第51話 頼み事
クランは想像以上に有能な人物だった。
ただ弟バサマークはクラン以上に優秀で、父である総督に気に入られていたという話だ。クランより優秀となると、どれほどなのだろうか。
まあ、総督に人を見抜く能力がなかっただけの可能性もあるが。我が子となると、見る目が鈍るという可能性もあるだろう。
「皆の者、今日はよく来てくれた」
クランのスピーチが始まった。
「今日で帝国歴二百十年が終わり、明日新たな年が始まるが、いまだにこのサマフォースの戦乱は終わりが見えない。もはや元のサマフォース帝国に戻るのは不可能であると私は考える。我々サレマキア家は元々ミーシアンの国王として君臨していた一族だ。私はこの戦に勝ち、ミーシアンを統一したらサマフォース帝国から独立して、ミーシアン国を樹立する。恐らくバサマークも同じ考えを持っているだろう」
ミーシアン国を作る。そんな考えを持っていたのか。まあ、現状を考えると、そんなにおかしい話ではないかもしれない。
「あの卑劣なバサマークは国王になれる器ではない! 今回の戦は必ず勝利する! そしてその第一歩として、我々はバサマークの計略を破ることに成功した」
ペレーナ郡長ルルークが騙されてバサマーク側に付いていた経緯を、クランは説明した。そして今まで敵側に付いていた事を非難はせず、むしろ良くこちら側に戻ってくれたと称賛した。それからルルークも貴族たちの前に出てきて、彼もスピーチを始めた。謝罪をした後、これからはクランのために力を尽くすと、決意を表明した。
「今回バサマークの卑怯な計略を破ったのは私ではない。若き才能がその大役を果たした。アルス・ローベント、ルメイル・パイレス、前へ」
いきなり私の名が呼ばれて動揺する。ルメイルは立ち上がり、「いくぞ」と小声で促した。何とか動揺を落ち着かせ、私も立ち上がる。
前に出て何か喋れという事か? 聞いていないんだが。
幸いルメイルも一緒に呼ばれたので、何とかしてくれるかもしれない。
人前で喋ることには結構慣れてはいるが、大勢の自分より格上の貴族たち相手となると話は別である。
緊張して全く喋れないかもしれない。
私は貴族たちの前に出る。クランのすぐ近くに立った。
近くで見るとクランの風格というか、威厳というものがよくわかる。
とにかく初めて会うのだから挨拶をしなくては、私は頭を下げて、
「お初にお目にかかります。アルス・ローベントです」
「そうだな。初めてだな。私はクラン・サレマキアである」
クランはにこやかな表情で挨拶を返してきた。
「見ての通りまだ子供であるが、カナレにあるランベルク領を立派に治めている領主である。今回は彼がバサマークの策略を見破った」
クランがそういうと拍手が起こった。
そのあと、クランは具体的にどうやって策略を見破ったのか話さないで、私への賛美を並べた。傭兵を忍び込ませたというやり方は、あまりよくないやり方だったのかもしれない。
私に役目を任せたルメイルの称賛をしたあと、何か一言言う流れになった。
「これからもクラン様の役に立てるように、力を尽くします」
とりあえず普通に当たり障りのない発言をした。拍手は起こったので、たぶんこれで良かったのだろう。
安心して元の席に戻ろうとすると、クランからこっそり手紙を手渡され、
「気が乗らないなら来なくていいが、できれば来てくれると嬉しい」
そう小声でささやかれた。
来なくていいって、この手紙にはどこかに来いと書かれているのか?
何をする気なのか不安である。気が乗らないなら来なくてもいいと言われたが、立場上それは無理だ。
こっそり渡されたという事は、他人に見られてはいけないものである可能性が高いので、開かずに懐にしまった。
あとでトイレに行くとか、外の空気を吸ってくるとか、何か理由をつけて一人になってから読むか。
パーティーは進行して、食事が運ばれてくる。
流石にクランもいるということで、料理はかなり豪華だった。この世界に転生した後、食べた料理の中では一、二を争うほど美味しかった。
食事のあとは余興が行われる。
余興の演目表が壁に書き出されているが、やたら長い。年を越すまでやるつもりなのだろう。
私は余興が始まる前に、トイレに行くと言って抜け出した。
そして一人になる場所を見つけて、手紙を読む。
第三演目の魔法演舞が終了したら、パーティーから一時抜け出すので、君も抜け出してほしい。聞きたいことと頼みたいことがある。
そう書かれていた。
聞きたいこと、頼みたいこととはなんだ。正直不安だ。無茶なことを頼まれても断るのは難しいし、受けるしかない。
私は手紙を懐にしまい、パーティー会場に戻る。
余興が開始される。
二つの演目が終了し、魔法演技が始まる。
色々な属性の魔法を掛け合わした、魔法演技はなかなかの見ごたえであった。
クランは終わった後、拍手をする。そして、トイレに行くと言って、部屋を抜け出した。
私も同じく部屋から抜け出す。
出ると、クランが待ち構えていた。
「呼び掛けに応じてくれて嬉しいぞ」
「いえ、当然のことです」
「では、ついてきたまえ」
クランは城の外に出る。
そのまま、門の外にまで出た。
門の外に出ると、背が高い細身の男と合流した。
「この男はロビンソン・レンジ。私が一番信頼する家臣である」
「ロビンソン・レンジです。よろしくお願いいたします」
華麗なしぐさで、頭を下げてロビンソンは挨拶をしてきた。
私も挨拶を返す。
鑑定してみると、ステータスは、統率、武勇は平凡だが、知略が88、政治が91もある。一番信頼するというだけあって、中々優秀な男であるようだ。
合流した後、町を歩く。
どこまで行く気だろうか。
そもそも、頼みごとをするのに、こんな回りくどい真似をする必要があるか?
「もうすぐ到着する。回りくどい真似をして申し訳ない。ほかの貴族たちにはなるべく聞かれたくない頼みごとをするから」
それを聞いて嫌な予感を感じた。
ほかの貴族に聞かれたくないって……
クランに少年趣味でもあって、私を襲う気でいるのか?
仮にそうだったら、私は抵抗できないぞ。やられるしかない。
考えれば考えるほど、不安になってきた。
「到着だ」
クランはこじんまりした店の前でそう言った。外見は古臭い感じで、とても総督の息子が来るような場所には思えない。
店に入ると、誰もいなかった。客はおろか店主すらいなかった。
「金貨を払って、ここに誰も来ないようにしているのだ」
クランはそう言いながら、店にある椅子に座る。
「かけたまえ」
私はクランの目の前の椅子に座った。
「今から少し君を試させてもらう」
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