emergence

深川夏眠

第1話「裏口」

 日曜日になると叔母様がママに愚痴を言いにやって来る。あたしはコッソリ二人の会話を立ち聞きする。叔母様は結婚を前提にお付き合いしている年下の男性が容姿端麗で、周囲にいくつも女の影がちらつくのが怖いみたい。

 そろそろいつもの時刻——と思って二階から見下ろすと、叔母様と彼が現れた。彼はそこまで来ておきながら、もうすぐ大事な用で電話があるからと、立ち止まってしまった。仕方なく一人で玄関のブザーを押す叔母様。あたしは素早く、スカーフにロリポップを何本か包んで結び、小さな爆弾にして窓から投げてやったわ、裏口へどうぞ……ってメモを忍ばせて。

 何故って彼は夢で見た憧れのヴァンピールにそっくりだったから。ほら、吸血鬼は初訪問の家には住人が招いてやらなければ入れないって、ヘルシング教授が言ったでしょう?

 あたしは冷蔵庫から小さなミネラルウォーターのボトルを抜いて、彼に渡した。彼は扉の内側に踏み込んで、でも、礼儀正しく直立の姿勢を保って冷たい水を飲みした。それから黙ったまま、お礼のしるしをあたしの首に押してくれたわ。


 事件が起きたのは週の真ん中。学校から帰ったら、ママが戸締りを忘れたのか、裏口に鍵が掛かっていなくて、叔母様が俯せになって死んでいた。助けを求めて駆け込んでたおれたって格好。凶器は残っていなかったけど、鋭利な刃物と見たわ。そして、そこには逃げた犯人の靴が血痕を踏みにじってできた、真っ赤な三日月が。

 あたしはしゃがんで、その輪郭を指先でなぞり、ちょっぴり舐めると、鞄を放って駆け出したの。




*雰囲気画⇒https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/ryJwpVE2

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る