第8話 白いナニカ。
(あぁ、素敵すぎるっ!)
ぽつぽつと、そして唐突に映像のように浮かび上がる前世の記憶と趣味も相まって、ひたすら薔薇の花を見ては、株元を見る、を繰り返しながら進んで行く。
『薔薇はね、株元を見たら、どれだけ大事にされてるかわかるんだよ』
あぁ、懐かしいな。旦那や子供達によく教えてた言葉だ。
さっぱり理解してくれなかったけどね。と、思わず笑みがこぼれる。
──あのお庭は、今はどうなってるんだろう?息子たちは元気にしてるだろうか?
寿命での大往生とはいえ、旦那と違って私は別れの言葉も伝えずに突然逝ってしまった、と記憶している。
あ、ていうかやばいかも?
私、思いっきり孤独死じゃん?
遺体の鮮度(!)が落ちないうちに、見つけてくれていると思いたい……!
(最後の最後で、最愛の子達に最大の迷惑とか、絶対にかけたくない!)
むうぅ…と唸っていると…遠くでガサガサと葉が強く揺れる音がした。
今はそよ風しか吹いていないのに、強風でも吹いたかのような、その音。
「ぴゃーーーー!」
「ふぇっ!?」
ふと顔を上げると、凄い勢いで薔薇の迷路の壁を突っ切って何かが急接近してきてるのが見えて。
私はその「ナニカ」が胸に直撃して、吹っ飛んだ。
「ひっ…」
「きゅうーううん!」
薔薇の垣根を突っ切ってきた「白い塊」がそのまま勢いを落とすことなく私の胸に直撃した。
私は勢いのままに吹っ飛ばされたわけなのですが……。
「…げほっごほっ……」
「ぴゃー!ぴゃぴゃ!」
苦しい、とりあえず胸を強打したので、息ができない。
ちなみに、吹っ飛んだ時の衝撃は、ふわっふわのドレスが吸収してくれたので痛くは無い。
さすが乙女の戦闘服!
──そうじゃなくて!
胸の強打はつまり…「白い塊」が直撃した時の負傷だ。
なんて事をしてくれる!
「うぇえ……」
「ぴゃーぴゃ!」
呼吸ができるようになった途端に、次は咳とともに込み上げてくる吐き気。
(お菓子が出るっ!もったいない!)
咄嗟に蹲って、吐かないように我慢我慢……。
「う……」
「きゅーきゅうん、きゅー」
胸に直撃した白い塊は、もふもふ物体だった。
それは私が蹲っていても、胸にしがみついたままキュウキュウ言っていた。
──君は新手の刺客かなにかかい?
私の…げほっごほっと激しく咳き込む音と、ひゅーひゅーという呼吸音。
なんとか落ち着こうと、意識して呼吸を深くゆっくりと……吸って吐いてと、鎮めていく。
(あー、死ぬかと思った!)
でもね、落ち着いてきたら、今度は萌え死にそうなんですよ。
なんなんですかあなたは?
この「ぴゃーぴゃー」と鳴いてるもふもふ物体。
真っ白で長毛種の子猫のようなふわふわ。
(可愛すぎて怒るに怒れないんですけど!)
意外に爪がしっかりしてるようで、がっちりとくっついて胸から離れない。
剥がれないのを良い事に撫でていたら、毛玉状態の中からすーっと顔が出てきて目が合った。
紫色の黒目がちな宝石のような瞳。
潤んで……涙が浮かんでいる。
長い尻尾はふわふわと長い毛を戦がすように激しく振られている。
猫にしては少し首が長い感じで。
目があった途端に、頰に猛烈すりすりされて視界を塞がれてしまった。
「あなたは、だあれ?」
「ぴゃー!きゅううん」
何かを必死に訴えてるようなんだけど、よくわからない。
もふもふ感が素敵で、思わず撫でてしまったけど……。
「セシー!そろそろ呼ばれるから戻っておいで!」
「はぁい」
薔薇の庭園につながるバルコニーからセグシュ兄様の声がする。
「よばれてるから、もどるね、またね?」
「ぎゅううん、うぎゅう」
剥がして地に放してあげたいんだけど……剥がれない。
がっしりしがみ付かれて、今も頰と首辺りをすりすりされてる。
気持ち良いけど…お城の庭園に放し飼いされてるくらいだから、王家の誰かのペットだと思うんだよね。
どうしようかなこれ。
無理矢理その場を離れるにしても、後ろ髪を束で引かれてるので思わず。
「いっしょにくる?」
「ぴゃう!」
言葉わかるのかな?
私の力では剥がせそうに無いし、頑張ったら繊細な作りのドレスが破けそうだしで、諦めた。
もふもふで可愛いし、なんだかすごく懐かれてるっぽいし、無碍にしたら良心の呵責に苛まれそうだし。
バルコニーにいたセグシュ兄様の声が近づいてくる。
あああ、本当にそろそろ戻らないと!
「セシー?どうしたの?」
そりゃ庭園の散策路にぺたりと座り込んでたら、不審だよね。
どうしようか悩んでる間に、心配したのか迎えに来てくれたらしいセグシュ兄様が私を抱き上げた。
うん、安定のお姫様抱っこですね!
「セシー!どうしたの?行く「きゅう!」」
あー。セグシュ兄様が固まってしまった。
私をお姫様抱っこして、胸にへばりつく白いもふもふと見つめあってる。
そうだよね、やっぱペット連れ込みはダメだよね。
「ぴゃー!ぴゃぴゃ!」
「にいしゃま、だめ?」
とりあえず聞いてみる。
セグシュ兄様も恐る恐る白いもふもふを外そうとしてみてくれたけど、逆にしっかりしがみ付かれてしまった。
「うーん、セシー…どうしようね。ひとまずこのまま測定会場まで戻って母様にコレ外してもらおうか?」
「はぁい…ごめなしゃい」
セグシュ兄様は、少し考えるような間の後に早歩きで移動を始めた。
顔に浮かんでいる笑顔も、心なしか困ったような色合いが見て取れた。
「セシーは悪く無いよ…ちょっと急ぐからコレが落ちないように支えててあげてね」
「ぴゃ」
「はぁい」
白いもふもふは「了解」と言わんばかり返事をしていた。
セグシュ兄様からは「これ」扱いだったけどね。
そして相変わらず白いもふもふは、私にすりすりしてる。
あれ?そういえば、母様なら外し方わかるのかな?というか、このもふもふを知ってるのかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます