当編 微かな変化

新暦〇〇三三年四月十二日。




ルコアが保護されてから一ヶ月。


正直、いまだに完全に安定したとは言い難いものの、ここでの生活様式にも慣れてきたようなので、一度、ビクキアテグ村に行ってみることになった。


ビアンカとしても、一ヶ月ぶりの帰還だ。


ここまでにも通信ではやり取りしてきてる。ビアンカはそれこそ毎日、久利生くりうに励ましてもらって精神の安定を保ってきた。


どうしても、精神的に不安定な状態の人間を相手にしてると、そっちに引っ張られがちになるのも人間というものだからな。ビアンカの精神が健全な状態に保たれていないと、ルコアにも悪影響が出る可能性があるし。


それと合わせて、ルコアも、あかり久利生くりうとの対面は済ませてある。そして何度か、画面越しだが言葉も交わしている。


あかり久利生くりうも、


「何も心配要らないよ。私達がついてる」


「そうだね。僕も、君と同じく透明な体を持つ者だ。でも、今では子供もいて、とても幸せだよ。僕達の家族として、君を歓迎する」


本心からそう言ってくれた。


あかりは俺の下で、シモーヌにも育ててもらったし、久利生くりうは惑星探査チームの一員に選ばれるような人間だ。相手を敬い和を尊ぶ人間性であることは折り紙つきの優秀な人材でもある。


きたるはクロコディアではあるものの、やはり俺達のところで育って、完全な野生のクロコディアとは一線を画すメンタリティを持ち、<仲間>と見做した者に対してはすごく穏やかに接してくれる。


まあ、あくまでも<クロコディア基準>ではあるけどな。それでも、明らかに自分にとって<敵>とはなりえない者に対しては無闇に攻撃的な様子も見せない。


ビアンカに対しても、今から思えば実は最初からそんなに警戒してなかったし、ルコアのことも、たぶん、大丈夫だろうとは予測してる。


もちろん、楽観視はできないから、ビアンカもあかり久利生くりうもテレジアもグレイも、最大限、注意は払ってくれるが。


ということで、ビアンカに抱かれて(巻き付いて?)迎えに来たグレイと共に歩いて村に向かう。


五キロほどの道程で、ルコアは、この世界にゆっくりと触れた。


草原を渡る風。土の匂い。草の匂い。そのどれもが、命に満ちたものだ。ここには本当にたくさんの命が生きている。ルコアも、その中の一つなだけなんだ。


ビアンカは言う。


「ルコア。私達はこの豊かな命に満ちた世界に生まれたんです。そして出逢った。あなたの両親に比べればきっと頼りないでしょうけど、それでも、私達はあなたと共に生きたいと思う。だからお願いです。私達と一緒に生きてください」


それがどれほどルコアに届くかは分からない。ただ、間違いなくビアンカの本心なんだ。




と、そうしてルコアがビクキアテグ村に向かっている途中、<あたるの嫁(仮)>の方にも、微かな変化が見られた。


どうやら妊娠したらしいんだ。


たぶん、あたるの子を。


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