第21話 これを突っ込んでやれよ

「旦那、これ以上は足が出るから、勘弁してよ~。」

 まだ、少女に見える商人は手をすりあわせて懇願した。実は、その顔よりはかなり歳は上なのだが。

「わかったよ。ただし、妻へのプレゼントとして、その紫色の奴と世話している連中に、その赤い奴三個をつけてくれ。」

「え~、殺生な~。でも長い付き合いをしたいから、姉さんに免じて、大損覚悟で…、持ってけ泥棒!」

 戦いで得た魔石や魔獣の重要部位などの交渉は、テルシオが、ややえげつなく行っていた。

「今回は、さすがにやり過ぎていなかったか?」

 終わってから、セスタは心配そうに尋ねた。.

「あいつが勝っているよ。ただ、あの紫なのは、あいつは気がついていないが、本当のそこそこの高位の魔石だよ。でも、あいつに教えてやる必要はないだろう。」

「耳打ちしたのは、どういうことだ?」

 金を支払う際に、商人が彼の耳元に顔を近づけて、何かを囁いたのだ。その後、金貨を一枚追加して渡していた。めざとくセスタは気がついていた。

 彼女が少し嫉妬が溢れながら尋ねたので、テルシオは、それに苦笑しながらも、

「勇者様がな、私達のことで商人達に情報を求めている、しきりにティカルやコパンに使者を送ってもいるなどだった。」

「んー。」

 セスタが、言葉が出てこないのを見て、テルシオは

「近いうちに、逃げ出さないといけないかもしれないな。」

と言ったものの、テルシオ自体が躊躇していた。

 それから遠からず、魔界の境界付近での仕事が終わった後、突然周囲を囲まれて、あの洞窟で得た、聖剣と魔石により、力を抑え込まれ、さらにご丁寧なことに、四肢を押さえ込まれた二人に、

「おまえら、王族などには判らぬだろな、我々庶民の苦悩などはな。」

 オウ達の目は憎悪に支配されていた。セスタではない、テルシオではないという言葉は通用しなかった。

「本当に夫婦かどうか、これをつっこんでやりましょうよ!ついでに旦那の尻もためしてやろうよ!」

 木の棒を握ったレカが叫んだ。彼等が、盗賊に掠奪された村でひろった少女だった。

「私を殺せ!妻には手を出すな!」

 テルシオが叫んでもどうしようもなかった。テルシオとセスタの下半身の鎧に手がかかった。二人の尻が出た時、凄まじい光が出て、全ての者が目が見えなくなった。

 素早く二人は起き上がった。身近の者が落とした剣を拾い、まず最初にそいつを切って、返す刀で勇者オウを二人はほぼ同時に切った。主要部分を聖鎧で守られていたものの、隙間はある。二人は、そこを切った。致命傷ではなかったが、怯ませるのには充分だった。その隙に、本当に一瞬の隙に、セスタは勇者オウの聖剣を奪った。テルシオは振り向きざまに、聖魔法石を持つ聖女にありったけの火球をぶち込んだ。

 彼女の魔力と聖魔法石、あの洞窟で見つけた奴だ。これで、二人の力を押さえ込んだのだ。こんな場合も考えて、下半身を無理矢理取ると、発動する魔法をセットした魔石をつけていたのである。あくまで、彼等の力を押さえていたのであり、このトラップには及んでいなかったのだ。及ばないようにもしていたのだが。

 オウは、足下に置かれていた、セスタから取り上げた彼女の聖剣を拾った。まだ、目が完全に機能を回復していなかったが、その視界の中に、セスタの手にあって輝いている聖剣があった。

「馬鹿な!」

 聖剣が、あれ程高位の聖剣が、勇者である自分以外の者の手にあることを拒否していないことに驚愕した。セスタの聖剣が、振り下ろされた。紙一重で、致命傷になることを避けた。しかし、痛みが走った。聖鎧が切り裂かれ、体まで達したのだ。

「勇者様!」

 女騎士が、勇者の前に立ち塞がった。

「皆、勇者様の援護をしないか!」

 慌てて、セスタを取り囲もうとし、魔道士が魔法攻撃をかける。雷電玉を弾き返しながら、セスタは一人一人倒していった。勇者も加わったが、傷ついて体の動きが鈍く、聖剣を持つ彼女を圧倒できなかった。そのうち、それ以外の連中を倒したテルシオが加勢した。彼の手には、いつの間に取り戻したのか、彼の聖剣があった。セスタに対峙して、勇者をかばうように斬り倒された女騎士を見て、慟哭の叫びをあげながらも勇者オウは必死に戦った。しかし、力を発しないセスタの聖剣と傷ついた体のため、2人に完全に押された。それに、剣も、体術も、魔法も、技術的には二人の方が上だった。二人の聖剣が、勇者オウの鎧を貫き、体の奥底まで刺し貫いた。返り血が二人の体にかかった。口の中にも、血が入ったほどだ。ドサっと、勇者の体がうつ伏せに倒れた。

「よくも、勇者様を!」

と向かって来る者、魔法や矢を放つ者を斬り、火球等の攻撃魔法をこれでもかと撃ち込んで倒した。逃げる者も、結界に閉じ込めて、それ以上進めなくなったところを斬り倒した。動ける者がいなくなってから、とどめを刺してまわった、無造作に、無言で、無表情で。

「勇者様、勇者様…」

と言い続けながら、必死に這い続けた女魔道士も、

「勇者様、今、回復を。」

と、動けないながらも、腕を伸ばしている女魔法修道女も、無言で、剣を掴もうとしていた女騎士聖騎士も、同様にとどめを刺した。

「お前達、王族は情けを、愛を知らないのか?」

断末魔の声を上げた勇者オウにも例外ではなかった。そして、少し離れたところで腰を抜かして恐怖に震えている少女に、二人の視線が向けられた。

「レカ。お前を助けて、世話してやったのにな。」

 セスタが少し歩み寄って言った。あわあわ、と声にならない声を上げながらも、何故か先ほどの棒をまだ手に握りしめていた。

「フン。命は助けてやるから、何処へでも行け。」

 この言葉を受けたせいか、渾身の力で起ち上がった彼女は、

「お前らなんて、家族なもんか!嫌で嫌で仕方がなかったんだよ!レコもアシァも同じだったんだよ!いつか、殺してやるから。」

 叫んで背を向けたところを、セスタとテルシオ魔法斬撃が切り裂いた。

「余計なことを言わなければ、死なずに済んだものを。」

 テルシオが呟いた。


 

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