第56話 推挙
「あー、この味だこの味、懐かしいねぇ」
ラーツは料理を作り終わり、それをファムがミレーユに運んだ。ミレーユはそれを美味しそうに食べる。
料理を食べ終わると、今度は酒を一気に飲み干した。
「もう一杯よろしく」
「はいはい」
ラーツが酒をコップに注いで、それを出した。
「で? おめー今までどこで何をやってたんだ?」
ラーツはミレーユにそう尋ねた。
「帝国中を色々旅してたよ。七つすべての州に行って、主要な都市を見て回ってた。結構州が変わると文化や食事、言葉に人種と違いがあるもんだね。まあ、元は別の国だし当然ちゃあ当然か」
「ふーん、俺はほかの州どころか、アルカンテスから出たこともねーな」
「アンタみたいな酒場の店主はそれで十分だね」
「なんか癪に障るいいかただな」
「しかしどこに行ってもアタシを雇う貴族はいやしなかったね。どいつもこいつも、人を見る目がねーんだよな」
「そらお前みたいな見た目からしてやばそうなやつを雇う方が、どうかしていると思うぜ。それにお前は礼儀ってものを知らねーだろ。貴族たちにも非礼な態度をとったんだろどうせ。斬り殺されなくて逆に運が良かったんじゃねーか?」
「礼儀作法で人を見るのが間違ってるんだよな。アタシだったら能力以外は見ねーな。性格の悪い奴でも上手く操縦すればいいだけだ。それが出来ないやつは人の上に立つべきじゃないね。それと斬り殺されなかったのは、運がいいからじゃない。実際に斬り殺されそうにはなったが、その場その場で機転を利かせたからなのさ」
「威張って言うような事じゃねーと思うぞ」
ファムは傍からこの会話を聞いていて、ミレーユが何者なのかさらに気になった。
帝国中を旅して貴族たちに仕えようとするなど、普通は出来ることではない。
どの貴族も彼女を家臣にはしなかったようだが、ミレーユ自身は己の力量に、絶対の自信を持っているようだった。
「そういえばお前、元々は貴族だったとか言ってたが、戻ることは出来ねーのか?」
「今の状況ならアタシが戻ると言えば戻れるかもしれないねぇ。でも、一度追放された相手に再び頭下げて家臣になるほど、アタシはプライドがないわけじゃない」
「まあ、そもそも城に仕えてたってのが俺としては嘘だと思ってるがな」
「それは本当だ」
(城に仕えていた……か)
城に仕えていたという事は、アルカンテス城にいたという事だろう。
それならば城の内情にある程度詳しい可能性がある。
ただ追い出されたのは少なくとも二年以上前の話だろうから、最近どうなのかについてはあまり詳しくはないだろうが。
それ以前に自称で言っている事なので、事実かどうかは怪しい。
ファムはミレーユから情報を聞き出すべきか否か悩む。
「つーかここを出る前には結構金があったんだけど、旅してたらなくなっちまって、今は完全に無一文だ。これからどうやって暮らそうかね」
「へー、無一文……無一文?」
ラーツの表情が変わる。
「この料理に払う金を抜いたら無一文って意味だよな、当然」
「はぁ? 無一文は無一文だろ。一切金がありませんって意味だ。この店に払う金なんてねーよ。ここは久しぶりに来た客に料理を奢ってくれる、懐の深い店だったよな」
「そうだな……久しぶりだしただでいいか……ってなるか馬鹿が! 全額きっちり払ってもらうぞ!」
「何だよケチだな。無いもんは払えねぇからどうしようもないぞ。出す前に確認しなかったのが悪い」
「盗人猛々しいとはまさにこのことだなてめぇー。首に下げてるネックレスはずいぶん高そうじゃねーか。それで代わりに払うこともできるぞ」
「馬鹿かお前は。これがさっきのしけた料理と酒と等価だと思ってんのか? それにこれは渡せねーな。これを首にかけてなかったら、アタシはただの貧乏人の放浪者にしか見えねー」
「あっても貧乏人の放浪者にしか見えねーっつーの。それで払うのが嫌なら体で返しやがれ」
「……なんだアンタ。アタシをそんな目で見ていたのか。アタシほどの美人はこの程度の料理で買えるほど安くねーぞ」
「働いて返せって意味だ! とんでもない勘違いをするな!」
「あ? 働けってこのアタシに下働きをさせるつもりか?」
「そうだ。嫌ならネックレスをよこせ」
「……はぁ……まあ、行く場所もないししばらく働いてもいいかねぇ。全くとんだ災難だ今日は」
「それはこっちのセリフだ」
いきなりミレーユが働く事になって、何か妙な展開になったなと、ファムは少し不安な気持ちになっていた。
〇
「はぁ、疲れた」
ケントラン二階にある部屋。ミレーユとファムが二人きりになっていた。
二人とも住み込みで働いており、空き部屋がなかったため、ミレーユはファムと同じ部屋で過ごすことになった。
「えーと、君はリンちゃんだっけか。これから少しの間だろうけど、よろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
ファムは笑顔で挨拶をした。
「親睦を深めるため、お話をしようか」
「いいですよ」
「じゃあ質問だが、どうして君は男の子なのにそんな恰好をしていんだ?」
その質問を受けてファムは珍しく動揺した。
自身の変装がばれるとは完全に想定していなかった。
裸を見られたりしたというのならわかるが、そんなヘマはしていない。
「どういう意味ですかー? 私は女の子ですよ!」
ファムはほほを膨らませてそう返した。ただの冗談で言っている可能性もあるので、認めるのはまだ早いだろう。
「分かるんだよなぁ。頑張って化けてはいるが、残念ながらアタシの目は誤魔化せんよ」
「あの、私も怒りますよ。いくら何でも男扱いはひどいです!」
本気で怒って悲しむふりをファムはするが。
その時、すっとミレーユの手がファムの股間に伸びてきた。
ファムは超反応で後退して、回避する。その直後、しまったと思った。
股間は男の弱点である。痛みになれたファムとはいえ、攻撃を食らうと数秒は動きが止まってしまう。戦闘でその数秒は命取りになるので、股間に攻撃が来たら反射的に避けるようになっていた。
「すごい反応だ。こりゃただの女装男子ってわけでもなさそうだねぇ」
これで正体がばれたとは言わないが、変な疑いをもたれることになった。
それにしてとんでもない事をしてくる女だと、ファムはミレーユの正気を疑う。
いきなり股間を触ってくるなど、想定していなかった。
ファムは何とか理由を考えて、それを話す。
「昔から危ない目にあってきたから、避けるのは得意なんですよ。あと、ミレーユさんの言った通り私は実は男なんですよ。色々あってこんな格好してるって感じです。ラーツさんには内緒にしててくださいね」
性別は話すことにした。
執拗に誤魔化し続けると、余計疑いをもたれる可能性があるからだ。性別について本当のことを言うことで、ほかのこと嘘はついていないだろうと、思わせる狙いがあった。ファムとしては性別はばれても問題はないことであった。
「ふーん。危ない目にね。まあそういうことにしておこう」
完全に疑いは晴れていないようだったが、わざわざ追及はしてこないようだった。
「あの、変に思いませんでしたか? 男がこんな格好をしてて……」
ファムは悲しげな表情を浮かべてそういう。
「変ではあるけど、別にいいんじゃないの? 人それぞれ事情はあるしね」
「そ、そうですか、よかったです……実は……私がこんな格好しているのには理由が……」
そのあと完全に嘘である理由を涙ながらにファムは語る。
自分の過去を話すことで疑いを晴らすとともに、さらにミレーユからの話を聞き出しやすくする狙いがある。ファムはミレーユがどういう人間なのか、もっと詳しく知りたいと考えていた。
「ふーん、君も大変なんだねぇ」
「も、ってことはミレーユさんも何かあるんですか?」
「そうだな。特別に話してやろう」
割と自然な感じで過去を聞く流れになった。
「アタシは、今は死んだらしいがミーシアン総督に才能があるって見出され、弟と一緒に仕えることになったんだ。総督の人の見る目は確かで、戦で才能を発揮して弟はバサマークの右腕に、アタシはアルカンテス郡にあるペルノーラという領地を貰った。元々総督家直属だった土地を貰った形だな。そっから戦で結構活躍したりしてたんだぜ?」
「す、すごいです。じゃあ、貴族さんだったんですか?」
「まあ、一応そうなるがな。追い出されたがな」
「何で追い出されたんですか?」
「さぁな。素行が悪いとか、領主としてのやり方がおかしいとか、そんな理由だった気がするな。まあ、実際は違うがな」
「本当の理由は何なんですか?」
「秘密だ」
「えー」
ファムは話を聞き、ミレーユから情報を聞き出すのではなく、アルスに推挙してみたらどうだろうかと思った。
話を聞く限り有能な人物である可能性がある。性格にはだいぶ難がありそうではあるが。
情報もアルスの家臣になれば、自分から話すから聞き出す必要はないだろう。
仮に無能でもデメリットはあるわけではない。
ファムはミレーユを推挙することに決めた。
「あのミレーユさんはどこかに仕えたいのですか?」
「ん? ああ、出来ればね。行く場もねぇーし。つっても、中々そう上手くはいかないけどな」
「実はいい話があるんですけど、お聞きになりますか?」
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