聖剣の姫と武門の王子は逃亡しました

確門潜竜

第1部 逃亡する二人

第1話お義理の出兵のはずが

 コパン王国王位継承順位第6位のセスタ王女は、天幕の中で、将軍達からの説明を受けていた。

「ティカル軍六千は、どう急いでも、ここまで二日間はかかる位置におります。」

 ラル将軍は、こう言って説明を終えた。彼らと地図を載せたテーブルを挟んで、彼らと同様甲冑を着込んだセスタ王女は、その見事な長い銀髪を自然なままにまかせていた。19歳、もう直ぐ二十歳になるはず、ながら初陣から4年、しかも常に戦場では先頭を駆け、常勝の戦姫として勇名をはせている。

「ティカル軍はこちらに向けて侵攻してくると思いますか?」

「既に砦は陥落し、マヤの元王太子夫妻は自害しております。戦略的目的は失っておりますから…。」

 マヤの前王が急死した。当然彼の長男の王太子が王位に就くべきはずだったが、前王の弟がマヤの新王に即位した。王太子が若年だというのが理由だった。確かに、22歳というのは経験が十分とは言えないが、王位が不可とするものではない。遣り手と評判の現王の策謀だ、というのが本当のところだったのだろう。前王の急死も怪しいところだ。王太子は、元王太子は、反乱を起こし砦に立て篭もり、ティカル王国に介入を要請した。これは現王の言い分であって、そう言ってコパン王国に援軍を要請したのである。本当は追い詰められ、コパン王国の支持を叔父が取り付けていたため、父王がコパンとともに友好策を進めていたティカルに、その関係でもって援助を要請して、砦に立て篭もった、自衛措置というのが真実だとコパン側も見ていた。

 しかし、国境を接した、格下の同盟者、通商路の一つが領内を通る等かけがいがないほどではないが、多少とも重要性があり、一応国内の大半の支持を取り付けて即位した王の要請を拒否することは得策ではなかった。逆にティカルにとっても、逆の意味で同様だった。だから、両国は出兵したのである。同時に両国とも、この内乱には直接的には関係なく、互いの関係は悪くもないので、実際に戦うことには乗り気ではなかった。

「ティカル軍は、このまま退却すると?」

「ティカル軍を率いるのは、テルシオ王子です。若年ながら、知謀の将です。」

 セスタ王女の周囲に、ピクッという空気が流れた。

”不味かったか?“

と将軍は一瞬焦った。しかし、王女は

「そうですね。戦いが避けられるのであれば、それに超したことはありませんね。ここで、雌雄を決する必要はありませんから。」

 将軍以下ホッとした。

“流石にセスタ王女は分かっている。” 

 問題の砦と王太子は、内部の裏切りで陥落し、王太子は妻とともに自害した。コパン軍が面倒なことをする前に終わったのだ。いたずらに戦いにはやる必要はないのだ。

 セスタ王女には、テルシオ王子とは、因縁がある、武将としても、それ以外でも、と将軍以下思っていた。だから、彼女がそこにこだわらないことに、あらためて感心した。今までも正しい判断をしてきたし、戦場では彼女のとっさの判断が危機を救い、逆転勝利をもたらしてきたのである。

「とは言え、ティカル軍が引き上げるまで、備えはおろそかに出来ませんね。また、マヤ王には、相応のものを献上させないといけません。交渉をしっかり頼みますよ。」

 彼女の言葉に、監査役の文官達も肯いた。会議は細部の対応を誰に命ずるかを決め散開した。

 「残念でございますわ。今度もあやつめを叩きのめしてやれましたものを、あの無礼なティカルの王子を。」

 セスタ王女の甲冑を、聖甲冑だが身軽さを重視したものだ、を脱ぐのを手伝いながら、一番年配で、彼女に、一番長く仕えている侍女頭が憎々しげに言った。

「あれは、彼の一存ではないことだし、無礼なこととは云えない。私はあの弟弟子に悪い感情はない。もちろん、今回も完敗させてやりたかったという気持ちもあったが。」

”今まで奴に勝ったと言えるか?“

 三度、二人は相対峙して、彼はその度に退却はした。しかし、その時は彼の側が遙かに少数だったりと、最初から彼にとって状況があまりにも不利だったし、彼は早々に退却し、追撃隊を巧みに撃破して、最小限の損害で逃げおおせている。彼女としては、上手く逃げられたと思っている。今度こそとも思わなくもなかったが、こんなつまらない状況で雌雄を決したくもないと思っていた。

 侍女が怒っているのは、すぐ潰れはしたが、彼との縁談話が持ち上がったことがあるからだ。二人が、過去知友と言える時期があったこともあり、ささやかではあるが、想い合っているという噂が囁かれている。

”馬鹿にしおって。“

 彼女もそう思っていた。お互いに婚約者がいたにもかかわらず、そんな話しが持ち上がったからだった。


「前王陛下や王太子陛下のご恩を忘れたか!」

 3人の男女の騎士の一人が大音声で叫んだが、対峙する十数人の、ほんの少し前まで仲間だった男女の戦士達の心には届かなかった。3人の後ろには、泣き叫ぶ2人の幼子を抱きしめる侍女がいた。

4人は、既に死を覚悟していた。

侍女は震えながらも、必死に目をしっかりと見開いていた。抱きしめる二人の幼子を守るための僅かなチャンスも逃さないために。雷鳴が、稲妻が、火の玉が、光の輪が見えた。半ば以上の男女が倒れた。すかさず矢とともに30人以上の男女の戦士が突入してきた。4人が身動きする前に全てが終わっていた。二人の男女、一人は侍女、もう一人は戦士、が駆け寄ってきた。

「若様、お嬢様。ご無事でしたか!」

「遅くなり申し訳ありません。」

“本当に遅い。”と3人が緊張が解けて崩れ落ちかけた時、黒髪の長身の若者が立っていた。軽装の甲冑にはかなりの返り血を浴びていた。幼子に向かって平伏していた男が慌てて紹介しようとしたが、その前に。その男は片膝をつき、心持ち頭を下げた。

「遅くなり申し訳ありません。ティカル王国王子、テルシオであります。ご無事でなによりでした。これより、我が国にお連れ申し上げますので、ご安心下さい。」

 その言葉を聞いて、慌てて、傷だらけの3人は平伏する。王太子の遺児二人を抱く侍女は、危険が去ったことを二人に伝えようとするが、泣きやむことはなかった。

 テルシオは立ち上がり、 

「マヤ王国王太子様のご令息、ご令嬢、そして忠義な侍女殿、騎士様方に馬を。その前に騎士の方々に手当てを。忠義を貫いて死んだものたちを丁重に運べ。忠義にむくいるために丁重に埋葬してさしあげないとな。我々もすぐに引き上げるぞ、急げ。」

と次々に指示を出した。

“目的は果たした。すぐに逃げないとな。” 

 慌ただしく動き出した。彼は、ひかれてきた自分の馬に飛び乗ると、自分の周囲が動きだすのを待った。

 彼は、王太子の籠もる砦で、裏切りが発生し、王太子は自害したものの、その遺児二人が侍女と僅かな忠義の家臣達に守られて脱出したとの情報を得たため、100名の騎兵を率いて大急ぎでかけつけてきたのである。敵地に僅かな兵では危険である。まして、今は大事な”客”がいるのであるからなおさら、急いで安全なところまで戻らねばならない。

「どうしますか?このまま、コパン軍と戦いますか?」

 側近で、昔からの付き合いのあるイーゴが声をかけてきた。難しい顔をしているテルシオが、黙っていたので、

「閣下は、セスタ王女と親しい関係ですからね。」

 悪戯っぽく笑った。

「でも、戦って勝って、というのもいいかもしれませんね。セスタ王女を捕虜にして…。」

 軽い冗談で言った。彼は、こういうことは人の見ていないところでしか言わないので、テルシオは敢えて咎めることはなかった。

「王太子を救うことが目的だった。それが適わなかったとはいえ、その遺児をお助け出来た。もう敢えて戦う必要はない。セスタ王女に借りは返したいが、無益な戦いをしたくはない。ここはすぐ、速やかに撤退して、本国に戻る。」

 翌々日、コパン軍の下に、ティカル軍からの使者が来た。セスタはテルシオからの手紙を読み、すぐに将軍に渡した。そこには、マヤの先の王太子の遺児をティカルで養育するために、ティカルにお連れするので、コパン軍も撤退されるようにとの旨が書かれていた。

「我が軍の撤収の時期に指図されるいわれはない。」

とだけ、セスタは使者に向かって言った。

 テルシオの手紙は戦うつもりはないとの通告であり、セスタも撤収のみについてだけ触れることで、攻撃の意志のないことを示した。お互いに、それを了承しあって、戦わずに撤収するはずだったし、互いにそう思ってホッとしたのだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る