食物語(タベモノガタリ)
モン・サン=ミシェル三太夫
第1話 てながエビエビ
徹夜で色校の出張校正を終えて、俺こと真田(さなだ)と同僚の北条(ほうじょう)は会社に戻らず、かといって社宅に直帰するわけでもなく、その足で「みさくら水産」に飛び込んで朝っぱらからビールを飲むという所行に出た。
ほとんど打ち上げの気分である。
なにしろ二十人以上の雑多なライターの尻をたたき、脅し、なだめすかし、逃亡する者を追い詰め、メシをおごり、やっとこさっとこ原稿といえそうな日本語の羅列をかき集め、しかし大部分をこちらで書き直すハメになった、かつてないほど難産な季刊雑誌の制作が完了したのである。
専任で関わっていた正社員は、俺と北条だけ。あとは、副編集長が絡んできたくらいで、実質二人の合作と言ってよかった。
「いやあ、よい経験になりましたな、ご同輩」
「終わってみれば、副編にたっぷり修行つけてもらったってやつだ」
一通りの行程とトラブルを経験してしまい、この次から「一人で一冊やってみろ」と言われても、なんとかなりそうな気がする。そんな自信をつけたプロジェクトだった。
「この店は、エビがでかくて安い。とにかくエビをたらふく食おう」
「南の島でとれた、ちょっと珍しいエビですよ」
店員が太鼓判を押す。
待っている間、ハイになった頭で、早朝のニュース番組を見る。
「いつもなら寝ている時間だな。いまどきのニュース番組って、こんな感じか」
テレビでは、「シカクタテナガエビ」という西表島固有のエビがその個体数を大きく減じたと伝えている。
それまで「準絶滅危惧」の指定だったのが、さらに絶滅の危険性を増して「絶滅危惧二類」に昇格したのだという。
「昇格っていうのか、それ」
「なんで減ったんだろう」
「天敵が増えて、食われちゃったのかなあ」
エビの唐揚げが来た。
「揚げたエビは、ビールに合うねえ」
「おまえ、もうすぐ健康診断だろ。控えめにしとけよ」
「ざけんな。会社のだったら、お前も同じ日だろう」
「俺はふだん節制してるから、一日の無法くらい問題ない。もっと注文しよう」
「ねえ、店員さん。このエビ、おいしいねえ」
「南の島でとれた、だいぶ珍しいエビですからね」
追加の料理を待つ間、やはりテレビを見る。ほかに客がいないから、制チャンネル権は俺たち二人が確保している。
しかし朝だけに、どこをまわしてもニュース番組だけだ。
「テレビのニュースって、どうしてこう同じネタばかり繰り返すのかね」
「忙しい朝っぱらに、何時間も立て続けにテレビ見てるやつなんかいねえんだろ」
番組によれば先ほどの「シカクタテナガエビ」がさらに数を減じて「絶滅危惧一類のB」に変更されたという。
「世界の行く末が心配だねえ」
「でも地球上にいた生物の九十パーセントが、すでに絶滅してるそうだぜ?」
エビが来て、またもくもくと食べるが、気づくとなくなっている。
どんだけ一心不乱なんだ、俺たちは。
「あー、店員さん注文いい? ホッピーの白と黒」
「あと、エビ」
「このエビ、すげえうまいね。もっとある?」
「南の島でとれた、えっらい珍しいエビですからね」
「もっとちょうだい。つぎは刺身がいいなあ」
テレビで子ども向けの人形劇が始まった。興味がないのでチャンネルを変えると、主婦向けのワイドショーがあった。
なんでも「シカクタテナガエビ」という生き物が姿を消してしまい、「絶滅危惧IA」に指定されたという。
「いまにも絶滅しそうなんだって」
「希少になるほど高く売れるってんで、密猟者も増えるんじゃねえの?」
エビの刺身が来た。
「マジでうまいねえ、次は天ぷらがいいなあ」
「店員さん、ホッピーのナカちょうだい」
「あと、このエビ、天ぷらで」
「このエビおいしいねえ」
「そうですね、かなりかなり希少なエビなんで、今後はもう手に入らないかもですね」
「だったら今のうちに食い納めしとこうぜ。ありったけ食わせてくれ」
「あー、食った食った」
伝票の数字を見て俺たちは真っ青になった。よくもこれだけ食ったものだ。
しかし、死屍累々と積み重なったエビのカラや足、ヒゲの山を見れば、それを否定すべくもない。
「おまえ、いくらもってる?」
「三万。タクシーで帰るつもりだったからな」
「俺は二万か。じゃあ今回は俺がカードで払うから、明日、半分よこせ」
「あ、ああ」
緊急速報の音がして俺たちはテレビをふりかえった。
画面では、沈痛な面持ちをした女性キャスターが「シカクタテナガエビ」野生種の絶滅を伝えている。
どこかの家から、チーンと鈴(りん)の音が聞こえてきた。
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