順の変化(これはこれは)

新暦〇〇二四年十月二日。




さらに淡々と、毎日は平穏に過ぎていき、あっという間に一年以上の月日が流れた。


それでも、僅かに変化はある。


「おと…さん。いてき、あす」


そんな風にたどたどしく話しかけてきたのは、じゅんだった。じゅんが、言葉を話してるんだ。


「可能性としてはゼロではないとは思っていましたが、まさか本当に、片言とは言えここまで喋れるとは……!」


じゅんが初めて俺達の前で言葉らしい言葉を発した時、シモーヌは感嘆の声を上げた。


少なくとも俺よりは知識のある彼女には、それがどれほど容易ならざることか分かってしまっていたんだ。


それは、ひかりあかり、二人の根気強い努力がもたらしたものだっただろう。


と言っても、二人も実際にじゅんが喋れるようになるとまでは思っていなかったらしいが。


「いや~、やってみるもんですな」


とは、あかりの弁。


「人間の言葉は喋れなくても、私にはじゅんの言ってることは少しなら分かるから」


というのはひかりの弁。


そう。元々、ひかりあかりも、じゅんの言ってることはある程度分かるから、意思疎通についてはそんなに問題じゃなかったんだ。だから焦る必要もなく、ただ遊びのようにしてじゅんに人間の言葉を教えてやることができてたようだ。


じゅんにしても、楽しく学ぶことができてたから素直に頭に入ってきたんだろうな。


言語野が急速に発達する乳幼児の時期に覚えないと言葉ってのは身に付きにくいらしいが、大人になってからも新しい言語を学ぶことは不可能じゃないし、ましてやボノボ人間パパニアンには、非常に簡潔とはいえ言語にあたるものがあって、しかもそれは群れごとに微妙に違っているから、<この群れ特有の言語>として、じゅんも受け入れることができたというのもあるのかもしれない。


いずれにせよ、いくらかでも人間の言葉を話すようになったことで、じゅんはますます人間らしくなってきている。


もっとも、ひかりへの熱愛アピールも以前に比べれば格段に減ったとはいえ気持ちが高まってくると抑えが効かないらしく、以前よりもさらに大きくがっしりとしてきた体で跳び回るものだから、まあ家が傷む傷む。


しかし、今の家は本当の仮設の小屋同然のそれだから音が周囲に響く響く。で、やり過ぎると、ほむらに、


「五月蠅い!」


とばかりに、


「があっ!!」


と吠えられるので、シュンとなってしまうことも多いが。この辺りは先輩による後輩への<指導>なのかもしれない。


人間が大声で怒鳴るとパワハラにもなりかねないものの、この辺りはボノボ人間パパニアンの習性ということで大丈夫だろう。それに人間のパワハラ常習犯のようにしつこくもないしな。


パワハラで訴えられる人間はその辺りをわきまえてないんだろうなと思ったりもする。


『一喝する』というのは、文字通り、一発で簡潔に決めなきゃいけないんだろうな。


しつこいのは下策なのかもしれない。


いわゆる<切れキャラ>でありながら好かれている人間は、カラッとしてるところが好かれてたような気もするな。


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