転生魔法師の異世界見聞録。〜公爵令嬢は龍と謳う~
まゆみ。
3歳です。
第1話 がんばります。
公爵令嬢(3歳)の朝は忙しい。
定刻少し前になると声をかけに来る、若き専属執事(推定13歳)。
未だ幼さの残る中性的な美貌に、柔らかな笑みを浮かべている。
彼はつい最近、私の専属執事になったばかりである。
「おはようございます。そろそろお時間でございます」
「うぅー…」
オムツはつい最近やっと外れた。
朝の寝起きは…安定の悪さ。
日中にお昼寝の時間をしっかりとっているにもかかわらず、眠りが足りない。
「朝ですよっ!起きないなら、起きるまで…好きにさせていただきますよ?」
「ひぁっ…!起きましゅ!おおお起きましゅううううぅ」
何故、最後の言葉だけ、耳元で囁くのか?
最後の言葉だけ低音の、やたらと甘みのある声だったのか?
そして、にこにこと満面の笑みを浮かべてはいるが、その手に握られているロープはなんですか!?
「ゆっくりしていただいても、良いんですよ?」
「お…起きましたっ」
「…そうですか。とても残念です」
しゅん、と寂しそうに、ロープをベルトに掛け直す。
まぁ、次の瞬間には、何事も無かったかのように満面の笑みに戻ってるんだけどね。
サイドテーブルに準備された水さしから、子供用の可愛らしいコップへ水を注ぎ、渡してくれる。
この専属執事の朝は早い。
私はすこぶる寝起きが悪いので「念のため」という事で定刻より少しだけ、早く起こされる。
……起こされるのだが、起きずにうだうだしていたり、こっそり寝直すと、目が覚めた時に何らかの悲劇や危機的状況に置かれている。
先日は、目覚めると、専属執事の背におんぶ紐のような状態で固定されて、樹々の間を高速移動中だった。
本人曰く「軽くウォーミングアップを兼ねて、朝の見回りをしておりました!」
また先日は、目覚めると、目の前に大きな口を開けた
本人曰く「自己鍛錬をしておりました!」
またまた先日には、目覚めると…寝間着のまま、王城で婚約者にお姫様抱っこされていた。
本人曰く「頼まれていたお届け物と父へ近況報告をしに行っておりました!」
内容としては、悪くない。でも、私に対しての扱いがあまりにも酷いのでは?
そう思うのだけど、しっかりと私が特別な契約で「仕えるように」と決めてしまったものだから…返品不可である。
(まぁ楽しんでいるようなら良い…のかな?私まで巻き込むのは、やめてほしいけど)
養成所での彼の頑張りは凄まじく、早くても半年、通常であれば、数年かかるはずだったものを数週間で完璧にこなし帰ってきてしまったので、すぐ上の兄よりも先に前倒しで専用執事がつくという事になってしまった。
ならば何故、兄の専属執事にならなかったのか?という疑問には「私が拾ったから」
そして、兄とはすこぶる相性が良くないから。なによりこれに尽きる。
「さて、本日のご予定ですが…お食事の後、お父上と共に登城となります。登城後は婚約者及び王族とのお茶会、そして魔術の勉強会(第1回目)がメインでのご予定となります。帰宅は、お父上の執務が終わり次第。一緒に帰宅する事になっております」
いつものようにその整った顔に笑みを浮かべ「では」と退室しようとして、ふと思い出したのか戻ってくる。
「申し訳ありませんが、こちらを婚約者殿へお渡しください。──検閲されると面倒な事になるから…よろしくね、セシリア」
言葉の後半は、内緒話よろしく耳の近くでのナイショ話。そして離れぎわに、おでこへ落とされたキス。
ふわりとあどけなさの残る中性的な美貌に、目を細めるように柔らかな笑みを浮かべると、颯爽と退室していった。
執事ってこういうものだっけ?やたらとスキンシップがある気はする。
まぁ、出会いが出会いだし、今はあの
「おはようございます。お嬢様!」
「おはようございましゅ」
「まぁ!まぁ!今日も可愛らしい!」と、にこにこと優しい笑顔で専属執事と入れ替わるかのように入室してきたのは、こちらも専属のメイドで、セリカ(15歳)
朝の身支度を手伝ってくれる、生まれた時からずっと一緒にいてくれてる専属メイドだ。
ふんわりと肩口で切りそろえられた栗毛色の髪が愛らしい、とても大らかだが行動力のある、私のお姉さんのような存在のメイドだ。
私の一番上の姉の専属メイドの娘であり、親友でもあるそうだ。実家が騎士として爵位を持ってるという代々騎士の家系なのもあって、護身術以上に剣技にも長けているらしい。
「らしい」ってのは、その本領発揮を私が見たことがないから。
……3歳児に、見る機会があるはずも無く。
(いずれは見てみたい、というよりは習いたい)
つい先日まで、専属執事とは犬猿の仲だった。というより実際には
(まぁ、初対面が最悪だったらしいし…しょうがないのかな?)
ただし、ここの所はどうも軟化してきているようで、時折見かける彼女たちの作業風景にも、刺々しい雰囲気はなく、しっかり協力関係が出来上がってるように見受けられ…ているような、でも実際のところはどうなのかな?と思ってたんだけど。
「あの執事…意外に優秀ですわね…」
最近はなぜか、頬を赤らめてぼやく事が多くなった。
セリカに何があったのだろうか?
******
さて、今はお父様と馬車の中にいる。正確には父様の隣に母様、向かいに私と私の専属執事。
……今日は
ここ最近の国を巻き込んだ大騒動の結末を、私が知る日らしい。
まぁ
今もまだ、街はかなりの混乱状態が続いていて、これが私に起こった、とある事件が発端での…という事らしく。
まぁ、相手にとっては自業自得の事なんだけどなぁ。
私は頑張ったから、今、ちゃんと帰ってこれて、父様と母様とこの場所に居れる。
…頑張ったから、この専属執事の穏やかな笑顔も見れて。
…頑張ったから、そのほんの数日で、人付き合いの苦手な私に、大切なお友達ができた。
それもかなり癖のある、ただ、掛け値無しに絶対の信頼の置ける友人たちが。
彼らに守られてばかりではなく、今度は公爵令嬢の私が守る番だ。
公爵令嬢なんて、親や公爵家としての立場、周囲との階級差によっての立ち居振る舞い等々、行動の制約ばかりで面倒だと思ってたけれど、こんな役立ちかたがあるのだと思えば、喜んで動くよ。
私の大切な友人の、心からの笑顔を守るために。
──そして、話は1ヶ月前、全ての始まりにまで遡る。
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