9 天童・光灯《テンドウ・ミナレ》

 ここから話はさかのぼる。

 まだ酒楽しゅら捌人さばとと出会う前のこと。


【〇九四一 天童光灯】


「あった……あった! 合格だ‼」


 試験を受ける前は、受験番号が〇九四一くるしいで、縁起が悪かったけど、そんな迷信めいた数の並びを、意に介さず合格を勝ち得た。


 父親が薬局で働く薬剤師だった為、自然と同じ道を進もうと考え、大学は薬学を専攻。

 薬剤師の資格取得の為、大学は六年間通う必要があり、気が遠くなる思いだった。


 大学へ入ると、知らない人間ばかりで、コミニティを作りづらい。

 そんな時、食堂の隅でランチをしていたら、自分に注ぐ視線に気が付いた。


「『プレスリーVSミイラ男』だよね? ソレ」


 とある男子学生の投げかけは、驚きのあまり言葉が出なかった。

 こんなカルト映画を知っている同世代が、同じ大学にいたなんて。

 驚きから覚めず生返事しか出来なかった。


 講義に遅れそうだったので、時間ギリギリで引っ掴んだシャツがコレだった。

 後になって思い返すと、イタイ。

 高校では勉強ばかりで目立たない部類の生徒だったから、大学ではいわゆるイケてる部類に入り、キャンパスライフを謳歌しようと試行錯誤したものだ。


 高校の時、リア充といわれる男子はプリントのシャツを着ていた。

 だから彼らを真似てみようと買った物だ。

 ロックの神、プレスリーがミイラ男と戦うプリントが、エッジの利いていてカッコいいと感じたが、冷静に思い返すとダサい。

 映画の影響からか、余計に興味を引くものがあったに違いない。


 が、高校時代、勉強のしすぎでファッションセンスを磨くことを、おろそかにしていた結果、世間との感覚が致命的なまでにズレてしまったのだ。


 それから彼とは、映画や海外ドラマについて話が盛り上がり、お互いアニメやゲームが好きだといのが解ると、より仲を深めていき互いの家に遊びに行っては、よく朝までゲームをしていた。


 タレントか誰かがオタクに悪い人間はいない、と言っていたのを思い出す。

 頷ける持論だ。


 冴えない二人のオタクライフ。

 自分が目指した、憧れのキャンパスライフはどこへ行ったのやら。

 それでも、彼との時間が一番落ち着き、楽しく充実していた。


 そう、彼は自分にとって、大切な親友となったのだ。


 二十一歳になった大学三年のある日。事件が起きる。


 いつものように親友へ、食堂でランチをしようとメッセージを送った。

 これまで、返信はすぐ返って来てたのに、何故かその日に限って、既読すらつかない沈黙だった。


 もしかしたら、講義の後で教授に解らない所を聞いているだけかもしれない。

 そう推測して、先に食堂へ足を運ぶことにした。

 教室の外へ出ると、何だかザワつく空気を肌で感じ取る。

 遠くの方で小動物の鳴き声かと思える、叫びが響いた。

 最初は聞き取りづらい物だったが、断続的に聞こえてくると、叫びは段々、大きくなりハッキリと悲鳴が聞こえる。


 学生の集団が走ってこちらへ向かって来る。

 何が起きたのか解らず、立ち尽くしていると、学生達の後を追うように、血まみれの『ゾンビ』が現れた。


 ゾンビが逃げ遅れた男子学生に飛びつき、顔面へ何度も噛みつく。

 噛みつかれた学生の顔は、かじられたリンゴのように欠けた。

 恐怖からか、側にいた女子は一歩も動けずその場に座り込み、ただただ叫ぶばかり。

 ゾンビはその叫びに反応して、男子学生から女子学生へ飛びつきかぶさると、彼女をひたすら爪で引っ掻いた。


 まるで肉食の獣を放ったような混乱。


 鈍感な自分でも、すぐさま状況が理解でき、逃げ惑う学生の集団へ続くように、その場から走った。


 ゾンビが大学の庭へ出て、次の獲物探している間、駆けつけた制服警官が避難誘導を促し、それに従い廊下を急ぎ足で移動する。


 その後、警察の特殊部隊、「緊急時初動対応部隊E R T」が出動。

 ゾンビの駆逐にあたる。


 窓の外から銃声が聞こえ、思わず避難の足を止めて二階から、キャンパスの庭を見やる。

 ゾンビは、なんの束縛も受けることなく、ゆったりと身体を揺らしながら歩いていた。

 そこへ、再び銃声が鳴り響き、同時にゾンビの頭部が吹き飛んだ。


 特殊部隊による屋上からの狙撃。

 はっきりと見てしまった。

 もう記憶のハードディスクに焼き付き、消去することは皆無だ。

 撃たれた頭部から、乳白色でゼリー状の物が飛散。

 すぐに理解出来た。


 ぶちまけられた脳ミソ。

 まるでケネディ大統領の狙撃事件を、追体験している気分だ。


 誘導に従い建物の外へ出ると、今度は何かが破裂する音が聞こえた。

 見上げると、屋上に霞のような物が広がり、風に乗って消えていった。


 次に聞こえた破裂音は、一瞬だけ雷鳴のような光を見せて、煙だけが上がった。

 壁一枚を挟んだ向こう側で、戦争しているみたいだ。


 もっと後になって知るが、舞い上がった霞は特殊部隊が投げつけた、閃光音響手榴弾スタン・グレネード

 爆発すれば、強烈な光で目をくらまし、爆破音で三半規管を狂わせ、平行感覚を奪う。

 警察が強行突入に打って出る際、使用される最終手段。

 青空を何度も破くように、無数の銃声が天へ轟いた。


 夕暮れになると、事態は終息。

 ゾンビは警察の銃撃を受けて、ようやく死亡した。

 いや、ゾンビは死んだも同じ、活動を停止したと言い換えるのが、適切かもしれない。

 それでも、特殊部隊による銃撃は、約一時間に渡り行われ、その間ゾンビが受けた銃弾は、計五〇発。

 頭は狙撃用の弾丸を五発受け、頭部の原型は残っておらず、顔で身元の判別がつかないほどだ。

 心臓だけでも十発は銃撃されている。

 最後は出血多量により、動きを止めたのだ。


 混乱が大学内に広がり、不安はいつまでも空気を重くした。

 避難した学生達は、学友と顔を合わせ安否確認が取れると、女子同士で抱き合って 泣きわめき、男子は緊急時の武勇伝を、互いに称えた。

 自分も安否を気遣い合う、親友の姿を探した。

 依然としてメッセージに返信はがなく、不安だけが積もる。

 警察に被害者の身元を聞いても、遺体が激しく損傷していたので、すぐに身元が判別出来ないと告げられた。


 ――――まさか。


 何かへすがるように、自分の頭に浮かぶ最悪のシナリオは、現実にならないでほしいと、祈った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る