第168話 追いつめられたバサマーク

 アルカンテス城。


「パラダイル州へ、クランと手を切るよう工作を仕掛けてきましたが、失敗に終わりました」

「皇帝へ、停戦の仲介をしてもらいたいという依頼書の返答ですが、断りの手紙が届きました」


 バサマークは、苦々しい表情を浮かべながら、部下たちの報告を聞いていた。


 ベルツドが落ち、右腕のトーマスが捕らえられ、さらにクランが挙兵を始め、バサマークは窮地に陥っていた。

 ありとあらゆる手段を使って、窮地を脱しようと思っていたが、どれも上手くいっていなかった。


「こうなるともはや取る方法は、少ないですな……徹底抗戦をするか。もしくは白旗を上げるか」


 百戦錬磨の知将リーマスが、半ば諦めの気持ちでそう言った。


「わしとしては徹底抗戦をしても、もはや無用な血を流すだけじゃと思うております。ミーシアンのためにも、白旗を上げるのが最善じゃと思います」

「駄目だ……それは駄目だ……」


 バサマークは拳を握りしめて、小さく震えた。


「私は別に特別大きな野心があるというわけではない。どちらかというと、リーダーになるより、補佐をする役の方が得意だという自覚もある。だが、それでもあのクランにミーシアンを任せるわけにはいかん」


 バサマークは怒りを込めながら、言葉を発する。


「クランという男は、確かに人望があり、部下にも慕われている。能力も決して低くはない。しかし、長く奴を見てきた私だから知っていることであるが、奴は器が小さい。心の底では、誰も信用していない。奴がミーシアンの頂点になった時には、有能な部下を粛清し、国力を低下させてしまうだろう。外敵がいない状態ならまだしも、今の様な時代にそのような事をしていたら、ほかの州に飲み込まれ、我がサレマキア家は滅亡してしまう。それだけは阻止しないといけない」


 バサマークは、かつて弟としてクランを見てきた、いくつかの記憶から、クランには州を背負う器はないと、確信を得ていた。


「……しかし、バサマーク様。現実というのはしかと受け止めねばなりませぬ。もはや手の打ちようのないことは事実じゃ」

「いや……まだ、あとひとつだけ頼みの綱がある。これが駄目だったら確かにもはや打つ手はないが……」


 バサマークがそう言うと、部下が駆け込んできた。


「サイツ州より戻ってまいりました!」

「良く戻ってきた! どうであった!」

「サイツで反乱を起こし、新しき総督となったグレンダ・ドマートソン様ですが、交渉の機会を設けるとご返答をいただきました。この書状をご覧ください!」

「おお、そうか!」


 バサマークは、サイツ州を味方に付ければ、まだ逆転の目はあると思い、反乱があっさりと終結したサイツ州に、書状を送っていた。

 サイツを取ったグレンダ・ドマートソンは、短期間で総督の座を奪ったということで、間違いなくやり手の人物に違いはない。味方にすれば心強かった。


 バサマークは書状を見る。

 報告通り、交渉の席を設けると書いてあった。

 但し、確実に同盟を組むと約束するような内容ではなく、あくまで交渉内容次第で決めるようだ。


 交渉をするという返答は得たが、成立するとは言い切れない。新しく総督になったばかりで州内は不安定だろうし、仮に攻め場所を探していたとしても、サイツからすると、シューツ州の方が立地としては攻めやすい位置にある。さらにシューツ州には、多種多様な魔力石が採掘される、マジック・ヘブンと呼ばれる洞窟が存在しており、魔法資源に比較的乏しいサイツからすると喉から手が出るほど欲しいと思っているだろう。


(不利な条件はいくつかある。しかし、同盟が成るか否かは交渉力次第だ)


 バサマークは何が何でも交渉を成立させると、気合を入れた。

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