家守番外編 ~またいつか会える日までに~
佐久良水都
またいつか会える日までに
“彼女”はいつも僕のところに居てくれる
スピリチュアルの世界では、往々にしてペットに該当する動物たちを、犬畜生などと表現して格下に見る傾向があるが、実際に僕が感じるところによると、彼等は人間よりももっと、自然神に近い存在だ。 ただ、生をサイクルしているだけの精霊に近い仔達もさながら、人間の輪廻の学びのサイクルを手助け、導きをしてくれる仔達が少なからず居る。
僕は、今回ほど、自分の“予感”が口惜しいと思ったことは無い。
ペット保険会社から送られてきた、8歳を祝うメール。僕は、そのメールを見た瞬間に、何とも言えない焦りを感じていた。
「地元に帰りたいんです。犬も高齢に近づいて来るので気がかりで……」
無理を承知で会社に切り出したが、当然聞き入れられる筈も無い。
転職して入った会社。勉強したいことがあり入ったが、中に入ってみれば随分と仕組みは簡単で、入社半年した頃には、もう充分だから次の展開を急げという、魂サイドからのメッセージも受けていて、どっちにしろ聞き入れられなければ、次の契約更新をせず、転職するつもりだった。
“彼女”との出会いは、もうすぐ誕生日だったので、約9年前。
友人が結婚して空き家になった一戸建てを貸してくれたので、妙に犬が飼いたくなって、探し始めた。
白い犬で、背中にうっすらと、桜で染め物をした時のような灰桜色がある雌犬で“桜”と名付けよう。
仔犬を探している癖に、妙に具体的なビジュアルイメージが僕の中には確固としてあって、色んな里親サイトを巡りながら、探していた。
イメージに近いかな?という仔を見つけて、問い合わせをした翌日、会社の同僚が僕に声をかけた。
『佐久良さん、犬飼いたいって探してたよね?しかも、白の雌!』
『あぁ、そうだけど』
『リフォーム部の〇〇さんのところが飼っているワンちゃんが仔犬産んだらしくて、貰い手探してるって。唯一の雌が白いらしいんだけど、聞いてみたら?』
結局は、僕から聞くより先に、先方が僕の噂を聞きつけていて、その日のうちに僕のところにやってきて、あれよという間に僕はその仔を貰うことになって、問い合わせしたボランティア先にはお断りを入れた。
生後3ヶ月。迎えに行った僕は、イメージと違うな。と戸惑った。
まず、聞いていた大きさと違う。生後3ヶ月なのに体重は4キロ近くあって、顔も写真を見せて貰った時は柴犬みたいな顔だと思っていたが、明らかに、秋田犬顔だった。
『すみません。先輩、僕、賃貸なので、大型犬はちょっと……』
迎えに行った時、放し飼いにされていた仔犬達は近所の田畑を駆けずり回っていて、走って捕まえに行き、両腕に仔犬を抱えたその人に、僕はその場で逃げ腰で断ろうとした。
『まぁまぁ、そう言わずに。お母さん犬はこんなに小さいんだから、大きくはならんって』
見下ろす先には5キロサイズくらいの雑種の洋犬。この小さなボディのどこから、こんな大きな仔犬が4匹も生まれて来たのか。
『いやいやいやいや、まだ3ヶ月ですよね?この大きさで大きくならないとか……嘘です!無理です』
『まぁまぁまぁまぁ』
先輩は、勝手に車の中の犬を運ぶためのクレートに、その仔と、友人が貰ってくれることになった雄の仔を勝手に入れると、ドアを閉めた。
(確かに今更断られても、雌は貰い手が決まりにくい。ましてや大型犬となると)
諦めて大仰にため息をつくと、僕は車を走らせた。
僕の仔だと確信を持ったのは、その後すぐだった。
車に乗るのがどうやら初めてだった彼らはお互いの吐瀉物にまみれて、家に付いた頃には酷い有様になっていた。僕はクレートごとバスルームに運び、シャワーの水を捻った。
小さくキャンキャンと母親を探しながら初めてのシャワーに怯える2匹。僕は少々、苛立って、
『うるさい。静かにしなさい』
と仔犬達に声をかけた。
すると、白い仔犬だけが、僕の顔色を伺うように鳴き止んで、ピッとお座りをして我慢した。
『お前……よくわかってんなぁ』
思わず声を上げて笑った後、あぁ、なるほど。僕はこの仔がこの世に来たから探し始めたんだ。そう気付いた。
名前はちょっと迷った。桜と名付けるにはちょっと顔つきが不細工だ(秋田犬に失礼)
女の子だから美人になって欲しいって意味も欲しいし、白い犬か……。
『ぼたん』
ぼたんはどうだろう。白い雪から牡丹雪。牡丹の花は3大美人形容の、芍薬・牡丹・百合の一つ。それに、衣類に使う釦は、布と布を繋ぐ。人と人を繋ぐような子に……と。
そんなことで、“彼女”は“桜”ではなく“ぼたん”になった。
ぼたんは、小さい頃は本当にやんちゃで、僕は何度か手を上げた。家に帰った時に、玄関の框をボロボロに齧られているのを見た時には、大型犬のパワフルさに(実家では小型犬しか飼ったことが無い)もう飼えないとキレだし、僕は子供を持つべき人間じゃないなと思い知らされた。
さすがに大きな犬だけあって、大きくなるほどに落ち着いて来て、よく言うことを聞いて理解するようになって大人になってからは手がかからなくなったけれど。
また、僕のようなタイプがペットを飼うとマズイなと思い始めたのは、犬が体調を崩す時、僕が体調を崩していることだった。一緒に住んで居る時には、シンクロというか共感が高い仔なのかと思っていたくらいだったが、離れて暮らしている間も、実家から連絡が来る時には大抵僕は体調を崩していた。
仕事で久留米に行って、最初に体調を崩し、肝臓が悪いと診断された後、彼女も獣医で肝臓を指摘されることが増えていた。
現代の2次元的わかりやすさで言うと、守護者とか使い魔とかそういう風に言うかもしれない。
僕が受けなければいけないものを、彼女が受けて僕のダメージを軽減してしまう。そんな気がした。
実際、僕が完全に体調を崩した時に、実家から原因不明で体調が悪くて手術しないといけないかもと連絡を受けた際には、僕が全部受けるから、あちらを守ってくれと後ろに頼んだところ、次の検査で特に問題が無かったということがあったから、あながち間違いではない。
3月。地元に帰らせて貰えなければ、4月末で切れる契約を更新せず、帰ろうと思っていた僕に、3月末急に辞令が出た。3月28日、4月の1日から山口への転勤辞令。
あまりに急すぎて、辞めると言い出すタイミングを逃した僕は、流されるように異動してしまった。その5月。毎年、亡くなった頃に感じる、以前実家で飼っていた仔の気配を感じなかったので、嫌な予感がした。
問いかけると、役目は終わったから……という答えが、より一層、その役目とは……と不安が募った。
それでも僕は、8歳はあまりに早いだろうと思っていたので、気付かないフリをしつつ、それでもなるべく早く帰ろうと、転職して地元に帰る準備を始めた。
(ぼたんのために帰りたい)
僕は、焦っていた。
8月。転職先も、ぼたんが飼える賃貸も見つけ、僕は一緒に暮らせることに心を馳せていた。
朝早く起きるようにして、毎日朝夕散歩する生活に戻らなきゃな。庭付きの部屋だから庭で遊ばせてもやれる。ちょっと物を増やし過ぎたから、留守中に悪戯されないようにしなければ。
8月末。有給消化に入ろうかという数日前。
『ぼたんが脱走して戻って来ない。占ってくれ』
実家から連絡が入る。
占うのが怖いと思った。なんとなく、彼女が死ぬときにはわかると思っていたので、今死んでいるということは無いなとは思ったし、帰って来るのでは?と思った。
『やってみるけど、自分に関わることは自分の期待値が入るから、正確に占う自信は無い』
そう、答えて、ダウザーを手に取った。
8歳。
くるくると円を描く振り子に、間違いでは無いか?何故なのか?とそう問いかける。
だって、8歳が終わるまであと2ヶ月しかない……!
“次が決まっているから”
次が決まっていると言っても、じゃあ今世は何を成したのか?何の為の僕のところだったのか!
応えることは無い後ろの世界に。せめてあと数年。せめて先の犬の亡くなった、12歳までは……と僕は懇願していた。
家出からは多少怪我をしたものの無事に戻り、僕も地元に帰って、いよいよこれから一緒に暮らせると思っていたが、引っ越しの片付け、転職先での最初の研修が泊まり予定が多いため、10月一杯はまだ実家に預けておかないといけない気配だった。
今になって思えば、それも仕組まれたことだったのかもしれない。
仕事中に実家から入った連絡。
『ぼたんが吐いて体調悪そうだから、病院に連れて来た。一晩入院させる』
何度か今まであったことなので、特に深刻に思わず、了解とだけ返した。
翌日、面会時間は17時から18時までだけだから。という連絡が来た時に思ったより状態が悪いのかと思ったが、そんな時間に仕事が終われるはずもないので、明日休みだから行くと連絡を返した。
急変したのは夕方。そこからはあっという間に状態が悪くなった。
原因不明の多臓器不全。
本人は血を吐きながら、ぜいぜいと息をしながら、全く死ぬなんて思っておらず、ただ、治ると普通に今まで通り動けると思っているようだった。
僕の姿を見た瞬間、瞳の色の濁りが消えて、全然、元気だと生きるとそういう表情になって、獣医さんに、
『あぁ、昨日まで生気が無かったのに、飼い主さんが来ると全然違いますね』
と言われた上で、もう助からないと病状の説明を受けた僕は、どうして、いつものことだなんて思ったんだろうと激しく後悔した。
野生動物に近い動物は気力で改善する病状もあったんじゃないのか。こんなにチューブを入れて自分で生きられない状態になったら取り返しが付かない。どうして、僕は判断を他人に任せたんだろう。
死んでも尚、瞳は濁らず、身体は硬直しても尚、魂が留まって、まるで生きているかのような遺体を見ながら、僕は“次が決まっているから”なんて、確かに次は決まっているのかもしれないけれど、8歳の理由が、僕に教えられないことだったからだと気付いた。
子供の頃からこの世界のサイクルに気付き、死とは何かを自分なりに理解して、傷付くことを恐れて深く人と関わることを避けて来た自分。家族も子供も要らないと、独身で仕事中心、仕事優先で生きて来た。自分のキャリア、社会的成果。そんなものを優先して、健康を害した時も、自分を大事にする生き方をしようと思ったくせに、本当に自分に大事なものは何かを勘違いしていたことに気付かずにいた、僕への。
生きることで何が大事かという、痛すぎる強烈なメッセージであり、学び。
以前『家守』の冒頭で僕の語った、
“諸事情ゆえに、性別という枠、家族という枠に囚われるという概念さえ面倒だと思っている”という、この考えが間違いだとぶちのめす為の。
“9年、9か月、9時間、9分、9秒…この世界は9という球の流れで出来ている。9の区切りで一つの流れ。与えられた課題を解決出来なければ、また同じ課題を繰り返す”
自分で説明しておきながら、なぜ8歳なのかということに気付けなかった。もうすぐ9歳ということは、彼女の犬生は丸9年だったということだ。
大事なのは自分じゃない。大事なのは、かけがえのない関わり合いをどう大事にするかだ。何かがあっての自分、誰かがあっての自分。そして、大切な人を大切にして、初めて幸せで後悔せずに居られるのだと。深く関わることを避けて、傷付かずに生きることが幸せなんじゃないと。
気付かせるための。
人は何度も生まれ変わって、少しずつ学んでいくらしい。
過去世で詐欺師に騙されたことのある人は、もう既に学んでいるので詐欺師に騙されるというスケジュールすら人生の中に組み込まれない。だから、詐欺電話とかかかって来ないかなぁ。騙されたフリして警察に協力するのに。とか日頃言っているような人に詐欺電話がかかってくることはあまりない。
と、すれば。僕は、今更、愛する者と生きるということについて学ばなければならなかったのか。確かに過去世の情報を振り返ると、結婚して子供が居たという人生が2度ほどしかない。その上、自分が選んだ相手と結婚してある程度長く生きたのは1度だけ。しかし、その人生も政治活動に主に人生を捧げているらしい。
僕は、勝手に、彼女のような動物的パートナーは、身体的、スピリチュアル的な場面で一緒に戦ってくれる相棒のような存在で、何度生まれ変わっても僕の傍に現れてくれると、いつからか単純に解釈していたから、本来の彼等の役目はもっと違う大いなるところが握っているんだと気付かされた。
僕らは絶対また逢えるから。
身体から離れないと頑張る君にそう声をかけたけれど、君は譲らなかった。
身体が死んでも尚、留まり続けた。
だって、次はまた互いに分からないかもしれない。この人生で大事にしなくてどうするの?次逢う時は別人で別の人生なのよ?この続きじゃない!
君の想いが僕の目を覚まさせた。
「ぼたん、帰ろう」
火葬場で、そこに留まると熱いから辛い思いをするよと、
(一緒に、今回の生は諦めて行こう。だから、帰ろう)
そう声をかけると、火葬場の方が身体を抱えあげた時、運んでいる間に今まで出なかったのが不思議なくらい、パタパタと彼女の口から血がこぼれて、その瞬間、僕の背中に温かい気配がぴったりと寄り添った。
次は?なんて期待してはいけない。でも次は決まっているからというのは本当なのだろう。
彼女はあまり、長くはここに留まらないし、以前の犬のように会いにも来ないのだろう。
問いかけても応えないとわかって居ながら問いかける。
(そんなに遅くなく戻って来るよ)
(そう言って、君達のすぐに、は長いだろう?4~5年とかじゃないだろう。それに、4~5年じゃあ、次の飼い主さんが可哀想だ)
(どうかな……わからない。次の人が私を必要とする理由が無くなるまで)
(そう……そうだね)
それがまた辛い生じゃないことを祈ることしか僕には出来ないけれど。
次は、間違えないように。一緒に生きて行こう。
だから、僕にしかわからない合図を、必ず下さい。
僕は、今まで生きて来た中で一番泣いて、尊い君の教えに頭を下げて詫びて、感謝した。
愛する者と生きることを譲らない、君の強さと優しさと、愛情の深さに、必ず応える僕になります。
2019年9月25日 君を殺した僕への戒めに
家守番外編 ~またいつか会える日までに~ 佐久良水都 @hisbra246911
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。家守番外編 ~またいつか会える日までに~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます