モニカとハートマン編 想定以上

ルコアの腰から下は、鱗がなくイルカやクジラのような皮膚をしていることを除けば蛇のそれとほぼ同じ構造をしている。だから、瞬間的に頭の部分を飛びかからせたりする分には大変な速度を出せるだろう。しかし、脚を持つ動物ほどの移動速度を出すのは決して得意ではないはず。


なのに、この時のルコアは間違いなく人間の短距離走選手を上回る速度で奔った。彼女が持つ潜在的な能力が、それを可能にしたんだろうな。モニカも追いかけるが、距離が縮まらない。


解析された遺伝子から彼女の運動能力についてシミュレーションも行っていたが、それ以上だ。機知の生物のそれを基にしたものでは十分じゃなかったか。


加えて、未来みらいの危機に、自分より小さな子が危険に曝されているということで心理的なタガが外れて、普段は出せない力を発揮している可能性もある。


彼女は本質的に優しい子だからな。


しかし今は、さすがに無謀だ。加えて、久利生くりうが立てていた<作戦>に支障が出るかもしれないし。実際、ドーベルマンMPMらは、万が一のことを想定して射撃をやめてしまうという形ですでに影響が。


さりとて、すべてが思い通りになるわけじゃないのも、人間というものの本質だ。久利生くりうもそれをわきまえていることで、多少の焦りは見えたものの、大きくはうろたえていない。


ただ、未来みらいの運動能力については想定以上だっただろうな。


テレジアも、決して遅くないのに追いつけない。それでいて、直線距離ではむしろ牙斬がざんに近かったルコアが、未来みらいに追いすがる。


だが、自分に向かって走ってくる未来みらいの姿に気付いた牙斬がざんが、


「ガアアアアアアアアッッ!!!」


と激しく咆哮した。と同時に、弾丸のように奔る。進路上にいたドーベルマンMPMを一瞬で蹴散らして。


未来みらいっっ!!」


さすがにこれには、久利生くりうも声を上げてしまった。散弾が込められたショットガンを構えるものの、散弾だからこそ、未来みらいにも当たってしまう可能性がある。


しょう龍然りゅうぜんに追い詰められた時、俺は咄嗟に、しょうにも命中する可能性を知りつつアリゼとドラゼに龍然りゅうぜんを撃つことを命じた。


だが今回は、しょうよりもずっと体が小さく幼い未来みらいだ。しかも、自動小銃の弾丸よりも粒が大きく重く、打撃力を持たされたものが一発でも当たれば、即死に至る危険性も高い。


だからこの時、引き金を引けなかった久利生くりうを、俺は責めることはできない。俺だって撃てなかったかもしれないしな。


それに、未来みらいも、途轍もない<センス>を見せ付けたんだ。


襲い掛かってきた牙斬がざんの爪をすんでで躱し、なんと腕に蹴りを入れてみせるという。


もっとも、例によって例のごとく、俺には何をやってるのかさっぱり分からなかったから、後で映像を見返してようやく分かったんだが。


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