閑話休題 「夷嶽移送作戦」 前編

新暦〇〇三五年一月九日




こうしてなんだかんだと日々が過ぎゆく中、黎明れいあに授乳していたビアンカがふと言い出した。


「アリアンが使えるようになったんだから、夷嶽いがくを麓に移送することはできませんか?」


「おお!」


「確かに!」


俺とシモーヌは声を上げる。


そうだ。夷嶽いがく牙斬がざんと違って数トンはあるその巨体の所為で、ドーベルマンMPMを使って誘導するしか遠ざける方法がなかった。しかし、最大積載量十五トンを誇るアリアンがあれば、夷嶽いがくの基になったのであろう鵺竜こうりゅうと仮称してる巨大生物達が暮らす場所に移送することも不可能じゃない。


となれば、善は急げだ。


ビアンカと久利生くりうの協力も得て(と言うかほとんど二人が考えたものだが)作戦を立て、ドーベルマンMPMやドライツェンシリーズではさすがに荷が勝ちすぎていると思うので、エレクシアを派遣することにする。一応、助手的な立場でグレイとドーベルマンMPM二機も随伴させるが。


「それじゃあ、よろしく頼む」


シモーヌが、詳細な夷嶽いがくのデータから作った専用の麻酔をエレクシアに持たせ、アリアンに迎えに来てもらい、夷嶽いがくの下へと向かう。


なお、こっちの集落の真上まで来るとさすがにそう達のアリアンに対する反応のこともあって、じゅんしんえいやレッド達を怯えさせてしまう可能性もあったので、少し離れたところで合流。ワイヤーで吊り上げてもらってアリアンに乗り込んだんだ。


で、この時、当の夷嶽いがくはどうしていたかと言うと、ドーベルマンMPM<十七号機><二十三号機><二十五号機>の三機を、諦めることなく追っていた。その執念深さは本当に頭が下がるよ。しかしそのおかげもあって、すでにコーネリアス号から直線距離にして五百キロ以上離れていた。


なお、夷嶽いがく自身の健康状態はすこぶる良好。俺達が暮らすこの台地の麓に生息する鵺竜こうりゅうの中に夷嶽いがくの近似種もおり、場合によっては繁殖も可能という結果が出ていた。


やっぱり、野生に生きる動物であれば、その機会は欲しいじゃないか。それに、夷嶽いがく牙斬がざんのように人間に対する異常なほどを憎悪を持っている個体でも、人間の気配さえなければ普通に野生動物として生きてる。牙斬がざんでさえそうだ。だから、麓に行けばそれこそ人間と邂逅する可能性はなくなるわけで、夷嶽いがくも『野生動物としては』平穏に生きられるだろう。


それに、野生の中で生きて死んでいくだけなら、<さらに強力な怪物>が生まれてくる可能性もほぼないはずだしな。


こうして<夷嶽移送作戦>は、淡々と進められたのだった。


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