いんでぃたーみね・かたるしす

プロローグ

日常を作るのが人間なら、その日常を壊すのは人間である。それは一例にしか過ぎなくて他にも天災など、案外日常という物は脆く壊れやすい。なのに人間は日常という物に依存しすぎて壊れてしまったときの事を考えていない。人間や天災に壊されてしまっても人間は膨大な喪失感に打ち拉がれるうちひしがれるのだが、今回のは異例であった。


突然ドス黒い煙のようなものが真っ昼間から現れ、みるみる内に大きな人型に変化した。非現実的であるが、咆哮をあげるとそれは紛れもない現実なのだと人間達に思い知らせた。

「なっ、何なんだ!?あの怪物は!?」

「逃げろ!そんなこと言ってる場合か!!」

たちまち街中が阿鼻叫喚にうって変わる。ビルなどの高層建築物は障害物として人間達に思わぬ形で最初は役立っていたのだが、たちまち怪物はこんなもの壊してしまえばいい、と学習したのか、大きな腕で真っ二つにして薙ぎ倒していく。土煙や、瓦礫らが逃げ惑う人間に襲いかかる。瓦礫の下敷きとなり人間だった肉片から出る、血液特有の鉄の匂いが鼻を奥を劈きつんざき、生き残ることがどれだけ無謀か、それでも逃げなくてはならないことを脳内にアナウンスする。

「皆さん、避難を!」

「どこに避難すればいいんだよ!殆どの建物はアイツに踏み潰されちまったじゃないか!?」

「くそっ、逃げろ!逃げるんだ!」

棒になった足を鞭打って、打ち拉がれる暇もなく、酷く荒れた焼け野原を人間達は駆けていった。


「なんてことだ」

怪物撃滅のために到着した自衛隊員の一人が意気消沈に呟いた。それでも国民を守るためにいきなり怪物に立ち向かうことを余儀なくされた自衛隊員達は戦車や航空機を主に使い、自衛のための総攻撃を開始したが、全く効いていないようで自衛隊員達の戦意喪失を掻き立てる。それでも、もしかしたら少なからず効いているのかもしれない、と信じて攻撃をやめない。しかしそれが癪に障ったのか怪物は一つの戦車を狙って大きな足を踏みつける。バキャリと悲しい音を立て、かつては戦車だったガラクタにくっきりと足の跡をつけていく。血がところどころで染み出ている。他の隊員は戦いたおののいた。戦意喪失どころではない。自らの命を落とすかもしれないのだ。それか防衛のために、望んで命を散らすかの二択しかない。

「私達が竦んでどうする!やるしかないのだ!」

「ウォオオオオォオオオオォオッ!!」

まるで人間魚雷と比喩すべきと言っていいだろう、他の戦車達は怪物に歯向かっていき、その勇気が功を成したのか怪物は呻き声をあげ少しずつであるが体が小さくなっている。しかし無我夢中で火砲を打ち続けているため、至る所に被害を増やしていく。建物が崩れ落ち、砂煙は絶えず、炎はたちまち広がり、ある人間は逃げ惑うことしかできず、ある人間は瓦礫に埋もれて逃げることもできず、ある人間は戦車の砲撃で致命傷を負った。悲しいことに怪我を負った者は他の人間達に見捨てられていき、暗く深い絶望の中で尊い命を落とした。深く暗い絶望の中で、名も無き怪物に憎悪と恐怖を抱きながら。見捨てた者も自分のしたことに一旦は罪悪感を抱き、それでも自身の防護のためには仕方ないと正当化し、そして犯した罪を忘れてひたすらに走って逃げた。


怪物はどんどん弱体化していく。小さくなっていき、ついには一般男性並の大きさまでとなった。破壊活動が停止し始めたのは良いのだが、人間並の大きさということは砲撃を当てるターゲットがグッと縮小されてしまい、攻撃が困難となることを表していた。自衛隊は戦車での攻撃を停止し、自衛隊員が支給された機関銃を使い怪物の殲滅を続けた。全ては国の防衛のために。どんな犠牲を払ってでも。


その様子を聞いた防衛大臣はただ一言、「そうか」と嘆き、項垂れたうなだれた。防衛のためとはいえ、その攻撃であまりにも多くの人間が死亡した。その事実を「あくまでこの攻撃は自衛のためであり、怪我を負ったり死亡するのは致し方ない」という理由で国民から許されるとは到底思わなかったからだ。少なくとも遺族からは絶対に。けれど自衛隊を派遣しなくては、更に被害は増していたのだろう。私にはあのような生まれて初めて存在を認知した怪物にどのようにして対処すれば分からなかった。私の方法が違うなのなら自衛隊を使って、怪物からの攻撃を防衛することは正解ではなかったのだろう。しかし、正解は今の時点ではなかったのだ、とそう思いたい。私にはどうすることもできなかった。なら、私が犠牲者の償いとして出来ることは怪物による攻撃の防衛方法の正解を作ることだ。怪物が現れたということは今後もこのような破格の力を持つ怪物が現れる可能性がある。その時に備えて、私は最善の方法を考えよう。考えるといっても全く持って私達人間は怪物の詳しい情報は知り得ることは出来なかったので手探りで探さないといけないのはかなり苦しいが。しかしもっと苦しんでいる、または苦しんだ人がたくさんいる。その人達のために、私は贖罪していくのだ。

どんな手を使ってでも、私は。


───。


私は作られたばっかりの地獄にきた。

自らの意志でディストピアと化したこの街にやってきた。逃げる群衆から逆走してわざわざやってきた。砂埃が舞って思わず咳が出る。ドロドロッとした血の匂いに思わず鼻を塞ぐ。…凄く酷い有様だった。建物は跡形もなく崩れ、辺りを見渡せば生命活動停止した人間がゴロゴロと横たわっている。それを見て緊張はしたが、恐怖はなかった。私もいずれすぐに屍の仲間入りをするのだ。と、思っていた。なのに着いた途端に拍子抜けた。傍若無人に破壊していた怪物もどきはもうどこにもいなかったのだ。

「つまんないの」

そう呟いた。鼻を塞いていた手を離す。再びつんとした血生臭い匂いが鼻に当たる。けれどもう慣れた。「慣れる」ことにもう慣れている私だからこそ、あえて鼻を「慣らして」いくのだ。受動的ではなく、能動的に。ここに来た意味がなくなってしまったので、せめてここでしか味わえないであろう血の香りを嗅いでおく。すんすん、ほうほう。やっぱり鉄だなあ。うーん、やっぱりまだ信じられない。怪物なんているわけない。確かにこの現状は人間がしたとは思えないぐらい凄惨だけど。この眼で見ないとまだ、


「なぜ逃げない?」

突然に後ろから声をかけられた。すぐには振り向かない。前を見据え、声の主を人間と仮定して尋ねる。

「貴方はなぜ逃げないの?」

「私に逃げるという必要はない。消え失せるのみ」

消え失せるの?普通の人間が自ら消えるなんて出来っこない。ていうか、こんな大災害なのに呑気に声なんてかけないよね。じゃあ、今私に話し掛けているこの存在が私の求めていた怪物なんだ。なーんだ、意外と人間性あるんだ。つまんない、つまんないの。

「私は貴方に用があってきたの、わざわざ」

「なぜ?今の私に出来ることは破壊だけ。」

「その破壊こそが私の求めるものなの」

「馬鹿馬鹿しい。破壊には何もない」

「私を殺して」

喰い気味に私は理由を告げる。こんなのらりくらりの会話に付き合う必要なんてない。自衛隊に見つかって保護されればここに来た意味がなくなる。とにかく私は早く殺してほしかったのだ。


「やだね。『殺して』って言われて殺すのは好きじゃない。まるで貴方の言いなりみたいだ」

じゃあね、と後ろの怪物は自らを消そうとした。本当に消えてしまいそうな予感がして、

「待って!」思わず後ろを向いた。そして怪物をこの眼で認識した。


似ていた。完璧に私だった。


まるで鏡を見ているようで、思わず息を飲む。それは相手の怪物も見て分かるように絶句し、顔を強張らせた。

私は驚きを隠せず嘘でしょ、と口をパクパクさせるばかりだったが、怪物、いや彼女は

ただ一言、「なるほど」と頷き、私の方をジッと見つめた。

「もう一つ、聞いていいか?」

「なんですか、早く殺してください」

「お前は幸せなのに何故死にたがる?」

「!」言葉が出なかった。

「私は幸せを知らない、ずっと不幸せだった。だけど死にたいとは1回も思ったことはない。死んで逃げるのだけは嫌だったからだ。まるで私とお前は正反対だな。まだ私にはやるべきことがある。お前には死ぬ前にやるべきことはないのか?」

「…分からない、私は自分が幸せかどうか分からない。やるべきことも分からない。けれどこれだけは言える、今の幸せはいつの日にか無くなってしまう。今日、無くなってしまうかもしれない。ならば無くなる前に死んでしまいたい」

「そうか」

そして彼女は私の顔の前に手を差し伸べた。

「こうしよう。交渉だ。私はこのままでは消えてしまう。お前は幸せのままでいたい。ならお前を一生幸せにしてあげよう。こんなふうになったおかげで得た能力を使って。」

「能力?まるでフィクションみたい」

「もうこの時点でフィクションだろう?人間が怪物になってる時点で。なんでも出来るようになってしまっている。だからありったけの力を使ってぼっこぼこにしてやったが、やはり邪魔が入ってしまった!あぁ、憎い!全てが憎い!まだ私はこんな腐った世界を破壊しなくてはいけない!だからこそお前の体を使って私は復讐を晴らすんだ!!」

地面がその怒りに呼応するかのように震える。大きく、脈打っている。

「ほら、なんでも出来るから幸せだろう?その代わりお前の体を共有することと死なないことを守ってくれれば、能力の無期限使用を許可しよう!」

「その交渉、本当?嘘なんてつかないよね」

「私は出来るだけ、能力を使わずに復讐を成し遂げたい。能力なんぞ、思う存分使わせてやる!」

「…わかったよ」

わ、の声で彼女はスルリと私の中に入っていた。体が拒否反応を起こす。そして私の中から声が聞こえた。奥底に響く、生温い声。

「交渉成立だ」


それから私は自衛隊に見つかり、無事に保護ということになった。怪物は結局撃滅ではなく、撃退という結果になった。あくまで撃退であり、私以外の全ての人間は怪物の最期を誰も知らない。また、弱体化のまま行方を眩ましたので政府は再び現れると予想し、怪物撃滅に特化した本部を設立し、5年後に正式に活動することになった。奇しくも私はお偉いさんにいの一番にスカウトされてしまい、そこに所属することになってしまった。政府が言うには怪物撃滅の力を持つのは成長途中の少年少女達らしい。証拠は何を隠そうこの私である。私を含め、子供を使って国を防衛するなんていよいよだな、と呆れつつも、私は怪物と戦うことになってしまった。その怪物というのは彼女の時よりも力は弱く、私では案外倒せるみたいだけれど他の少年少女達ではなかなか手強いらしく、そのため怪物と戦う際はほぼ毎回本部からお呼び出しを食らう。怪物を戦うのに怪物からもらった能力を使うのはさすがにどうかな、と思ったけれど彼女的には問題ないそうだ。他にも彼女の言っていた能力は小さなことでも使えるみたいでいつも食べているアイスをいつでも出せることに気がついた時はとても喜んだ。ちっちゃい能力使用だけど私も大きく能力を使うのはしたくない。出来る限り自分だけに、ちっちゃく使おうと思う。


能力のおかげで少しはつまらないことはなくなっただろうか?とりあえず、私は私の思うまま、そして彼女の望むまま、死なないで生きようと思う。死なないで、か。そう思えたのはいつぶりだろうか。昔の事を思い出しながらまた私はアイスを食べるのであった。冷たい感触がまだじんわりと残っていた。

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