16

 家に帰ってノートPCを開くと、また彼が配信をしていた。


「アイドルにリプライ送るじゃん。もちろん、返信なんて期待しないよ。がんばってくださいってそれだけ伝わればって送るの。それがたまに返信が返ってくる。それが嬉しくて次も次もってリプライする。返信はもちろん、全部ふぁぼるよ。それに調子乗ってリツイートなんてしちゃってさ。そうしたら次第に名前を覚えてもらえるわけ。『プリリズムさん、いつもありがとー』とかね。それで勘違いしちゃうんだよね。他のフォロワーにも『プリリズムさん、すごいですね』なんて言われるからいっそう調子に乗っちゃうわけ。あの頃の俺、キモかったと思うわー。Twitterってホント距離感狂うよね」


 そんなことを話していた。僕が「現実の距離感とはまた別物ですよね」なんてコメントを残しながら考えていたのは当然宮下のことだ。


 今日一日で、彼について知りたくもないことを色々と知ってしまった。地震のこともそうだし家族のこともそうだ。同情するような気持ちがないわけではないけれど、それ以上に不快なものを見せやがってという理不尽な怒りが沸いてくるのも事実だった。


 宮下と近づきすぎたのかもしれない。いまさらといえばいまさらだが、僕はそんなことを考えはじめていた。Twitterをしていても、そこに宮下の顔を浮かべてしまう。ここにいる人たちも彼のように生活者としての顔を持っているのだと思うと、何か騙されているような気がした。もう、彼らのことをロボットだとは思えない。その背後に透けて見える彼らの生活が僕には受け入れがたかった。能天気にロボットたちとの交流を楽しんでいた頃はなんと幸せだっただろう。そんなことを考えたところで、彼らの生活が消えてなくなるわけでもない。考えれば考えるほど、深い泥にはまっていくようだった。大人っていうのはこういうときアルコールに逃げたくなるのかもしれない。そんなことを思った。


「人生は一行のボオドレエルにも若かない。人生は一行のボオドレエルにも若かない……」


 それはきっとアルコールのかわりだったのだろう。ちゃんと理解しているか甚だ疑問な文言を繰り返しながら、僕はPCの電源を落とした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る