第53話 アルカンテス城

 クランと話をしたあと、パーティーに戻った。抜け出していた時間は、それほど長くはなく、体感で二十分程度だった。


 パーティーは長く続き、年を越した。その頃には何人かの貴族は酔いつぶれて寝たのか、いなくなっていたので、最初よりは人は少なかった。


 年を越した三十分後にパーティーは終了し、私は用意されていた自分の部屋で眠りに付いた。


 そして翌朝。


 昨日の祝賀ムードは一変。

 クランはこれから始まる戦へ気持ちを引き締めるため、貴族たちに檄を飛ばした。


 これから数回軍議を行い本格的に敵領への侵攻を開始するという。

 それほど先の話ではないので、いつでも戦えるように準備をしておくようにと、貴族たちに命令をしていた。


 パーティーはお開きとなり、私はリーツたちと合流して屋敷へと帰った。



 〇



 州都アルカンテス。


 サマフォース建国前は王都アルカンテスと呼ばれたこの都市は、千年以上前からミーシアンの中心として栄えている。

 人口は五十万人を超える。サマフォース帝国内でも、有数の大都市である。


 その都市の中央にそびえるのは、アルカンテス城。

 ミーシアン全土で一番大きな城だ。

 漆黒の城と呼ばれているほど、全体的に色が黒い。これは頑丈で、かつ長持ちする石である黒王石を使用しているからだ。この石は貴重なもので、それなりに値段が高い。この城は、ミーシアン王国が出来てから、百年後に作成されたもので、当時のミーシアンがいかに豊かであったかを物語っている。


 その城の中にある、議論の間という部屋。

 中央に円卓があるこの部屋で、今まさに貴族たちが集まって軍議を行っていた。


「ペレーナへの策略が破られたか」


 肩まで黒髪を伸ばした男がそう発言した。

 彼はバサマーク・サレマキア。死亡した前総督の次男で、次期総督の座をクランと争っている男だ。


「どうやったんでしょうかね。悪かない作戦だと思いましたが。まあ、別にあそこが敵方に付いたとしてもこっちの有利に変わりありませんがね」


 バサマークの右側に座っている男が答えた。

 彼はトーマス・グランジオン、バサマークの右腕と言われている男だ。


 トーマスは坊主頭で、厳つい顔に髭をたっぷりと蓄えている。さらに身長が高くその上、筋力の塊のような体をしている。

 脳まで筋肉で出来ているような外見をしているが、優れた頭脳の持ち主である。


「じゃが、ペレーナが向こうに付いたのは痛くはありますぞい」


 バサマークの左側に座っている老人が呟いた。

 白髪頭しらがあたまの小柄な老人はリーマス・アイバス。

 何十年も前からミーシアンのために、知恵を出し続けてきた知将である。

 アルカンテスに隣接する、ロマック郡の郡長でもある。


 今日の軍議は三人を中心にして、進められていた。


「敵の兵力は全軍で十五万くらいか。州境へ兵を残しておく必要があると考えると、それより一万くらいは少ないだろう」

「わしらは十八万は動員できますぞい。上回っておるが、兵の質は敵のほうが上じゃろうな。西側の兵は昔から強兵が多いし、クラン様はメイトロー傭兵団も雇ったらしいからのう。総合的に見て戦力は互角と見てええですじゃろ」

「つっても相手はクラン以外は大した奴がいないですけどね」

「人材面では私たちの圧勝だ。負けるはずはないだろう」


 バサマークは今回の戦は、高確率で勝てるだろうと考えていた。

 しかし、百パーセントではない。

 慎重なところがあるバサマークは、勝つ確率を百パーセントと言えるようにしたかった。


「トーマス。お前の姉は今どこで何をしている?」

「え? 奴ですか? 知りませんよ。どっかで飲んだくれているでしょうよ」

「心当たりもないか? 昔のことは水に流して、力になってほしいと思っているのだが」


 バサマークがそう言った瞬間、場がざわついた。


「ほ、本気ですかい、バサマーク様。あんな奴をまた家臣にするなんて」

「能力は申し分ないだろう。まあ、仮に家臣にするのは駄目だとしても、連れ戻して城に監禁するくらいはしておきたい。奴がクランの側に付いたら非常に面倒なことになる」

「いや、それはそうですね……でも、どこにいるか知らないのは本当ですぜ」

「心当たりもないのか?」

「全く」

「あんな目立つ女がいたら、噂にでもなりそうなものだが、それでも全くないのか? トーマスだけでなく、ほかのものも」


 全員首を横に振る。


「むう、そうか」

「きっと野垂れ死んでいるか、他州にいるんでしょ。それに仮にミーシアンにいたとしても、奴を雇う貴族なんてどこにいもいませんよ。実績はあるにしても、今はただの危ない飲んだくれですから」

「それもそうか……」


 バサマークは若干の不安を残していたが、今はその女のことは忘れることにした。

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