教訓:百聞は一見に如かず

露草

第1話

「俺、お前のこと好きみたいなんだけど……」

捻りのない告白だった。

大体(いつものこととはいえ)何のアポもなく家まで押しかけてきて、PC作業をする俺の傍で好き放題涼んだあげく「クーラー代にアイス買ってきたぜ」「ああ、どうも」「そういえばさあ」という会話を経てのコレである。ムードもへったくれもない。俺はそんなもの別に求めてないが、衝撃のあまりソーダアイスキャンディが三分の一ほどTシャツに零れたことについては後で文句を言うべきだろう。

でもまあ、告白は告白だ。丁重に返事をしてやろう。

「そうか。ありがとう。俺もお前が好きだぜ、新。その顔と性格と頭と身体以外な」

「どこが残ってるんだよ!っていうか、そういうことじゃなくて……その……」

こいつが顔を赤らめているのを初めて見た。

いつもどこからエネルギーを得てるのかわからんくらい元気で、中学でもバスケ部エースの肩書きに全く頓着せず、どれだけ人に囲まれても臆することなくへらっとしている男だ。

恥じらいなんて言葉とは無縁のやつだと思っていた。

「えーっと、もちろん利雪は男で、大事な友だちなんだけど、なんかそれだけじゃ説明できないっていうか……色々考えたんだけど、やっぱり好きなのかなーって思って……」

少ない語彙だが、下手な口説き文句より真剣さだけは伝わってきた。

そう、こいつは真剣だ。今までの付き合いでわかってる。誤魔化せる奴じゃない。

「俺おかしいかな?」

大きな肩をらしくもなく縮めている。俺は諦めて向き直った。

「……別におかしくない。誰を好きになるかなんて人それぞれだし、そこに性別の貴賎はないだろ。むしろお前が自分の気持ちを真剣に考え結論を出したことは、誇りこそすれ恥じることじゃない」

伸びっぱなしの髪をガシガシと掻きながら一息で言うと、曇っていた新の眼はぱあっと輝きを取り戻した。

「そ……そうか?そうだよな!やっぱり利雪はすごいな!色んなこと知ってるんだ!ありがとう!」

単純な奴め。

「じゃあ、その……」

おっといけない。セットで釘も刺しておく。

「勘違いするなよ。今のは一般論であって俺はお前の気持ちに応える気は一ミリたりともない。俺は老若男女魑魅魍魎誰に言い寄られようと生身の奴と付き合うなんて面倒くさい真似、絶・対・に嫌だからな!」

ビシィッ!と効果音が聞こえるくらいの力を込めて、俺は新を指差した。

「ええー……それマジなの?」

予想はしていたのか、新は億劫そうに寝転がった。

「信じてなかったのか。ずっと前から言ってただろ」

「いや、そうだけどさー。でも『例外のない規則はない』とも言ってたじゃん?」

うぐっ。

「よく覚えてるなお前。テストの英単語は覚えないくせに」

「だって利雪の話だもん」

「……」

こいつ、一回秘密バラしたら徹底的に開き直るタイプかよ。

何だかんだ喚いたが新はいい奴だ。昔から俺のような万年引きこもり野郎の世話を焼き、かと言って押し付けがましいわけでもなく、一緒にいて間違いなく楽しいと思える奴だった。多少下心があったとしても充分お釣りがくるレベルである。

だが今回ばかりは諦めてもらわねばならない。なに、こいつは男女問わず友だちが沢山いる。慰めてくれる相手には事欠かないだろう。

「としゆきー、お前がパソコンいじったり本読んでるほうが楽しいのはよくわかってるけど、俺ら中二だぞ?少しは青春をオカンしようと思わないのかー?」

大の字になったまま新は口を尖らせる。

「謳歌な。同じ中二なら俺は髑髏とか十字架とかそっちのほうがまだ肌に合うね」

「その発想も古くない!?」

「大体お前みたいな体育会系と付き合って身体が保つわけねえだろ。俺は背骨を折りたくない」

……引き続きジョークのつもりで言ったが、返ってきたのは沈黙だった。

蝉の鳴き声が遠くで聴こえる。

「おい、何とか言えよ。バスケ部エース様」

俺は床に肘をついた。

ろくに鍛えていない白く枯木みたいな俺の腕と、逞しく日焼けしたこいつの腕。悲しいくらい対比が効きすぎている。

顔を近づけたら、ふいと背けられた。

「お……折らないし」

「は?嘘つけ。前試合観に行ってお前のチームが勝ったとき、チームメンバー漏れなく抱き潰してたじゃねーか。俺があんなんされたら冗談抜きで死ぬぞ。勘弁してくれ」

あれは凄かった。「ぐえっ」という哀れな部員の呻きが観客席まで響いていた。勝利に喜ぶエースの感情の発露だと思えば微笑ましいものだったが。

「い、いやあいつらとお前は違うから!お前にやるときはもうちょっと力抑えるから!」

何故か慌てて体を起こされる。

「どうだかなー。お前昔から好きな玩具とか遊びすぎて壊してたじゃん」

「だから気をつけるって!」

「うっせーな、そこまで言うなら証明して──」

ん?

話の方向がおかしくなっていることに気づき、改めて新の顔を覗く。

今度は目を逸らされなかった。

じっと見つめ返される。

「証明って」

「あ、いや」

「試していいの?」

気づくのが遅すぎたらしい。

宙を彷徨っていた俺の手がおずおずと取られ、次第に熱くなっていく。

そのままゆっくりと下ろされる。

力強い。有無を言わさない。予想していた通りだ。

だがそれ以上に抑えている、閉じ込めている感情があることを肌で感じて衝撃が走った。

何時間にも思える静寂のあと、背中に大きな手が回る。

大きくて、

熱い、

強い、

そして何より優しい手が───

「のわ─────ッッッッッ!!!!!」

俺は全身全霊の力を込め、溶けきったアイスの棒を相手の顔面に叩きつけた。

「なにすんだクソボケ!!死ぬかと思っただろ!!」

「うえっヌルヌルする……いやこっちの台詞だろ!?証明しろって言ったんじゃん!あと殺す気はないって!!」

「言葉の綾ってもんがあんだよ!!もう出てけお前!来んな!人体模型とでも抱き合ってろ!!」

「はぁ!?意味わかんねえ!言われなくても帰るし!もう知らない!やっぱ利雪なんてき……」

暴言の嵐が一番止まってほしくないところで止まった。

おい、そこで黙るなよ。

何のために振り払ったと思ってる。

お前が嘘つけないのはわかってるけど。

「……金平ゴボウ差し入れてやる!今度!」

「あっ、俺の苦手なものをっ」

言い返す前に光の速さで部屋を出られ、ガチャガチャ、バタン!と扉の閉まる音がした。

人ひとり減った途端、嘘のようにクーラーの冷気を感じる。

「…………あっの野郎……」

誰を好きになるかなんて人それぞれだ。多少下心があってもお釣りがくるくらい世話になってる。それはそれとして俺は誰とも付き合う気はない。面倒臭いから。

そんな理屈をぶっ飛ばしてしまえる何かが、単純な力の差では説明できない何かが、さっき、この空間にあった。

やめてほしい。

この気持ちが何かなんて知りたくはない。

早いところあいつが俺を諦め、踏み台にし、別の青春を謳歌してくれることを祈るばかりだ。そのためならいくらでも悪役になってやる。

無惨に折れたアイスの棒を拾う。繋ぎ合わせると『あたり』の文字が見えたので、粉々に砕いて捨てた。

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教訓:百聞は一見に如かず 露草 @bluejade293

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