第174話 リシアの頼み
「アルス様、突然押しかけて申し訳ございません」
砦に訪れたリシアは、開口一番謝罪してきた。
「あの、どうしてここに?」
「アルス様が、大きな戦に出向かれると聞いて、心配でいても立っても居られなくなって……お役には立てないかもしれませんが、お側に居させてもらって、良いでしょうか?」
リシアはそうお願いをしてきた。
側に居させて欲しいという申し出は、率直に言って嬉しかった。
打算や計算などなく、純粋に私を心配してのことだろうと、よく分かるからだ。
ただ、リシアと一緒にいると、もしもの時、リシアまで酷い目に遭ってしまう恐れがある。
彼女を不幸な目に合わせたくはない。
「お気持ちは大変嬉しいです。しかし、やはりリシア様を危険な目に遭わせるわけにはいきません。ここはもう少し安全な……」
「嫌です!」
私が断ろうとすると、途中でリシアが大声で、私の言葉を遮る。
「アルス様が危険な目に遭うかもしれないのに、わたくしだけ安全な場所にいるなんて出来ませんわ……」
リシアの目には薄らと涙が浮かんでいた。
「それに、アルス様はきっとお勝ちになられます。アルス様のお力で、才能を見抜き家臣になさった方々が、負けるわけがありませんわ。だから、わたくしが危険な目に遭うことは絶対にありません」
リシアは力強い目つきで、私を見てきた。
どうするべきか私の心は揺れていた。
リシアは戦の知識はないのだが、彼女が隣にいれば、何だか心強い気がした。
一緒にいて欲しいと、特に合理的な理由があるわけではないが、そう思った。
「アタシは、許嫁ちゃんは、一緒にいた方がいいと思うよ」
後ろからミレーユがそう意見を言った。
「気が強いし、頭も結構いい子だからね。それに女だし、アタシたちが思い付かない意見なんか言ってくれるかもしれないよ」
「……えーと、ミレーユも一応女だったよな……?」
「そういえばそうだったな。はっはっは、忘れてた」
愉快そうにミレーユは笑う。
まあ、確かにこいつは女と見ない方が、いいのかもしれない。
ただ、ミレーユの意見で私の心は決まった。
リシアがいれば、精神的に心強いし、それに何か手詰まりになった時、いいアイデアを出してくれるかもしれない。
「リシア様、分かりました。私の隣にいてください」
私がそう言うと、リシアは屈託のない天使のような笑顔を浮かべて、
「はい!」
と返事をした。
○
前線で、指揮を取っているリーツは、敵の動向を調べさせていた斥候の報告を、陣の中で待っていた。
そろそろ来る頃だろう、と予想していたら、その予想通り、斥候がリーツの元へやってきた。
「敵情を視察しておりましたら、敵軍が動き出しました!」
「攻めてきたのか?」
「はい! 前回はそれほど大勢で攻めてきませんでしたが、今回は大規模な攻勢を掛けてくるようです!」
「敵軍の士気は?」
「高いようであります!」
「指揮を取っているのは誰だ」
「サイツ州では有名な将である、ラントルク・ロッダーが先陣を務めているようです。極めて勇猛な将であります。また、ラントルクの弟、トラポル・ロッダーと、バル・ローグ、レバトン・マークレンド、ロパット・テルミカなどの将が参陣しているようです」
リーツの頭にある情報によると、ラントルク・ロッダーと、トラポル・ロッダーはサイツの内戦で、数多くの戦果を挙げた有能な将のようだ。
ほかの者達も、評判は高い。リーツは、アルスのように他者を鑑定できないので、彼らの力量を正確には知らないが、戦果を上げている以上、無能である可能性は低いと言えるだろう。
様子見をやめて、本格的に侵攻をしてきたのは間違いないようだった。
リーツとしては、あっさり諦めて帰ってくれれば、理想的であったが、そう上手くはいかなかったようだ。
(しかし、敵の士気が依然として高いのか……初戦は、シャーロットとムーシャの魔法が猛威を奮って、敵軍には恐怖心を植え付けられたと思ったけど。やはり敵の将軍は優秀な人なのかもしれない)
焼け死んでいく味方の光景を、敵兵達は見ていたはずだ。
見ていない兵士たちも、前線に居た兵士から話を聞いている可能性は高い。
自分がいかにとんでもない光景を見たか、他人に話すものは必ずいるし、それを仲間達に広めるものもいる。
仮に自分が、サイツ軍を率いていて、兵士たちがトラウマになるような目に遭わされた時、士気を保てるのか、リーツは自信はなかった。
(とにかく来るのなら、対策を立てないと)
いかに数が多くとも、シャーロット達魔法兵で防御を固めている、この陣を抜くことは非常に難しい。
しかし、それでも数が多ければ、突破も可能である。
前回と同じようにはいかないと考え、リーツは戦術を練り始めた。
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