も重傷を負ってるとの事だ」



 ──公爵令嬢。

 今の公爵家にいる令嬢は僕の従姉妹にあたる子しかいない。

 つまり、遠いながらも王位継承権のある令嬢、ということになる。


 そして、現在この王国に存在する全ての公爵家は、当主が宰相をしている。つまりあの顔色が悪い宰相の家が襲撃され、娘が攫われた、という事だろう。



「レイ、龍の離宮へアルフレド宰相の案内を頼む。攫われた令嬢は彼の娘で、今日は龍と約束があったそうだ」


「……はい」



「…セシリア嬢、ですか。…どうしてっ」



 母さまが顔を覆い、俯いてしまった。僕は従姉妹達と会ったことがないから、どんな子なのか知らないけど。

 ……今、セシリアが怖い思いをしていないと良いな、と思った。


 レオン兄さまと目が合い「知っている子だ」と言うように頷いていた。



「レイ。セシリア嬢は、大聖女のクロウディア様の娘だよ。そして怪我したのはセグシュ兄さんだ」


「そうだ。クロウディアが治癒の手で治療はしているが、まだ意識が戻らない」



 レオン兄さまの不安そうな声に続き、父さまも辛そうな面持ちで、説明を始める。


 大聖女クロウディアはこの国の王様の妹だ。つまり僕の父さまの妹。

 僕の母さまの学生時代からの親友なのだ、と、よく母さまの学生時代のお話にでてくる。


 セグシュ兄さんは、学園卒業後は騎士団所属になるからと、学園の実習で騎士団の演習や警備の体験に来ていた。

 そのご縁でレオン兄さまはセグシュ兄さんと仲良くなっていたらしい。

 ……僕は、公の場に出ることはまだないから、ちょっと羨ましい。



「それでだ、公爵家の修繕が終わるまで、セグシュ君を城で治療することにしたから、レオン、看病の手伝いを頼む」


「…っはい!」



 ……今日は本当に慌ただしい。


 ちょうど食後のお茶も終わったし、父さまの指示もひと段落ついたようなので、僕も行動を開始する。



「アルフレドさま、今から龍の離宮へあんないします」


「シュトレイユ王子、よろしくお願いします!」



 離宮はいくつかあって、龍の離宮はその中でも一番大きく、そして広い。

 王城内の王宮、つまり王家の人間しか使えない部屋から、直接に通路や部屋が繋がっていたりしていて、王家とかなり関わりの深い宮ではあるのだけれど、王家の人間でも離宮に出入りできる人間は限られている。

 離宮、と言われているだけあって、王城の敷地内にあるし、もちろんだけど王城から続く道もいくつかある。

 もちろん掃除や管理で、使用人が出入りすることも頻繁にあるのだが、守護龍の姿を拝めるということは、ほぼ、ない。


 今回は食堂から出てすぐにある、王城の庭園を沿うように続く、廊下から離宮へ向かう。



『かぜ、かぜ、ですって!』


『可愛らしいわ~』


『私達が見えていないのに…呼び方を知ってるの…呼ぶの』


『かしゅて!ですって…うふふ』


『本当に可愛らしいわ!』



 今日は精霊までもが騒がしい…と思った瞬間、強風が吹いた。

 直後に、ダン!という激しい破裂音が響いた。


 それと同時に眼前に広がる庭園に、銀の板を握りつぶしたような塊がぽとり、と落ちてきた。



「見てきます!」とアルフレド宰相が、庭園に落ちてきた銀色の塊を確認しに行く、その背を視界に収めながら、空に眼を凝らす。

 ……空に白く蜘蛛の巣のように広がる大きなヒビが見えた。



「おや、レイじゃないか。今ここの障壁に何か飛び込んできて穴が空いたんだけど、怪我はしていないかい?」



 声の主を探すと、背後からふわりと優しく微笑みかけられて、思わず見惚れる。

 この世のものとは思えないような美貌の、12歳くらいの青い髪の男の子がいた。

 ……これがこの国の守護龍だ。



「食器のトレイ……?」



 アルフレド宰相が銀色の塊を持ち上げて、首を傾げている。

 破裂音に気づいたのか、警備をしている騎士団員が集まり始め、アルフレド宰相が銀色の塊を渡し、捜査が始まるのだろう。状況説明をしているのが見えた。


 騎士団の群れから離れ、アルフレド宰相が小走りで戻ってきた。



「アナステシアス様!セシリアが…!」


「あぁ、大丈夫だよ。セシリア嬢は無事。て言うか、あの銀盤トレイを王城めがけて飛ばしてきたの、セシリア嬢だからね?」



 守護龍は「巫女殿、やるなぁ」と笑いながら、アルフレド宰相へ説明してる。


 ……無事で良かった。セシリア嬢がはやく、家族の元へ帰れますように。

 そう思いながら、守護龍を見上げる。



「宰相、あの銀のトレイは教会のものだよ。教会の印が入ってる。セシリア嬢が助けを呼ぶために『わざと』王城に狙いを定めて飛ばしたみたいなんだけど……ほら」



「見える?」と言わんばかりに教会を指差すと、教会のかなりかなり高い塔の壁が激しく崩れて、室内が丸見えになっている部分があった。

 その状況をまた確認し、愉快なのか、こみ上げる笑いを堪えるこらえるように、口元を隠し……すっと真剣な眼差しになって呟いた。



「あそこにセシリアが、いるよ」


「あ…ありがとうございます!……シュトレイユ王子、すみませんが失礼いたしますっ」



「行っちゃった…。ステアにご用事があるからって離宮に案内してたのだけど」


「うん?あぁ、今ので用事は済んだから良いんだよ。レイ、ありがとう」



 一瞬にして騎士たちに檄を飛ばして、教会に向かうのだろう遠ざかっていくアルフレド宰相の背を見ながら、守護龍に今朝の騒ぎを説明する。

 守護龍ステアは僕の髪をくしゃくしゃっと撫でながら、「大丈夫」と言わんばかりに抱き上げて笑う。

 周囲がほのかに暖かくて心地いい風に包まれる。



「ねぇ、セシリアが泣いてないといいな」


「うん、セシリア嬢はとても賢い子だから、頑張ってたよ」



「……視てたなら助けてあげてよ!」


「セシリアは巫女なんだ、僕が助けちゃダメなんだよ」



「守護龍なのに?」


「守護してる国の子だけど、もっと強く守護してる子がいるからね」



「……よくわかんない。でも、セシリアが辛くなければいい」


「そうだね…レイは優しいね」



「セシリアってどんな子なんだろう?会ってみたいな…」


「今度会えるから、楽しみにしておこうね」



「うん…」



 ──僕は守護龍ステアに抱きかかえられて、父さまに報告するために執務室へ向かった。

 僕が父さまに説明を始めた時、すでにアルフレド宰相の率いた騎士団は「教会に王家へ攻撃魔法を放った叛逆者がいる」と教会へ乗り込んで行った後だった。



 ……どうかセシリアが無事に、救出されますように。



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