走・凱編 前はこうだったから今度も

もし、ヒト蜘蛛アラクネに家族を食い殺された者がいたとしたら、そいつはビアンカを憎むだろう。俺だってその立場なら憎むと思う。


しかし、現に俺はそういう立場にない。その立場にないということは、また別の判断をする必要があるということでもある。客観的に俯瞰的に物事を見るということだ。


ヒト蜘蛛アラクネは間違いなく<人喰いの獣>だ。非力な人間なんてそれこそ都合のいい餌だ。その事実は事実として認めた上で、もし従来の類型に当てはまらない事例を確認した時には、それについて判断しなくちゃいけない。それが上に立つ者の役目だ。


いくらそれまで言ってたことと矛盾しようが、朝令暮改のように下の人間に思われようが、現実に則した対応をするのが責任というものだと思う。


実際に、ヒト蜘蛛アラクネとは違う生態を持つビアンカについては<保護すべき人間>なんだ。ヒト蜘蛛アラクネに家族を食い殺されたことで恨んでいるのがいたとしても、その恨みをぶつける対象としてビアンカは相応しくない。ヒト蜘蛛アラクネが憎いからといってビアンカを憎むのは筋が通らない。


それを提示しなきゃいけないんだ。たとえ、<ヒト蜘蛛アラクネに家族を食い殺された遺族>から反発を受けるとしてもな。


無論、俺の判断が常に正しいとは言わない。結果として間違っている時だってあるだろう。だからこそ、俺の家族が全員、盲目的に俺に従う必要はないんだよ。じゅんがビアンカに対する警戒を解くことができないように、そういうのが存在することで全滅が回避されることもあると思うんだ。


反論があるなら言ってくれればいい。俺はそれについては耳を傾ける。耳を傾けた上で、総合的に判断する。


たぶん、俺が普段からそういう姿勢を示してるから、皆は俺をボスだと認めてくれてるんだろうな。ただ単に独善的だったら、たぶん、こんなに穏やかな関係じゃなかったと思う。


何かといえば衝突して、その度に俺が強権を発動して従わせる形になって、不平不満を醸成していったんじゃないかな。


最終的には俺が決断しなきゃいけないとしても、最初から聞く耳を持たないという態度は、むしろ悪手だと感じてる。話を聴いた上で、徹底的に検証した上で、


『残念だがそれは聞けない』


という場合もあるだけなんだろうな。


ヒト蜘蛛アラクネに家族を食われた遺族が、ビアンカについて、


『どうせこいつもいつか人を喰うんだろ!?』


と主張したとしても、それについて耳を傾けた上で、


『その主張は聞き入れられない』


そう決断するのが役目だと思ってる。


大体、人を襲うという危険性だけなら、じんふくようの方がはるかに高かったはずだ。しかし、生態として人間を襲う危険性は高いのも事実でも、必ず襲うわけじゃないこともまた事実だというのを、俺は自分自身を被検体として試したんだ。その俺は今もこうして生きている。


ただし、それが常に上手くいくとは限らないことも承知してる。


だからこそ、個別の事例で、その都度その都度、判断しなきゃいけないんだよな。


『前はこうだったから今度も!』


というのは実は必ずしも通じないんだよ。


安全、危険、どちらの場合においてもな。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る