第4話 あるニューハーフの場合

「連日連夜こればっかり、飽きないもんよね」


 最近テレビがつまんないのはわかってたけど、本当に最近その事を実感せざるを得ないのよね。開店前に適当に暇を持てあまして点けてみたけど、どこ回してもハダカの人間ばっかし。そりゃまあ、確かにセンセーショナルでドラマチックな絶好の素材よ。だからここぞとばかりに俎上に乗せられもするわよ。


 しかしどんなに絶好の素材だと言っても、毎日同じ物を食べさせられれば飽きもするわよね。早い人間は配信されてから数日で腐臭の漂い始めた素材から目を背けているんだから。そしてその早い人間たちが出した結論は、意外なほどきれいに一致していたの。

 ――全裸の人間たちを、果たしてそこまで憎んだり恐れたりして良い物なのか。ある意味の自然現象として受け止める、それしかない。


 この結論に次々と達し始めた人間たちから、さほど彼らの事を真剣に受け止めなくなり始めたみたいなのよね。

 アタシたちもまあ、その類の人種だったワケだしね。




「昨日であれだろ、ちょうど一ヶ月だろ?お前記念日に何かしたか?」

「ああ、最初に見つけた人のツイッターにちと書き込みを、まあ聖地巡礼ってやつで」

「そうかよ、俺は見ちまったぜ、全裸で走ってるお姉ちゃんを。それがお前の言う、聖地巡礼ってとこのお方が見つけたのとほとんどそっくりな奴を」

「あたしも、実はついさっきおばあちゃんを見ちゃったの。七十歳過ぎかなって顔で皺もあったんだけど、とてもそうとは思えないぐらいものすごく足が速くて」

「ついさっき?俺見なかったよ」

「ごめん、実はついさっきじゃなくて今朝の話。私の隣のおじさんなんか目を背けちゃってたけどさ、やだよねもうひと月も経ってるのに、と言うかそれで六回目らしいのに」

「僕より経験豊富じゃないか、四回しか見てないのに」

「あたしなんか全然追いかけてないのに十回も見てるのよ」


 合コンの話の種、それがこの人らの中での全裸の人間たちの価値ってやつ。はしたないだの、みっともないだのと言うガチガチに固まった正論はこの場においてはただの無駄話。あるいは本当の所、その正論を吐き出したい女性もいるかもしんないけど、それって自分の為にすらならないのは明白じゃない。


「おいおい、ミキちゃんってもしかしてザル?」

「ううん、でもここのお酒おいしいから」

 ほらほら今ここにもいるわよ、お堅いって言うか重たい子が。六対六の合コンの中で、五人の女性陣が全員その話題で男性陣とためらいなく話し合えている中、コップをやたら進めまくっている子が。まるで自分が孤立している気分になってるみたいなのよね、ったく本当にノリが悪いんだから。




 その気持ちを読み取られたのか、途中から同じようにこの話題を避けていた節があった別の男性と彼女は接近し結果的にカップルになったのだから悪い事じゃないはずなんだけど、どうにもこうにもねえ。

 今度の事で「つまんない人」「空気の読めない人」「堅苦しい人」「時代に遅れている人」「何かトラウマを抱えていそうな人」と言う評判をあの二人が他の参加者から買ってしまったのもまた事実なのよね、そのダメージは決して安くないわよ。


 TPOってもんがあると言えばそれまでの話かもしれないけど、裸の人間が走り回っているという現象がこの合コンが行われた街の中だけでも、日本と言う国の中だけでもなく、世界中で起こっている以上どうしても向き合わなければなんない問題なワケ。

 向き合わなければならない問題から逃げる事が是とされるのはねえ、それ以上に大事な問題が本人の中で存在するか、よほどその問題に関わる事による打撃が大きいからかのどちらかに絞られると思うのよ。まあアタシらも男である事を捨てちゃったから大きなことは言えないけどね、ハハハハハハ!


 んで、カップルたちを見送りに出たアタシったら、また見ちゃったのよ。その子の気分を逆撫でするかのように、二人の前にまた全裸の男子が現れたの。

 今度のは小学校三年生ぐらいの、合コンをやるような時間には全く似つかわしくない年齢の子。これまで二人が見たそれらと違い、ずんぐりむっくりで顔も体型相応に膨れていたけれど、だが時速35キロで目の前を走って行く事は何の変わりもなく、二人ともその姿を見るのは七回目だったらしいけど、背筋がピーンと伸びてたって事が何よりの証明よね。






※※※※※※※※※※※※※※※※







「ねえ、マサさん今まで何回見たの?」

「何回ってあれかい、生まれたままの」

「そうあれ、ウチは三回かな」


 でその三日後、今度は一人のおじ様がうちの店に来たわけ。そんでその話はまたまたあのすっぽんぽんの子たち。


「オレはこれまでリリィさんのちょうど倍の六回だな。男が五回で女はオレの娘ぐらいの奴が一回あるだけだな」

「やだー、マサさんって経験豊富ー、私一回しかないのにー。ねね、その子たちってちゃんと付いてたの」

「付いてたよ、まあ最初の一回は後ろからしか見てないのでわかんないけど、あとの四回はきちんと付いてたね」

「もうずいぶんと大胆な子たちよね、絶対ここに来たらアタシの客根こそぎ持ってかれそうじゃない」


 奥様も寛容ねえって言いたいけど、まあアタシらのようなのが集うからこそ奥様の墨付きも得られている訳なんでしょうねえ。おじ様にとっては貴重なストレスの発散場所であり酒の飲み場なんだから。奥様ともその話はしてたみたいなんだけど、やはり小学生の娘さんを持つ身としてはどうにも開けっ広げな話はできないみたいでねえ、それだけになおさらこの店は貴重なスポットらしくて。


「でもさ、奥さんとどうなんですか。こうも全裸の人見てると」

「それがさ、不思議なことにむしろ湧いてくるんだよ」

「わかるー!」

「アッハッハッハ、それでここしばらく調子がいいんだな、よーしおつまみもう一つ!」

「ありがとうございます!にしてもみんな最近化粧が薄いんだけどマサさん気付いた?」

「まあねえ、私なんかこうして自分ひとりのほほんと過ごしてるけど、想い人を持つと大変なのよね」

「そうそう、ミカミカちゃんのお友達、ああ女の子の彼氏ってバスの運転手なのよ」


 いろいろ処分しちゃったには本来性欲もないはずだけど、後天的な女性ホルモンの投入により今はあったのよねえ。その性欲を、今全裸の人間たちがかき立たせてる訳よ。その結果か知らないけど最近肌はつやつやして、化粧はその分だけ薄くなった。もちろんお金も節約できるし、プラスしかないわね。


「これからその子結婚してお母さんになるんでしょ、アタシらみたいに割り切っちゃえば楽なんだろうけどさ、子どもにはちょっと刺激が強すぎるかもね」

「それがうちの娘ったら案外平然としててさ、これまでに八回も見たってのに、って言うかむしろそのせいだと思うんだけどこの前の日曜に九回目を見たってのに平然としててな。ああ俺と女房と一緒に買い物に行った時の話だよ。天然物っぽい金髪をたなびかせたイケメンの兄ちゃんでよ、これまでのそれと同じようにすべすべの肌をしててさ。金髪だってのに肌色は俺らとおんなじでよ。ああいうのって逆に安心するのか、女房も笑ってたよ」

「マサさんのお嬢ちゃんってJC?JK?ああいう年頃の子っていろいろとややこしいんじゃない?」

「まだ小学四年生だよ。いよいよ学校でも性教育うんぬんが絡み始めて来る年頃だからさ、そろそろ刺激が強くなるかもしんないけど、今んとこはどうとも思わないようだね。って言うか慣れちゃったってのもあるらしくって、最近じゃクラスの初心な子たちにその体験を言いふらしてるらしくてさ」

「強い子なのねえ、きっと成功するわよ」


 どうも子どもたちの打撃ってやつは、全体的に弱いらしいのよ。マサさんの娘さんも初めて見た時はあわてふためいちゃったようだけど、だいたい四回ぐらい見た時から慣れちゃったらしくて今では何も感じなくなっていたんだって。

 まあ野良犬か野良猫、さもなくば珍種のペット。マサさんと呼ばれた男の一人娘にとって裸の人間たちは、そんな扱いになっていた感じ。


「娘によりゃかなり個人差があってさ、自分以上に見かけたのにいまだにびっくりする奴もいれば二回しか見てないのに自分以上にぐいぐい食いついてくる奴もいるらしくて。性格ってもんなのかね、さすがにゼロ回ってのはもういないようだけど」

「マサさんこの前のテレビ番組見た?」

「あああったよ、にしてもずいぶんと主張の激しいこったね」


 この前裸で走り回る人間を一回も見た事のない人を探そうと言う企画が朝のニュースバラエティ番組で企画されててね、24時間かけて二千人近くに質問した結果が一人もいなかったという大失敗に終わった事はマサさんの社内でも語り草になっているみたいで。

 いや正確には十四人いたんだけど、その1回も見た事ないと言う旨をしゃべろうとすると目の前に現れて、見た回数をゼロ回から1回にしちゃう訳よ。お蔵入りにもできずその十四人を強引に「これまではなかった」と言うカテゴリーにして、そしておよそ0.7%の確率で見ていない人に出会えるかもしれないと強弁して話は終えられていたけどねえ……。


「でもあれって一体何なのかなーって、マサさん考えた事ある?」

「ないね、どうでもいいんじゃねえかな」

「最近そのせいでちょっと運送が滞っているのよね、その点だけはどうにもねえ、でも他に何があるかって言うと特段何もないなのよね。まあわたしたちと同じように、好き勝手やってる同士理解できるのかもね」


 ママのその一言で、クラブ全体に笑い声が広がった。確かに少なくともこの日本においては、運送がやや乱れている事以上の害はなかったみたい。もちろんまったくの無害じゃあないけど、直接的に人命を奪った例は今の所ひとつもない。それが日本の誇りだからって半ばギャグのように飛ばすおじさんに会った時は、本当笑っちゃったわね。




 で、マサさんがお店を出ると一緒に、早番だったアタシもご帰宅。そういうわけで仲良く前後に並んで歩いてバーの最寄り駅にたどり着いたマサさんの目の前に、いかにも神経質そうな顔をした白髪頭のおじいさんがひょっこり現れたのよ。

 何て言うかいかにもな頑固おやじで、アタシのもっとも苦手な人種。親からもらった体にどうたらこうたらとか、やっすい正論をぶつけてその実ただカッコイイふりをしたいだけの人たち。さすがに最近はしつっこく報道してくれるせいで理解をしてくれるようにはなったけどねえ……。


 そんでねえ、マサさんとしたことがうっかり階段を踏み外しちゃったのよ。しかもよりによってそのおじいさんの視界に入った途端。たぶん、よそ見をしていたのが原因だっただけの。

 でも、そのありふれたアクシデントを見たおじいさんの目が急に輝き出して、そしてこのただ小さなミスを犯しただけの罪のないおじさまを射すくめちゃったのよ。


「大丈夫ですか」

「いえいえ大丈夫ですから」

「私はあなたのような方を探していましてね」

「ただでさえこちとら酒呑んでるから早く帰らないと女房にどやされるんですよ」

「ご覧になりましたか、たった今湧いて出たあの輩を!」


 あーあすごいわね、神経質そうだと言う印象を与えるにふさわしかった顔が一瞬で別人のそれになっちゃって。

 湧いて出たあの輩と言う言葉が何を指しているのか、みーんなわかってた。そしてそれに対し、特段大きな声を上げるヒトはいなかった。

 今回現れたのは黒髪の黄色人種で、性別は女。年齢は二十代半ばぐらい。横から見るだけでも女とわかりそうなほどの大きなバストを持ち、アタシからすればそういう意味で嫉妬や羨望を買いそうなほどだったけど、プロポーションが優秀なこと自体はこれまでの同種とさほど変わりゃしない。


「何のことです?」

「何のことです……ああ失礼いたしました!」


 そしてマサさんはどうもその走る存在を認識していなかったみたいでねえ、その事に気づいたおじいさんは再び元の神経質そうな顔に戻っちゃって、ずいぶんと派手に肩を落としちゃったのよ。

 人間、期待が大きければ大きいほど失望も大きくなるものよね。おおむね何とかしてあのをこの世から取り除かなければならないとでも思ってたんでしょうね。見た所古稀を過ぎたっぽいこのおじいさんは、人生最後の生きる目的をかけて今動いているって所じゃないかしら。


 って思ってたらあらあら、また出たわよ。

 今度出たのは、自動車と並走して走る十代前半のオトコノコ、言うまでもなく全裸。その姿を見たおじいさんは、あのガードレールを飛び越えたのよ、アタシらがあって言う暇さえも与えないほどのスピードで…………。













 ――で、あのおじいさんは笑っていたわよ。自動車に衝突された時の痛みなど、まるでなかったかのように笑っていたわ。


「まるで自殺でもするようにいきなり飛び出して来たんですよ!」


 運転手の男性の証言が半分だけ正解である事を、みんなが知っていた。

 突如現れた全裸の人間たちが生み出した一人の死者、と言う犠牲者の存在。このおじいさんが得ようとしていた物を得る事が出来た喜び、それが彼の中で全てを凌駕していたってわけ。ほれ見ろついに破廉恥な輩どものせいで死んだ人間が出たぞって言いたいんでしょうけどねえ……あーあ、やっぱりああいうヒトたちってアタシ苦手だわ。

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