灯編 不合理

となると、ケイン達にもそれを分かってもらわないといけないわけで、手探りではありつつ時間をかけてゆっくりと伝えていくさ。


こちらの思い通りにならないからといって怒鳴らない。手を上げない。それによって、


『自分の思い通りにならないからといって、気に入らないからといって、相手を怒鳴らない。手を上げない』


ってのを学んでいってもらうわけだ。


『自分の思い通りにならないから、気に入らないから、怒鳴る手を上げる』


なんてのを学び取らせて、それから、


『<正義>や<道徳>なんてものを押し付ける形で学ばせて先に学んだことを力尽くで否定する』


とか、不合理に過ぎるだろう? 


確かに、乳幼児の頃には自分の感情を巧く制御できずに喚き散らしたり誰かを叩いたり物に当たったりということはある。でもな、だからと言って親や大人が、怒鳴ったり叩いたりって振る舞いをするというのは、子供に、


『そうか。気に入らないことがあれば怒鳴ったり叩いたりしていいんだ』


と、『喚き散らしたり誰かを叩いたり物に当たったり』する行為をむしろ肯定することになるんだってのも分かってるんだ。なるほど、親や大人に怒鳴られたり叩かれたりすればその場は収まるかもしれない。だがそれは、


『怒鳴られたり叩かれたりするからいい子のふりをしておこう』


って<悪知恵>を身に付けさせるだけだってのも判明してるんだよ。だから、歳をとって自分より目上が少なくなって怒鳴られたり叩かれたりする可能性が減ると傍若無人に振る舞うようになる傾向が高まるってのも判明してる。


そうじゃなくて、最初から、『自分の思い通りにならないからといって、気に入らないからといって、相手を怒鳴らない。手を上げない』と学んでもらった方が確実なんだ。


しかも、たとえそう学んでもらったところで、生物の本能として、


<理不尽な外敵に対する攻撃性>


そのものは消えてしまうことはないのも分かってる。特に、


『自分にとって大切なものを守りたい』


という欲求は消えてなくならないそうだ。元々の性格で攻撃衝動が低かったりすると、なるほど本当に臆病な性格になってしまうことはあるそうだが、別に、全員が警官や軍人になるわけじゃないからな。それは大きな問題にはならない。


それに、


『面倒なことは他人任せにして自分は何もしない』


なんて人間は、いつの時代にもいたじゃないか。つまりそういうことだよ。そんなに気にするほどのことじゃないそうだ。


それに朋群ほうむ人は地球人よりもずっと野生に近い。生まれてからずっと人間に育てられてきた<獣>でさえ何かのはずみで人間を襲うこともあるように、<野性>ってのはそう簡単に消えてなくならないさ。


あかりがまさにその手本になると思う。俺は彼女に暴力で問題を解決する方法が是であるとは教えてこなかった。けれど彼女は、


<獰猛なアクシーズとしての本能>


は失ってはいないしな。


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