第29話 寝室で
屋敷に戻り夕食を食べた後、余興が始まった。
私たちが村に行っている間、準備は完璧に行われていたらしく、滞りなく余興は進んだ。
演奏や、魔法を使った演舞が個人的には良いと思った。リシアはどの余興も興味深そうに見ていたので、成功と言っても良いと思う。
余興が終わるとあとは寝るだけだ。
ちなみにリシアは予想通り明日の朝に帰るらしい。
明日は朝飯を食べたあと、帰り際贈り物を贈呈する。喜んでもらえればいいが。
昼のデートは失敗したが、リシアは特に気にしていなかったし、何とか今日は大きな問題無く終われたと言っていいだろう。
リシアの人格や考えは全く掴めなかったという、問題もあるが。政治、野心の高さから考えて、ただの良い子でない可能性はやはり高い。まあ、会うのは今日だけではないだろう。何度かあって彼女の内面を正確に知れれば良いと思う。
私は自室にある寝るために、羽毛布団をめくった。
その瞬間、私はギョッとした。
布団の中に誰かいたのだ。
最初は双子のどっちかの悪戯かと思ったが、よく見ると違う。
金髪で、体格は十歳前後……。
いや、この子って……。
「どうでしたか、アルス様?」
間違いなく、リシアだった。
何でここにいるのかも、質問の意味もわからず私は混乱する。
「驚きました?」
「お、驚いたが……」
「ですよね。目を見開いてお可愛いお顔をしておりましたわ」
とリシアは笑みを浮かべながらそう言った。
会った時から浮かべていた、人受けの良さそうな笑みではなく、小悪魔を思わせるような意地の悪い笑みだった。
はっきり言って何のつもりか分からない。
どういう対応をすればいいのか、頭をフル回転させて考える。今日はもう安心して寝るだけと思っていただけに、とんだ誤算である。
「えーと、ここはリシア様の寝る部屋でありませんよ? もしかして家臣が間違えて案内してしまったでしょうか」
「違いますわ。ちゃんと部屋には案内してもらいました。そのあと抜け出して来たのですわ」
私の部屋自体に鍵はかかっていないので、入るのは可能だ。部屋の場所は誰かから聞いたのだろうか? まあ、夜に少しだけ顔見たくなったと言えば、教えてくれはするだろう。
「なぜこんな事を?」
「アルス様は常に冷静なお方で、滅多に表情をお変えにならないので、驚いたらどんな顔をするのか、知りたかったのですわ」
説明になってない気がするのは私だけだろうか。
いや、君そんな子じゃなかっただろ、とツッコンでしまいそうになった
リシアは私の表情を見て何が言いたのか察したようだ。
彼女は上体を起こして、ベッドに腰掛けて、
「今日のお昼、本音で話せるような子が好きとおっしゃっておりましたよね? なので、二人きりでお話ししたいと思いここに来ました。驚かせたのはついでですわ」
そう言って来た。
私はその答えを聞いて、僅かに冷静さを取り戻す。
あの返答には何の反応も示していなかったと思ったが、意外と効果があったのか?
「それは……私も歓迎すべき事ですね。リシア様の事をもっとよく知りたいと思っていましたから」
相手から本性を晒してくれるというのは、歓迎すべき事態ではある。なぜその考えに至ったのかは分からないが。
さっきまでのやりとりで、昼間までにリシアは、計算で自分をよく見せていたという考えに、間違えはなかったということは分かったが。
「あら、そう言われると何だか照れますわね。わたくしもアルス様の事はもっと知りたいですわ。例えばわたくしの事をどう思っていらっしゃるのかとか」
「どう……とは?」
「わたくしは、他人の顔色を見れば、相手がどのような感情で自分を見ているのか、何となく分かるという特技があるんですの。アルス様がわたくしに会ったときに見せた感情は“疑念“でしたわ」
他人の顔色を見れば、自分がどう思われているのか、何となく分かる。
私の鑑定に近い能力か?
そんな力を持っていたのか。
ということは今の今まで疑い続けている事は、彼女には完全にバレていたという事なのか。
「初対面で疑われる事は、まあ、ありますわ。警戒心の強い方もおられるますので。それでも大体数分話せば、警戒心を解くことができます。しかし、アルス様は数時間一緒に喋り、さらに問題の解決に手を貸してあげたにも関わらず、疑いが浅くなるどころか、深くなって来ましたわ。そして、最後にわたくしの本音を聞きたいと尋ねて来ました。アルス様はわたくしの何をお疑いになられているのですか?」
そう語るリシアの表情には、焦りや苛立ちを感じているように思えた。私が思い通りに感情を動かさないことに、苛立っているようだった。
自分の会話スキルで、今まで色んな人から好かれて来ただけに、私のようなものが出て焦りを感じているのだろう。だから自分の本性を晒すというリスクを負ってまで聞きに来たのか。
これは私の想像だが、ベッドに入って脅かしたのも、その苛立ちを少し晴らすためだったのかもしれない。
「リシア様、私には他人の能力、適性、そして野心を推し量るという力があります」
ここは思い切って話すことにしてみた。リシアが自分の事を話してくれたのに、私だけ黙っているのはフェアではないと思ったからだ。
彼女がこれから私の妻になるというのなら、教えておいても損はないだろう。
リシアは信じているのか分からないが、少し驚いたような表情をしている。
「リシア様には通常の人間を遥かに上回る野心と、高い政治の才がありましたので、その行動全てがもしかしたら計算によるものであると疑っていたわけです」
「……」
私の話を聞きしばらくリシアは沈黙する。
「……その力、疑う余地はありませんわね。わたくしに野心があるというのは、本当の事ですもの」
「どんな野心をお持ちなのですか?」
「女が持つ野心なんて、地位と才能のある男に見初められる、以外には存在しませんわ」
存在しない、というのは言い過ぎだろうが、大体はそうであろう。
「では、私のような男と結婚するのは、嫌なのでしょうか?」
「そうですね。実はここに来る前までは、最後には破談になるようにしようと考えていましたわ。でも、ついさっきアルス様から話を聞いて、考えを変えました」
「なぜです?」
「アルス様は確かに今は弱小領主の後継に過ぎませんが、あなたの持つ力は、これから立場をどんどん上げていくと確信いたしました。今はわたくし、アルス様と婚姻したいと思っておりますわ」
何とも現金な理由で婚姻をしたいと言ってきた。
私も本音をいう子が好きであるとは確かに言ったが、ここまで曝け出してくると、少々反応に困る。
「婚姻したいと思ってくださるのは嬉しいです。私も出来れば婚姻したいと思っております」
とりあえずこの場はそう答えておいた。
将来リシアと婚姻するかどうかは、正直悩みどころである。
たぶん私が優秀なところを見せている限りは、リシアは心強い味方になるだろうが、少しでも弱みを見せてしまったら、裏切られる可能性もある。
ただ、成り上がり弱小領主の息子に、早々縁談などあるわけもないので、結局リシアとは結婚することになると思うが。
個人的にこういう感じで、腹黒いところのある子は別に嫌いではない。
残念なのは彼女から、私に恋愛感情というものは持たれそうにないという事だな。親同士が決めた結婚とはいえ、出来れば好き同士になった方がいいと思うのだが、リシアは完全に実利主義という感じで、そもそも恋愛感情というものが存在するのかも分からないが。
「そう聞けて安心いたしましたわ。ではわたくしはこれで」
もうちょっと話をするかと思ったが、リシアは早めに立ち上がって私の部屋を出て行った。
私が疑っていたの理由を知れたから、満足したのだろうか。
リシアが出て行って私はほっと一息ついた。
最初はかなり驚いたが、リシアの一面が知れたのは良かった。このまま何も知らないで別れたら、もやもやしたままだっただろうからな。
私は晴れやかな心で、ベッドに寝て布団を被る。
リシアが先ほどまで寝ていたベッドは、女の子のいい匂いが漂っていた。私はその匂いを嗅ぎながら眠りについた。
○
「……ふう」
アルスの部屋を出た後、リシアはほっと一息ついた。
そのあと、リシアは笑みを浮かべる。他人によく見られるために作った笑顔でもなく、アルスに浮かべた意地の悪い笑顔でもない。自然と漏れてきた笑みだった。
(わたくしったら、何がそんなに嬉しいのかしら)
そう自分に問いかけたが、その答えは知っていた。
アルスに婚姻したいと言われたのが、嬉しかったのだ。
彼女は自分に向いている感情を推し量る力と、会話をする力、持ち前の愛嬌で、大概の人間から好意を持たれてきた。
大人だけでなく、同年代の男女問わず好意を持たれてきた。それが当たり前であると思い込んでいた。
そんなリシアは、今日アルスにずっと疑われた続けて、焦りや苛立ち納得の行かないという感情を抱いた共に、心の何処かでアルスに強烈に惹かれていた。リシアはまだその感情の正体を知らないのだが、絶対にアルスに自分を好きになってもらいたいと思っていた。
そのため婚姻すると言われたのが、無性に嬉しく感じたのだ。
(婚姻するとは確かに言われましたが、わたくしを好きになったわけではなさそうです。そのうち好きにさせてみせますわ)
本心を晒したため、疑いの念は晴れたが、決して好きになってもらったわけではないと、リシアは思っていた。
彼女は本心を晒す事で好きになってもらえるなど、甘い考えを持っていたわけでは当然ない。むしろ嫌われるだろうと思っていた。それでも疑いを持ち続けられるよりはマシだと思って、思い切って行動に移したのだ。
それを考えると、嫌われていないという事は、そこまで悪い状況ではない。リシアは前向きに捉えていた。
(しかし最初のアレは失敗でしたわ。何とか誤魔化しましたが……)
最初のアレとは、アルスの羽毛布団に潜り込んだ事である。
驚いた顔が見たいとあの時は誤魔化したが、実際は違う。アルスが寝ている布団だと思ったら、無性に潜り込んでみたくなったから、潜り込んだのだ。まずいという気持ちはあったが、どうしも抑える事が出来なかったのである。
潜っている最中に、アルスが部屋に入って来てきた瞬間、リシアは肝が冷やしたが、ベッドに入ってくるまでの間、若干時間が空いたので、何とか対処を方法を考える事が出来たのである。
ちなみに驚いた顔が可愛いと思ったのは、本心である。
リシアは、アルスの布団に潜った時の匂いと、驚いた時の顔を思い出して、再び頬を緩めながら、今日泊まる事になっている部屋へと戻って行った。
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