第3話二人の過去2 セスタがテルシオに相談
「のう、テルシオ殿。折り入って相談があるのだが、今日は時間がおありか?」
ソウコウの私塾での鍛錬、勉学が終わって帰りかけたテルシオに、セスタが声をかけた。周囲が、二人に気付かれない程度に耳目を向けた。
「特に、今日はこの後は特段の予定はありませんが…。一度戻ってから、セスタ様の元にお伺いしましょう。それでよろしいですか?」
彼が戸惑いを隠せないながらも答えると、
「申し訳ないが、そうしていただければ助かる。」
そういうと、足早に行ってしまった。
「相変わらずだな。」
彼女のいつもと変わらぬ素っ気ない行動に苦笑すると、自分も従者が待っているところに急いだ。馬車の前には従者が待っていた。馬車のドアを開けながら、
「コパンの王女様ですよね、何をお話しになっていたのですか?」
彼はニヤッと笑い尋ねた。
「相談があるのから、後で来てくれということだ。一旦戻って、着替えてから、コパンの王女様の邸宅に出向く。」
正直に答えた。隠すことではないし、彼は上司にテルシオの行動を報告するのが役目だったから、下手に隠し事をすると、お互いに面倒なことになるので、それは避けたかった。
テルシオもセスタも、もうすぐ15歳になる。ここチチメカ国に来て3ヶ月が過ぎた。ティオティワカンに1年少し滞在した後、相前後して、3人はそれぞれ帰国した。セスタは帰国後、ほどなくして、ふたたび外国生活を命じられた。それが、チチメカ共和国である。共和国とはいっても、寡頭制の貴族の連合国家である。大きな王宮がないため、彼女は首都に、邸宅を提供され、そこで生活している。偶然にも、テルシオも、今回も同時にやって来た、今回はひとりで。また、ソウコウも、少し前から首都の郊外に私塾を開いていた。政庁での、評議員達との会見後、その足で競うように、彼の塾に赴いた。テルシオは、政庁を挟んで、首都の反対側に邸宅を与えられている。セスタの邸宅より、一回り小さいと、命じてもいないのに、見てきたセスタの侍女が報告した。その表情からは、優越感が感じられた。どうでもいいことでもあると言えるし、ティカルとは対立しているわけではないし、テルシオが側室の王子であり、王位継承順位13番目であること、セスタの母は正室で、彼女は王位継承順位6番目であることから、この国が勝手に配慮したことである。しかし、最近、そういうどうでもいいいことも、それなりに重要であり、自分もそのための役割を演じなければならないと彼女も感じるようになってきた。
テルシオは、自分の屋敷に戻ると急いで、略式の騎士の礼服に着替えると、侍女長と執事、護衛隊長にあらましを伝えて、急いで馬車に乗り込んで、セスタの屋敷に出発させた。馬車のドアを閉めようてした時、悪友でもある若い護衛隊員が飛び込んできた。
「王子の初めての恋路を見逃しては、残念無念、残念至極、一生の不覚ですからね。」
と荒い息で、彼をからかった。
「そんなものではないぞ。」
「大丈夫、私がフォローしてさしあげますから、男女の恋のやり方を。」
彼は笑って言った。釣られて、テルシオも苦笑した。10分程で馬車は目的地に着いた。彼の訪問は、まだ伝わっていなかったのか、馬車で暫く待たされた。屋敷の中には、彼だけが通された。
「王子。頑張って。」
冗談ぽくいっているが、彼が自分の役割を十分理解しているのを、テルシオは分かっていた。
通された居間には、騎士の、しかも男性の略礼装を着たセスタが立っていた。”似合ってはいるが。“と思いつつも、一瞬見とれるほど彼女は美しく凛々しかった。彼女は、テルシオを案内してきた侍女と騎士にさがるように、テルシオと二人だけの話ある、と告げた。二人は、躊躇したが、黙って引き下がった。
「よく来てくれた、まずは座ってくれ。」
と言って、豪華な彫刻が施されている長椅子に自分も座った。彼も頭を下げた後、彼女の向かい側の長椅子に座った。
「ご相談とは、何ですか?」
単刀直入に尋ねた。
「実は、淑女方を招くには、どのようにしたらよいか、教えてもらえないか。」
「は?」
テルシオは、呆気にとられた。間抜けな顔をしているとは思いつつも、
「そのようなことは、侍女達に任せればよろしいでしょう。母も姉もそうでしたよ。」
彼女の侍女に聞かれてもまずいがと思い、声を低くして指摘した。
「いや、私自身がどうしたらよいのかがわからんのだ。侍女も、経験が少ない者が多くてな。」
彼は、彼女が出席している数少ないところが、騎士とかが集まるパーティーで、彼女は男装で出席していたのを思い出した。”まあ、それはそれで似合ってはいたが。”とも思ったが、姉のことも思い出した。王女として社交界で何がしかの影響力をというのは義務に近いことだと思うと、それではいけないのだろうな、とも思った。彼も、各国王女達やこの国の有力者の婦人や娘の主催する宴に、面倒くさいと思いつつも、足繁く招きに応じて出席していたのは、同様な理由からだったことを思い出した。
「分かりました。私が思いつくことはお話しいたしましょう。」
と言って、最近の流行から、評判の宴などを解説した。
「百聞は一見にしかずですから、今日、私はマルケス侯爵婦人の夜会に招待されていますから、侍女も同行して、私と一緒に出席しませんか?」
セスタは少し驚いた表情をした。
「しかし、招待もされていないのに出向くのは失礼ではないか?」
「私と同伴なのですから問題ありませんよ。それに、サプライズはつきものですし、良きサプライズは宴の主人の評価を高めるものですから。それが、セスタ王女様なら、宴の主が悦ばないはずはありませんよ。」
「そうか。では、喜んで申し出をお受けしよう。」
自分自身を納得させようとするように、何度も頷いてみせた。
そのままでは、男装で来かねないと思ったので、令嬢の衣服でと付け加えた。どういうのがいい、と更に質問されたので、侍女に相談するのがいいのですよと言いつつ、自分の好みを、あくまで参考として、さりげなく彼女に提案した。一度戻って準備してから迎えに来るので、セスタも準備しておいてほしい旨言ってテルシオは戻っていった。その後、セスタは、侍女達を呼んで、ことの仔細を伝えた。侍女達は、初めは彼女が最初に他国の王子に相談したことに少し不満気な、戸惑った表情をしていたが、すぐに誰がついて行くかで大声で揉めはじめ、自分達の女主人についに女性の装いをさせられるということに目の色を変えて騒ぎ始めた。あれでもない、これでもないとセスタは着せかえる人形のように、侍女達に扱われているようにしか、彼女には思えない状態になった。
「適当で良い。」
いい加減面倒になって言っても、
「そういうわけにはまいりません!」
「そうです、セスタ様。相応しいお姿をしなければ、わが国の威信に傷をつけることになるのですよ。」
「姫様のお美しさに相応した装いを、が必要なんです。」
興奮したように言いたてる彼女達に、さすがのセスタも逆らえなかった。
「どうじゃ?高い背の我には似合わないのではないか?見苦しいのではないか?」
日が暮れてから、迎えにきたテルシオが、馬車を降りて待っているところに、如何にも着慣れないという風情で、侍女一人を伴ったセスタが歩いてきた。
「本当にお美しいですよ。」
本心からテルシオは言った。
「それに、少しばかり背が高いことが、気になられるのであれば、わたしの傍に立たれればよろしいと思いますよ、そうすれば目立ちませんから。しかし、本当に凛々しく、お美しいと思いますよ。」
彼女は、派手ではないが、濃い色のドレスを著ていた。上質なものだとすぐ分かるものだったが、濃い色が、彼女の背が少し小さく見せている。身につけている宝石をちりばめた飾りも、上品なものであり、極めて高価なものだと一目で見てとれた。テルシオは、白色を基調とした礼服を著ていた。逆に、彼をより大きな見せていた。並べば、二人の実際の身長差以上に身長の差があるように錯覚するだろう。
「さあ、いきましょう。」
馬車の中で、テルシオは、これからゆく夜会のことや女主人のことを説明した。セスタは、緊張した面持ちで、黙って聞いていた、時折頷きながら。
彼女の手を取り馬車に導いた。
「テルシオ様。今宵は、来られないのではないかと心配しておりましたわ。おいでいただけて、光栄ですわ。おや、その方は?まさか・・・。あら、セスタ様?これは、よくおいでいただきまして。これは、なんと大変な名誉でございますわ!」
二人を迎えた女主人の表情は、輝いた。このような夜会に、しかも女性の、華やかな衣装でのセスタ王女を迎える最初の名誉を自分が得られたと感じたからである。テルシオは素早く彼女に歩み寄り、挨拶をし、耳元で
「武骨な私は、奥様の上品な宴に出席するのはどうも心細く、旧知のセスタ様にご同行していただいたのです。それから。」
「そうでしたか。それから、とは?」
「奥様のご趣味が良いという評判をセスタ様は耳にしていて、奥様の夜会を参考にしたいとお考えなのです。」
「まあ、それは。」
更に彼女の顔は輝いた。
「さあ、お二人さまとも、早くお入り下さいませ。他のお客様も、セスタ様とテルシオ様がおいでになったことと知ればよろこばれることでしょう。」
二人を押すように招き入れた。
「何を言ったのだ?」
テルシオは、正直に言った。セスタは怪訝な顔をした。
「彼女の虚栄心を刺激しただけですよ。」
「お前は、案外したたかだったんだな。まあ、それはけっして嫌いではないぞ。」
二人は、腕を組んで館に入って行った。
その後、2人は度々、そのような会に出席し、セスタ王女も高い身分の女性達を招いた会を主催するようになった。そこにも、彼女に寄り添う彼の姿があった、本当は彼女が彼に寄り添っていたのだが。
この頃から、2人の行動はやや奔放なものとなっていった。
魔族の侵攻があった。小規模なものだったが、受けた国がさして大きくもない、軍事力の大きな国ではなかったため、2人の師にも参加を要請してきた。師は、快く承諾したが、テルシオとセスタも、それに付き従った。無論、彼らのお付きの者達は大反対だったが、
「コパンの王女も参加するらしい。」
「ティカルの王子が加わって、コパンはそれに相当する者がでない、では各国から侮られる。」
と互いに互いを利用して加わったのだ。2人の活躍ぶりは素晴らしく、なぜだか、大抵2人が協力して奮戦する形になっていた。
「両国が合力して戦う時の手本になりますな。」
とこめかみをピクピクさせながら、2人のお付きの者達は、年配の上司達だが、“こんなところで、予行演習などする必要はないのに。困ったものだ。”と思っていた。それも終わって、彼らがホッとしていたら、今度は2人はそっと抜け出して、街なかや郊外に2人だけで出歩くようになった。そのうち、郊外、かなり首都から離れたところで、盗賊団に襲われることになった。密かに2人を監視していた近臣達が助けに加わる前に、2人はその盗賊達を倒してしまったが、大問題になった。
「セスタ王女を危険な目にあわせないで頂きたい。」
「それは、当方のセリフである。大体、あのようなこと、失礼ながら、王女としての慎みが欠けておられるのではないか?」
「セスタ様を侮辱しないでもらいたい。側室の女を母とする王子とセスタ様のように、正室を母となされ、王太子殿下と同腹の王女とは立場が違う。」
「そのようなこと関係ない。そちらこそ、テルシオ様を侮辱しないでいただきたい!」
と両国の外交使節の間で激しい批判の応酬に発展してしまった。ただ、事を荒立てるのは不味い、2人の名誉の問題もあるということで、2人の行動を監視することで一致した。それから程なく、2人は帰国することになったが、それは以前より決まっていたことではあった。ただし、事情を知らない者達の間では、この事件で2人が引き離されたという噂が流れた。
テルシオから言わせれば、セスタが本当の市井のことを見ていないのではないかと悩んでいたので、お忍びで出歩るいたらどうか、必要なら自分もつき合うが、と言ったところが、それはいいとセスタが誘ってきたのである。一度やってみると興味が尽きず、再三、密かに連絡してくるようになった。
「どうやって忍び込んだんですか?」
ある朝、窓を開けると、外からセスタが飛び込んできた事すらあった。
「うるさくてな、最近。連絡が中々できなかったのでな。」
と悪びれることなく、あっさり言って、彼を呆れさせた。彼は、わざと近臣達にばれるように、そして、セスタのことも彼らからコパン側に伝わるようにして、後ろから隠れながらついて来る彼らに気が付いても、振りきらないようにしていたのだが。それでも、彼女の誘いは嫌ではなかったし、それどころか、待ち遠しく思っていたくらいだったので、敢えて反論はしなかった。
ただ、どちらにしても、それは悪友同士の思い出程度のことに過ぎなかったが。
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