恋は別腹
麻(asa)
甘すぎる出会い
扉の外へ出ると、少し冷えた風が顔を撫でて、なんだか夢から覚めたみたいだと思う。
実際、夢の中にいるようなものだったのだ。それなりにいい歳で既婚者の私が、オンライン上で知り合った者同士が集まる、いわゆるオフ会に参加するというのは。
アルコールが入っていたとはいえ、初対面の人たちとあんなに楽しく話せるとは思わなかった。「好きなものが同じ」という呪文は、あんなにもたやすく、互いの間にある壁を崩してしまうものなのか。
駅までの道程を地図アプリで確認していると、「あの」と声をかけられ、顔を上げる。
たった数十分前まで、一緒に話していた複数人の中にいた女の子だ。たしか、大学生だと言っていた。
「よかったら、一緒に帰りませんか。JRの駅まで歩きます?」
はい、と、ほとんど反射的に答えていた。
歳が10近く離れた女の子と2人で歩くなんて、この先二度とないかもしれないし。そもそも、断る理由もないし。下心があったんじゃないのかと聞かれたら、それはまあ、まったくなかったとは言えないけれど。かわいい女子大生に誘われたら、誰だって下心のひとつやふたつ生まれるはずだし。要は、それを表に出さなければいいのだ。この子だって、ひとりで歩いていたら変なナンパやキャッチにつかまってしまうかもしれないし、そうだ、私はこの子を守るのだ。アラサー保護者の雰囲気をばんばんに醸し出していけば、悪い男は声をかけようなんて思わないはずだ。
この状況を正当化しようと必死に考えている私を知ってか知らずか、女子大生のカオルさん(ハンドルネーム)は、うれしそうに私に話しかける。
「あの小説の女性ファンって、あんなにいるんですね! 私の友だちはタイトルも知らない子ばっかりだし、イベントに行くと男の人だらけだし」
「私の周りもそんなもんだよ〜。知ってても、子どものころ一冊だけ読んだ! とかだもん」
私たちの共通点は、とある児童文学シリーズのファンである、ということだ。茜と皐月という二人の女の子の、人生を通じた交流の様子が描かれている。第一作の発表から二十年経ち、ついに先日完結したのだ。今日のオフ会は、それを祝うという目的もあった。数年前にアニメ化を果たしてから、男性ファンが急増したらしい。
「でも今日、参加してよかったです。ややこさんとも知り合えたし」
にこにこしながら言う彼女に、そっかーと笑顔を返しながら、そうやって男を落としているのか! そうなんだな! と問い詰めたくなる。いや、案外男じゃなくて女かもしれない。いや、そういう問題じゃない。いやいや。私は何を考えているんだ。
すると突然、カオルさんが足を止める。やばい、下心が漏れ出ていたか。
「あの、ややこさん、ここ寄ってもいいですか」
彼女が指差したのは、遅い時間だというのに若い女の子たちが列をなしている、タピオカミルクティーの店だった。
そういえば最近、空前のタピオカブームがやってきているらしい。流行りには乗らないタイプの私が、こんな行列に並ぶ日が来るとは。しかも、現役女子大生と、2人で。
店員は慣れた様子で注文をさばいていき、さほど待たずに順番がまわってきた。カオルさんはスタンダードなミルクティーを選ぶ。私は抹茶ミルクを試してみることにした。
どこかに座って飲みたいね、という話になり、駅の手前の公園のベンチに並んで腰かける。タピオカはもちもちと甘くて、抹茶のほろ苦さとのバランスがいい。
「これはハマっちゃうのもわかるなあ」
「ミルクティーも甘すぎなくておいしいですよ。味見します?」
「するする! じゃあ抹茶もどうぞ〜」
そうして差し出したタピオカ抹茶ミルクは、受け取られなかった。彼女のタピオカミルクティーも、こちらに渡されることはなかった。
居酒屋の派手な灯りでちかちかしていた視界が暗くなって、ミルクティーとは違う甘い香りが鼻先をくすぐって、唇にしっとりとやわらかいものが押し当てられている。
半開きになった私の口の端をぺろりと舐めて、「ん、抹茶おいしいですね。濃厚」と彼女は微笑む。
「わかりました? ミルクティーの味」
小さく首を横に振ると、彼女はますます楽しそうに「ですよね〜」と笑う。
混乱した頭で、私はオフ会での会話をぼんやりと思い出す。
そういえば私、酔いにまかせて、「茜と皐月は友人以上、いや恋人以上の関係だ」って熱弁しちゃったんだった。さまざまな場面を挙げて、語ってしまったんだった。あのときは何事もなさそうに「へえ〜」って相槌うってたくせに、腹の底では私のこと、そんな目で見てたんだ。そんな、そんなことって。
「私、分かっちゃったんですよね〜。ややこさんが両方いけるクチだって」
「いや、いやいや、両方いけるからって、結婚してるから! 私!」
「そんなの気にしないですよ〜。ほら、もう1回ちゃんと味見しましょ?」
「やっ、だっ、ちょっ」
…to be continued?
恋は別腹 麻(asa) @o_yuri_san
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